2024年03月01日
アイデアよもやま話 No.5831 世界の戦争終結に向けた考え方!
昨年9月2日(土)放送(一昨年11月12日(土)放送の再放送)の「ETV特集」(NHKEテレ東京)で「半藤一利 「戦争」を解く」をテーマに取り上げていたので内容の一部をご紹介します。
なお、日付は全て番組放送時のものです。

1945年7月、日本に無条件降伏を迫ったポツダム宣言、それに対し、阿南陸軍大臣らは異議を唱えます。
8月9日深夜から開かれた御前会議、昭和天皇が言葉を発します。(「木戸幸一手記」より)
「本土決戦、本土決戦というけれど、一番大事な九十九里浜の防備も出来ておらず、飛行機の増産も思うようには行っておらない。」
「いつも計画と実行とは伴わない。」
「これでどうして戦争に勝つことが出来るか。」
「自分は涙を呑んで原案に賛成する。」

この時の阿南陸軍大臣らの胸中に戦史研究家で作家でもある半藤一利さん(こちらを参照)が草稿ノートで迫っていました。

日本の占領と戦争犯罪人の処罰を連合国が行うことになれば、天皇を中心とする国体護持(添付1参照)の見込みはない。
日本は国家の命運と民族の名誉にかけ、自存自衛(自国防衛)のために戦い続けてきた。
それであるのに相手の言うなりに、国体の存続も不確実のままに無条件降伏するのではあまりに無責任、かつみじめではないか。
手足をもぎとられて、どうして国体を守ることが出来ようか。

この時期、陸軍が記録した機密日記に阿南陸軍大臣の発言が残されています。

ソ連は不信の国なり。
アメリカは非人道の国なり。

無条件降伏に反対する阿南陸軍大臣の姿は映画(「日本のいちばん長い日」)にも描かれました。
阿南陸軍大臣らの主張の根底にあった“相手国への不信”、これこそ戦争を終わらせることを難しくする要因だと指摘する研究者がいます。
国際政治学者で早稲田大学教授の多湖淳さんです。
多湖教授はアメリカ、イギリスなど世界の紛争研究の最前線で活躍してきました。
過去の戦争の戦死者数や継続期間をデータ化し、戦争との相関関係を数学的に分析してきました。
多湖教授は次のようにおっしゃっています。
「「コミットメント問題」っていって、相手に対する不信が埋め込まれたような状況だと、戦争を交渉で終わらせるというのはやっぱり中々難しい。」
「これはアメリカの研究者が戦争を要因別にしたものです。」
「例えば、陽動戦争、指導者が国内問題から目をそらそうとするような戦争は、戦闘が激しくなる傾向がある。」
「しかし、短期間で終わることが多い。」
「政策戦争、イデオロギーを巡る、ベトナム戦争のような衝突は長く続くが、戦死者数の割合は比較的少ない。」
「そして2度の世界大戦など、戦闘が激しく、長期化する戦争は「コミットメント問題」に端を発する場合が多いことが戦争データから明らかになりつつあります。」
「相手と自分の関係で、「じゃあここで約束しましょう」って言っても約束に対する不信がある、そうすると戦争が中々終わらないっていうことになります。」
「日本にしろドイツにしろ、第二次世界大戦の時を考えていただくと、日本の軍部なんかも戦争を継続するということが彼らの存在理由になって、交渉相手として認定され得ない。」
「連合国側から考えると、その相手と交渉出来なくなりますよね。」
「その約束するとか、そういうことが出来ない。」
「だから「コミットメント問題」が起きちゃうんですよね。」

半藤さんも相手国への不信が戦争終結を妨げる要因になることに注目していました。
「Subject to」とはポツダム宣言に関連して、連合国から出された日本への外交文書の文言です。

天皇、および日本国政府の国家統治の権限は連合国軍最高司令官に「Subject to」する。
和平を進める外務省はこれを「制限の下に置かるる」と翻訳、しかし不信を募らせる陸軍は「隷属」と翻訳、「降伏後、国民を奴隷化せんとする企図なり」と解釈しました。

