2017年11月26日
No.3870 ちょっと一休み その622 『医師、日野原 重明さんの残された貴重な言葉 その2 延命治療に対する考え方!』

ご存知のように聖路加国際病院名誉院長で100歳を超えても現役の医師として現場に立ち続けられた日野原 重明さんが7月18日に105歳でお亡くなりになりました。

日野原さんの生前の活動については、これまでいろいろと報道されてきましたが、9月23日(土)放送の「あの人に会いたい」(NHK総合テレビ)でも日野原さんについて取り上げていました。

そこで番組を通して日野原さんの残された貴重な言葉について3回にわたってご紹介します。

2回目は、延命治療に対する考え方についてです。

 

日野原さんは、生前番組の中で次のようにおっしゃっています。

「医師は命を延命させることが医師の義務だというふうに多くの人が思い込んでいた。」

「延命させること、強心剤で延命、そうじゃなくて今許されている命の深さ、質を濃くすることこそ延命医療に必要だということが当時は十分に分からなかったということに私はちょっと気が付いた。」

「長さではない、深さである。」

 

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

 

今回ご紹介した日野原さんの延命治療に対する考え方は、一言で言えば「命の大切さは長さではなく、質である」ということだと思います。

ですから、やたらと延命治療を施すべきではないとおっしゃっているのです。

 

ここで思い出されるのは、私の母が今年亡くなる前の4ヵ月ほど延命治療を施されたのですが、その間、一日中母は両手両足をベッドに締り付けられ、胃ろうのため食べる楽しみを味わうことも出来ませんでした。

また、タンが肺に入り込んで誤嚥性肺炎になることを防ぐためにのどに管が通され、話すことも出来ませんでした。

ですから、母は私たち家族に伝えたいことをほとんど伝えることが出来ませんでした。

 

このような母の入院中の体験を思い出すと、果たして延命治療が母本人にとって良かったのかと今でも考えてしまうことが時折あります。

延命治療をするかどうかについては、患者本人の希望と家族の希望があります。

家族の立場からは、少しでも長生きして欲しい、あるいは世間体もあることから延命治療を選択してしまうことがとても多いのではないかと思います。

しかし、私の母の例からしても、果たして本人は本当に延命治療を望んでいたのか今でも疑問が残ります。

やはり、優先すべきは本人の希望だと思います。

また、医師や家族の観点からも大切なのは、単に長生きして欲しいという観点ではなく、“質の高い残された時間”の確保だと思うのです。

 

ということで、以前アイデアよもやま話 No.3667 母の死に際して その6 本人が延命治療拒否を出来るような制度の必要性!でもお伝えしたような仕組みが必要だと思います。


 
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