2024年04月23日
アイデアよもやま話 No.5876 王者、井上尚弥選手の10ラウンド その2 世界最高峰選手同士の頭脳戦!
1月19日(金)放送のNHK BSの番組で「王者・井上尚弥の10ラウンド」をテーマに取り上げていたので、2回にわたってご紹介します。
2回目は、世界最高峰選手同士の頭脳戦についてです。

プロボクシング・井上尚弥がKO勝ちを果たした先月(昨年12月)の4団体王座統一戦。
最高峰の技と頭脳が激突した10ラウンドの死闘の真実に、本人と対戦相手のインタビューから迫る。

カメラの前に現れたのは、プロボクサー、井上尚弥、圧倒的な強さからモンスターと呼ばれる世界王者だ。
昨年の暮れに挑んだ歴史的な試合を振り返った。

チャンピオンベルトを2つずつ持つ王者同士の戦い、4団体王者統一戦。
ボクシングの本場、アメリカでライブが配信されるなど、世界的な注目を浴びた。
試合は井上のノックアウト勝ち、10ラウンド 1分02秒KO。
しかし、10ラウンドにわたった戦いは井上の楽勝という下馬評を覆す激しいものとなった。
現代ボクシング最高峰の技術、駆け引き、そして闘争心の激突。
この男にもその戦いについて訊いた。
対戦相手、マーロン・タパレス。
試合から2日後、まだ傷は癒えていなかった。
「私は井上を恐れていませんでした。」
「一人のフィリピン人として、世界王者の一人として、全てを出し尽くして勇敢に戦いました。」

一方、井上選手は次のようにインタビューに応えています。
「試合当日、(タパレスが)思ったよりやるな、想定、想像以上だなと感じてはいけないと思いました。」
「だから、自分がタパレス像をより高く作れるか、そこに限ってくるんですよね。」

第3ラウンド、30秒過ぎ、恐れていたタパレスの右フックのカウンター。
しかし甘い。
今度は井上が仕掛ける。
あえて両手のガードを下げ、無防備な状態に。
警戒したタパレスの足が止まる。
すかさず井上が反撃。
ハイレベルな技の応酬。
最高峰の攻防が始まった。
互いにパンチを繰り出すが、全てかわす二人。
思わず井上に笑みがこぼれた。
この時について井上選手は次のようにおっしゃっています。
「これね、タパレスも笑ってるんですよ。」
「タパレスが笑ったから笑ったんですよ。」
「駆け引きをタパレスも楽しんでいるし、「あ、楽しんでるな」っていうのを自分も受け取って笑いましたね。」
「ここの攻防、一発もパンチ当たってないんですけど、足の出入りとか、タパレスの体の使い方とか、めちゃくちゃ高度なんですよ。」
「それを試合中に楽しんでる二人っていうぐらいですね。」

第4ラウンド、タパレスは守りのL字ガードから両手を上げる攻撃の構えに変化。
井上がガードの上からパンチを叩き込む。
更に井上、左ボディフック、腹を狙ったパンチがタパレスを襲う。
表情がゆがむタパレス、しかし、攻めの構えは崩さない。
この時についてタパレス選手は次のようにおっしゃっています。
「L字ガードでは最後まで持ちこたえられるが、勝てないと思いました。」
「両手上げは倒されるリスクもあるが、勝つ可能性も上がります。」
「カウンターを打つための構えですから。」

ここで試合が動く。
井上の左フックがタパレスの顔面を捕らえる。
すかさず井上がダッシュ。
遂にタパレスからダウンを奪った。
ダウンのきっかけとなった左フック。
実は井上が張り巡らせた巧妙な罠があった。
この時について井上選手が所属するジムの大橋秀行会長は次のようにおっしゃっています。
「すごい高度な技術で、これ説明しないと分からないよね。」
「一瞬、(パンチの)軌道がボディのような。」