陸軍は彼らの訳出した「隷属する」でいかにして国体を護持出来ようかと硬化したのである。
大臣室に押し掛けた少壮将校十数人はみな興奮し、血気にはやっていた。
「ポツダム宣言の受諾を阻止すべきです。もし阻止出来なければ、大臣は切腹すべきです。」

多湖教授は次のようにおっしゃっています。
「つまり、相手を交渉相手と見られないという心理状況が生まれると、「もうここで線引きしましょう」というかたちでは終われない。」
「そうすると圧倒的に勝つまで戦争するしかない、どちらかが。」
「(圧倒的に勝利というのは、物理的なものだけではないのかという問いに対して、)そうですね。」
「やっぱり人の心、意思決定するのは人の心なので、自然災害と違うのは人間が戦争を起こしているので、人の心の部分で「もうこれじゃあ、国が滅んでしまう」みたいな認識が生まれるまで戦争継続される可能性がありますし、“一億玉砕”というスローガンがあったように戦争を長引かせちゃうということは起きますよね。」

あくまで本土決戦を主張する主戦派、しかし8月14日の御前会議を経て、ポツダム宣言の受諾が決定されました。

(昭和天皇の発言)
「自分のこの非常の決意は変わりはない。」
「戦争を継続すれば、国体も何もみななくなってしまい、玉砕のみだ。」
「どうか賛成をしてくれ。」

阿南陸軍大臣はこれを受け入れます。
しかし、陸軍の将校たちが大臣室に押し掛けました。
映画「日本のいちばん長い日」のこのシーンを書くにあたって半藤さんが重要視したものが草稿ノートから浮かび上がってきました。
反乱将校の心です。

戦争を終わらせるかいなか、徹底抗戦を主張した将校たちの心の正体とは何だったのか、防衛研究所の千々間泰明さんは世界の様々な戦争終結のケースを理論的に分析してきました。(参照:「戦争はいかに終結したか」 中央新書)
千々間さんによると、世界の戦争終結は、将来の危険の除去と現在の犠牲の回避、この2つのバランスで決定されてきたといいます。
千々間さんは次のようにおっしゃっています。
「「日本のいちばん長い日」の中の話に即して申し上げますとね、「現在の犠牲の回避」というのがこの本の中では天皇の考えとして示されていまして、国民をこの上無意味な犠牲から救うという天皇の考えがこの本の中に出てくるんですけども。」
「一方で「将来の危険の除去」を重視する立場というのが竹下正彦中佐。」
「敵に大打撃を与え、少しでもより良い条件において休戦すべきだとする信念」ということが書いてあるんですけど、これが「将来の危険の除去」を重視する立場。」
「最も重視したのが、戦争が終わった時に「国体維持」というものが達成出来るかどうかということですね。」
「天皇制存続」というものが認められるかどうかということに強い関心を持っていました。」

将校たちが絶対視した戦後の「国体維持」、連合国は信用出来ず、将来の危険が除去されていないと行動を始めます。
ポツダム宣言の受諾を阻止しようと宮城などに兵力を動員しようとします。
将校たちは天皇・皇族を守護し、要人を保護するという名目のクーデターを計画、そのため(天皇と宮城を警護する)近衛師団などを動かそうとします。
草稿ノートでは、近衛師団の森師団長に兵力の使用を求める場面で特に詳細な書き込みがありました。

森師団長を殺害、自分たちも命を懸ける覚悟でのクーデターを進める将校たち。
やがて彼らは真の国体維持のため、いさぎよく散ることで承詔必謹((しょうしょうひっきん:天皇の詔(みことのり)を承り(うけたまわり)、必ず謹んで実行すること)よりも彼らの行動、彼らの死が至高なるゆえんを明らかにしようと決心した。
大義のために死す。
たとえ失敗するようなことがあったとしても日本の真のあり方を探求するための犠牲として汚名を甘んじて受けようと覚悟を決めたのである。

