2017年12月03日
No.3876 ちょっと一休み その623 『医師、日野原 重明さんの残された貴重な言葉 その3 命とは何か!』

ご存知のように聖路加国際病院名誉院長で100歳を超えても現役の医師として現場に立ち続けられた日野原 重明さんが7月18日に105歳でお亡くなりになりました。

日野原さんの生前の活動については、これまでいろいろと報道されてきましたが、9月23日(土)放送の「あの人に会いたい」(NHK総合テレビ)でも日野原さんについて取り上げていました。

そこで番組を通して日野原さんの残された貴重な言葉について3回にわたってご紹介します。

3回目は、命とは何かについてです。

 

日野原さんは99歳当時も忙しい合間をぬってボランティア活動で年間100日以上にわたり全国各地を飛び回っていました。

そして、日本全国200校以上を訪れ、子どもたちに命とは何かを以下のように問いかけました。

「命を守るということは意地悪をなくすこと、いじめをなくすこと、みんな仲良くすること、戦争をしないこと、命を大切にすることをやりましょうということに賛成する人は両手を挙げて下さい。」

 

日野原さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「命というものはどういうものかというふうに自分で考えてみると、命というのはとにかく与えられたもので、自分で作ったものではない。」

「与えられたものを命と言ってるんですから、私はその大切な命を子どもたちに伝えたいんです。」

 

「今与えられている時間をどう使うかということが非常に大切な気がしますが、それにもエンドがある。」

「そのエンドの時に私の長寿を与えられたことを神様に感謝しますという感謝の言葉がね、苦しい苦しいと言って死ぬのではなくてね、感謝の言葉が捧げられるようになりたいということが私の最大の希望ですね、私の祈りでもあるわけですね。」

 

生涯現役の医師であり続けた日野原さん、限りある命をどう使うのか自らの生き方で示しました。

“命ほど尊いものはない”、伝え続けた105年の人生でした。

 

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

 

この番組を見た後、私もあらためて命について考えてみました。

日野原さんもおっしゃるように、そもそも命は与えられたもので自ら作ったものではありません。

その与えられた命は、自分の両親が結婚し、精子と卵子の出会いからとても少ない確率の中で生まれたのです。

更に過去に遡っていけば、何万年、あるいは何十万年という悠久の人類の長い歴史の中で何世代にも渡って受け継がれてきたの命なのです。

ですから、今を生きている私たち一人一人は、気の遠くなるほどの少ない確率の中で生まれた、とても貴重な存在と言うことが出来ます。

まさに私たち一人一人は“奇跡の存在”なのです。

このように考えていくと、どこの国に生まれたか、あるいはどんな人種であっても関係なく、個々で見れば“奇跡の存在”なのです。

こうした“奇跡の存在”であるにも係わらず、他人を悩ませたり、暴力を振るったり、あるいは戦争によりその命を大量に粗末にすることはとても許されることではないという想いに至ります。

ですから、私たち一人一人が延命治療(参照:No.3870 ちょっと一休み その622 『医師、日野原 重明さんの残された貴重な言葉 その2 延命治療に対する考え方!』)なども含めて命についてじっくり考えてみることは、冒頭でご紹介した、日野原さんのおっしゃる“命の大切さ”に結びついていくと思われます。

 

さて、この“命の大切さ”は人類だけのことではありません。

植物も動物も、人類と種は異なりますが、やはり私たち一人一人と同じように個々には“奇跡の存在”なのです。

そして、以前No.2298 ちょっと一休み その358 『人類も食物連鎖の一構成要素』などでもお伝えした食物連鎖の例にもあるように、私たち人類が生きていくうえで、こうした植物や動物を私たちは食べなければ生きていけません。

このように考えると、宗教心などからではなく、朝昼晩と食事をするたびに、単純に“食べ物を食べることによって自分は生きることが出来るのだ”という想いから食べ物に対して感謝の気持ちが自然に湧いてくるのです。

 

そこまでいかなくとも、現実の暮らしにおいて、私たちは家族や友人、あるいは学校や職場などで毎日のように誰かと係わっており、お互いに助け合ったり、影響し合っています。

ですから、こうした相互のコミュニケーションにより、お互いに少しでも命の質を高め合うことが望ましいと思うのです。


 
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