左フックが命中する1分前の猛攻、井上は左ボディフックでタパレスの腹を執拗に攻めていた。
そして、顔面を捕らえた左フックの場面。
井上は左足に体重を乗せ、上体ごと左に沈み込んでいる。
この時について井上選手は次のようにおっしゃっています。
「モーション(打つ前の動作)で下にボディを打とうとしているんですよ。」
「ボディに向かってるんですよ。」

井上は一旦ボディフックと同じ姿勢を取ってから、顔面にパンチを繰り出している。
「タパレスはボディにくると思ったんじゃないですか。」
「タパレス的には、自分がボディを打つと、(自分の)顔面が空くじゃないですか。」
「それを(タパレスは)右フックで返そうとしているんですよ。」
「ガードしてるんですけど、一瞬空いているからもろに入ったっていう。」

井上の巧みな駆け引きと一瞬のフェイントがタパレスにガードを下げさせた。
朦朧としながらも立ち上がるタパレス。
第4ラウンド、終了。
タパレスは井上の追撃を免れた。

第5ラウンド開始と同時に、襲いかかる井上、この時について大橋会長は次のようにおっしゃっています。
「(井上選手は)すくに行ったでしょ。」
「井上本人も(タパレスに)ダメージがあるから多分行ったと思うんだけど。」
「ここで下がって、もう終わるなと思ったら、でも(タパレスは)狙ってるんだよね。」

猛攻を受けながらもタパレスは両手を上げた攻めのスタイル。
そして始まったタパレスの反撃。
この時についてタパレス選手は次のようにおっしゃっています。
「ダウンした直後のラウンドなので、井上が仕掛けてくるのは分かっていました。」
「だから私は待ち構えていました。」
「ダメージも回復して戦う準備は出来ていました。」

井上は手を休めなかった。
しかし、40秒過ぎ、タパレスが狙い続けていたカウンターの右フックが井上を直撃した。
この時について井上選手は次のようにおっしゃっています。
「効きましたね。」
「一瞬、パーンと飛ぶような、テンプル(こめかみ)にもろに入っているので。」
「この時は倒しにいこうと思っているんですよ。」
「だから、多分、10ラウンドまでのどのラウンドよりも一番ラフになっているというか、自分の思考が攻撃、攻撃にいってるんで、だからこそ、こういうパンチをもらっちゃう訳で。」

一撃必殺のカウンター。
しかし、井上は倒れなかった。
致命的なダメージにならなかったのはタパレスにわずかな読み違いがあったと言う。
「井上が最初のアッパーを打った後、ストレートを打ってくると思いました。」
「私の右フックはストレートに合わせるつもりでした。」

井上の左アッパー。
この後、タパレスは井上の右ストレートを待っていた。
しかし、井上が放ったのは再び左アッパー。
「もし井上が右ストレートを繰り出していたら、ダメージはより大きかった。」
「なぜなら彼の体がこちらに向かってくるからです。」
「そこに私が右フックを合わせたらダメージは倍増していたはずです。」
「しかし、彼が繰り出したのは左アッパーでした。」
「体はこちら(右)に向かいます。」
「だから私の右フックは大きなダメージを与えられなかった。」
「パンチの威力が逃がされてしまったのです。」
「残念です。」
「私のパンチは芯を外しました。」
「芯を捉えていたら、彼はダウンしていたでしょう。」

勝者と敗者が入れ替わっていたかもしれない、一瞬の攻防だった。
直後、明らかに距離を取った井上、タパレスが追い打ちをかける。
右フックと見せかけ、アッパー。
井上の頭が跳ね上がる。
勝利をつかみかけた直後にタパレスからの手痛い逆襲。