千々間さんは次のようにおっしゃっています。
「そうなるともう合理主義の枠からもはみ出てるんですよね。」
「で、そこでは、この本にも書かれています、国民の生命を助けるなどという理由で無条件降伏するということは、かえって国体を破壊することとして退けられています。」
「ですから、まあ、これは半藤さんが書かれているんですけども、この純真さ、こういう人たちの。」
「純真さゆえの狂気というものがですね、その純真さがですね、凶器の域にまで達してしまったんだろうということだと思います。」

半藤さんは生前、この戦争を遂行しようとする人々の恐怖こそ大きな問題だと指摘していました。

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

番組の内容を以下にまとめてみました。

防衛研究所の千々間さんによれば、世界の戦争終結は現在の犠牲の回避と将来の危険の除去、この2つのバランスで決定されてきたといいます。
「日本のいちばん長い日」の中の話に即して言えば、以下の通りです。
(現在の犠牲の回避)
・天皇の考えとして、国民をこの上無意味な犠牲から救うこと

(将来の危険の除去)
・敵(アメリカ)に大打撃を与え、少しでもより良い条件において休戦すること
-最も重視したのが、戦争が終わった時に「国体維持」、「天皇制存続」を達成出来ること

また、アメリカの研究者は戦争を以下のように要因別に分析しています。
(陽動戦争)
・指導者が国内問題から目をそらそうとするような戦争である
・戦闘が激しくなる傾向がある
・しかし、短期間で終わることが多い。

(政策戦争)
・イデオロギーを巡る戦争である
・ベトナム戦争のように衝突は長く続く
・しかし、戦死者数の割合は比較的少ない

(コミットメント戦争)
・相手に対して不信感があり、交渉出来ない
・2度の世界大戦など、戦闘が激しく、長期化する

なお、先ほどのアメリカの研究者による戦争を要因別に表した図(こちらを参照)には情報非対称性戦争という記述があります。
情報非対称性戦争とは、従来の軍事的な戦争や紛争の枠組みから逸脱した新たな概念で、サイバー攻撃やSNSなど、主に情報とコミュニケーションの技術を駆使して行われる戦争の形態を指します。(添付2参照)

さて、No.5826 ちょっと一休み その917 『人を動かす根源について!』で、人に限らず生物には生存本能があり、自己が生存する上で、プラスに働くかマイナスに働くかで、その(プラスの要素―マイナスの要素)の結果が出来るだけ大きいと期待出来る方を選んで行動するとお伝えしました。
まさに国家も同様で、世界の戦争終結は現在の犠牲の回避と将来の危険の除去、この2つのバランスで決定されてきたというのです。
ですから、ロシアによるウクライナ侵攻もイスラエルとハマスとのガザでの戦闘も、終結させるためには、こうした観点からの分析・検討を行い、両者にとって折り合いのつく妥協点を見出すことがとても重要なのです。

ちなみに、太平洋戦争中の“一億玉砕”というスローガン(添付3参照)についてですが、以下のことが考えられます。
・当時の軍部は“まず戦争の継続ありき”、あるいは“まず国体の護持ありき”を重視していた
・従って、いかに犠牲を払ってでも、将来的な“戦争の継続”、あるいは“国体護持”を維持するために国民に分かり易い“一億玉砕”というスローガンを掲げた

ということで、当時の軍部は、今から考えると全く合理的な判断能力を失っていたと思われても仕方ありません。
一方、当時の昭和天皇は、国民をこの上無意味な犠牲から救うこと、すなわち将来のことよりも、現在の犠牲の回避を重視して、無条件降伏を決断したのです。
もし、昭和天皇が軍部の意向を尊重して、戦争の継続に突っ走っていれば、文字通り、限りなく“一億玉砕”の状況をもたらしていたのです。
こうした観点からすると、昭和天皇は日本国家の崩壊危機を救ってくれた救世主と言えます。


添付1)