この試合でパズルを完成させるピースは何なのか。
第6ラウンド、試合は一転、静かな展開に。
細かいフェイントを織り交ぜ、打開を試みるタパレス。
一方の井上は打ち合いを避け、カウンター狙いに変える。
この時についてタパレス選手は次のようにおっしゃっています。
「井上は頭脳戦を展開してきました。」
「力だけでは勝てないと判断したのでしょう。」
「頻繁に足を使って距離を取っていましたから。」
「明らかに井上はカウンターを狙っていました。」
「(自身もカウンターを狙っていたのではという問いに対して、)その通りです。」
「ミスを犯した方が互いのカウンターの餌食となる戦いでした。」

第7ラウンド、井上陣営から慎重なアドバイスが。
「テクニック、テクニック。」
「ショートでいいよ、ショートで。」
「クールにいけ、クールに。」

タパレスも前に出ず、守りのL字ガード。
第7,第8ラウンドと、井上のパンチのヒット数は極端に落ちていた。
実はそこにも井上の冷静な計算があった。
「7、8ラウンドは落としています、ペースを。」
「1回、5ラウンドで上げて、ちょっと回復のラウンドというか。」
「まあ、体を力的にも気持ち的にもちょっと抑えて冷静になるラウンドというか。」
「また後半、9、10、11、12ラウンドは上げていこうと思っていたので。」

そして第9ラウンド、言葉通り、井上が動く。
相手を待ってのカウンターではなく、先に打つ。
ガードの上から迷いなくパンチを打ち込んでいった。
基本を信じてジャブとストレートのコンビネーション。
「コンビネーションをカウンターパンチャーに打っていくって、結構怖いものがあるんですよ。」
「単発のパンチだけだったら、その後は見切れるんですけど、こっちが4発、5発と連続でパンチを出しちゃうと、その中のパンチに合わせられちゃうっていうものもあるんで、わりかし危ない。」
「そこをタパレスが狙っているのも勿論分かってますけど。」
「でも、やっぱり勝ちにいくには、プラス倒しにいくには、やっぱりいくしかない。」

井上が攻勢に出る中、タパレスも攻めに構える。
先にダウンを奪われ、残りのラウンドが減っていく中、覚悟を決めた。
「私は両腕を上げ続けました。」
「どうしても勝ちたかったからです。」

一方、ジャブとストレートを打ち続ける井上、判定勝ちも狙える中で、目指す勝ち方があった。
「(KO(ノックアウト)にこだわりたいかという問いに対して、)そうですね。」

井上が手数で圧倒し、9ラウンドが終了。
第10ラウンド、ここもコンビネーションで入る井上。
両手を上げたままのタパレス。
それでも井上は先に手を出し続けた。
そして40秒過ぎ、タパレスが膝をつく。
この日、2度目のダウン。
ダウンにつながる最初の攻撃、ここもジャブから渾身の右ストレート。
ガードごとタパレスの頭部が揺れる。
そして、再び基本のコンビネーション。
今度はこめかみを直撃した。
この時について、タパレス選手は次のようにおっしゃっています。
「パンチをくらってめまいがしました。」
「これまで受けたダメージの蓄積だと思います。」

ダウンしたタパレス。
立ち上がることが出来なかった。
激闘が終わった。
2階級での4団体統一は史上二人目。
統一に係わるタイトルマッチ、6戦で全てノックアウト勝ちを果たした。
敗れたタパレスも井上に惜しみない称賛の言葉を送った。
「井上は今後、多くのことを成し遂げるでしょう。」
「更に多くの相手に勝つでしょう。」
「彼のボクシングは一流ですから。」

ファンからの祝福に応える井上。
この日、一番の笑顔で花道を戻っていく。

10ラウンドの激闘、パズルにどんなピースがはまったのだろう。
「今回はハマらなかったですね、何も。」
「自分は打たせないで打つ。」
「きれいなボクシングをしてパズルをはめたい。」
「そういうボクシングを目指しているし。」
「だから4ラウンドも10ラウンドも力技というか力で倒した。」
「だから自分が思うボクシングの美学というか、そういうのは見せられてなかったと思います。」

ノックアウト勝ちを収めながら、意外な言葉を口にした井上、今回の10ラウンドの先に何を見据えているのだろう。
「うーん、まだ、こう強くなるっていう幅があると思うんですよ。」
「・・・だし、対戦相手が代われば、いろんな強さが見せられると思うので、その決まった試合で、もっと強さを見せていきたい。」
「そして、見てくれた人たちが喜んでくれたり、「頑張ろう」とか「勇気もらったよ」みたいな言葉っていうものも、すごい、自分の中では嬉しい言葉なので。」
「そうやって、何か発信して伝えられる。」
「そういうものを伝えていきたいですよね。」

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

こうして、番組を通して井上選手とタパレス選手の4団体王座統一戦を文字で説明してきましたが、あらためて世界最高峰選手同士の頭脳戦を堪能出来ました。
当時、ライブ放送で観戦していましたが、このような頭脳戦が展開されていたとは全く知りませんでした。

また、第3ラウンドで両者が笑みを浮かべ、試合での駆け引きを楽しんでる光景は神々しさを感じるくらいです。
お互いに相手の技術レベルを熟知していた両者にとって最高の一瞬だったと思います。

第4ラウンドで井上選手が高度な技術でタパレス選手のダウンを奪いました。
そして、第5ラウンド、井上選手からの一気に倒しにかかった猛攻を受けながらもタパレス選手は、反撃の機会をうかがい、40秒過ぎ、狙い続けていたカウンターの右フックが井上を直撃し、危うくダウンするところだったのです。
井上選手もこのパンチは効いたと認めておりますが、タパレス選手は井上選手の右ストレートを待っており、その読み通り、井上選手が右ストレートを繰り出していたら、井上選手はダウンして、勝者と敗者が入れ替わっていたかもしれないのです。

それほど際どい試合内容だったのです。
ボクシングには、こうした一発逆転の必殺パンチによる逆転勝ちという魅力もあるのです。

しかし、それでも、前回、アイデアよもやま話 No.5875 王者、井上尚弥選手の10ラウンド その1 強さの秘密!で、井上選手はKOにこだわっているとお伝えしましたが、井上選手は統一に係わるタイトルマッチ、6戦で全てノックアウト勝ちを果たしたのです。
まさに有言実行です。

こうしてKO勝ちで勝利しても、井上選手は、今回の試合ではパズルにピースが全くはまらなかったと反省しています。
飽くまでも、自分は打たせないで相手を打つというボクシングの美学を目指しているというのです。
ですから、井上選手の技術の伸びしろはまだまだあり、従って、いずれ、ボクシングの美学を体現した井上選手の試合を私たちは見ることが出来るかもしれないのです。

なお、Youtubeではこの試合全てを観ることが出来るので、ご覧になってみて下さい。(こちらを参照)
いくつかの場面で“なるほど”と思われますよ。

さて、4月10日(水)付けネット記事(こちらを参照)では以下のように報じています。

・5月6日に東京ドームでは34年ぶりの世界タイトルマッチとなるスーパーバンタム級の主要4団体の防衛戦に臨むことになっていて、10日は所属する横浜市のジムで10分余り練習を公開しました。
・東京ドームでの試合について井上選手は「5万人近いファンの声援は自分にとってプラスになる。どのパンチでも倒せる準備をして、とてつもない試合をしたい」と意気込みを話しました。
・対戦相手のメキシコのルイス・ネリ選手は元世界チャンピオンで、6年前山中慎介さんとの世界タイトルマッチで制限体重をオーバーするなどしたため、これまで日本での活動が無期限停止となっていました。

今回の世界タイトルマッチ戦は5月6日(月)、連休の最終日ですが、井上選手がどのようにネリ選手に勝利するのか、今から楽しみです。
きっと、今回の試合も、井上選手は、試合当日、ネリ選手が思ったよりやるなと感じないように、ネリ選手像をより高くイメージし、そこを目標に練習に励んでいると思います。

 
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