戦前における国体護持とは?
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戦前の日本における「国体護持」という概念は、国家主義的な政治思想やイデオロギーの一部として使用されました。この概念は、戦前の日本の政府や軍部によって広く提唱され、強調されました。以下に、戦前の国体護持について詳しく説明します:
1.天皇制への忠誠: 戦前の国体護持は、日本の政府、軍部、および国民に対して、天皇制への忠誠と尊敬を強調しました。天皇は神聖視され、国家の象徴であり、国民は天皇に対する忠誠心を持つことが奨励されました。この忠誠心は、天皇を中心とした国家体制を維持し、国家の安定と団結を図るために重要視されました。
2.国家主義の強調: 戦前の日本では、国家主義が非常に強調されました。国体護持の一環として、国民には国家に対する献身、国益優先の精神、国際的な優越性への自信を持つことが求められました。この国家主義的なイデオロギーは、国内外の政策に影響を与えました。
3.軍部の影響: 戦前の日本において、陸軍や海軍は国体護持の概念を積極的に支持し、国家の安全保障や国際的な展望を重要視しました。特に、日中戦争や日中戦争を含む軍事衝突において、国体護持の名目のもとで軍事行動が実行されました。
4.民主主義の制約: 戦前の日本では、国体護持の概念によって民主主義や個人の権利が制約されました。政府は、個人の権利や自由を制限し、国家の優先事項に従属することが期待されました。

戦後、日本は敗戦し、新しい憲法が制定され、天皇制は象徴的な地位となり、個人の権利や自由が尊重される民主主義の国家として再建されました。その結果、国体護持の概念は日本の政治思想から撤回され、新しい価値観と原則が導入されました。

添付2)

情報非対称性戦争とは?
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情報非対称性戦争(Information Asymmetry Warfare)は、従来の軍事的な戦争や紛争の枠組みから逸脱した新たな概念で、主に情報とコミュニケーションの技術を駆使して行われる戦争の形態を指します。この戦争形態では、情報の操作や制御が中心となり、通信技術やサイバー攻撃、プロパガンダ、ディスインフォメーション(偽情報の拡散)などが戦術として利用されます。
以下は、情報非対称性戦争の特徴や要素です:
1.サイバー攻撃:
• コンピューターシステムやネットワークを標的にし、侵入や破壊を行うサイバー攻撃が増加しています。これにより、敵対国のインフラや通信網が混乱する可能性があります。
2.プロパガンダとディスインフォメーション:
• 敵対国や対立する勢力に対して、偽情報や誤解を拡散することで、敵対者の意識や判断を操作し、混乱を引き起こすことが狙われます。
3.サイバースパイ活動:
• 情報を盗み取るためのサイバースパイ活動が行われ、機密情報や軍事情報が漏洩する可能性があります。
4.ソーシャルメディアの利用:
• ソーシャルメディアプラットフォームを活用して、情報操作や世論形成が行われることがあります。特定の意見や立場を強調し、敵対者を孤立させる戦術も取られることがあります。
5.電磁波兵器:
• 通信やレーダーなどの電磁波を妨害する兵器が利用され、通信の遮断や機器の無力化が行われる可能性があります。

情報非対称性戦争は、伝統的な戦争と同様に影響力を持つものであり、現代の国際政治や安全保障において重要な要素となっています。この戦争形態は、技術の進歩や情報の重要性の増大に伴い、ますます複雑化しています。

添付3)

日本の太平洋戦争中における“一億玉砕”というスローガンの意図は?
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「一億玉砕」は、日本の太平洋戦争(第二次世界大戦の太平洋戦域)中におけるスローガンで、当時の日本の国民動員や国民精神を象徴するものでした。このスローガンは、戦局が厳しくなりつつあった中で、日本の国民に対して「一億人全員が敵に向かって戦い果たし、最後の一人が戦死する覚悟で戦おう」という意味合いが込められています。

「一億」は当時の日本の総人口を指し、「玉砕」は戦死を意味しています。つまり、「一億玉砕」は、日本の全ての国民が戦死しても差し支えないという極めて過激な覚悟を示唆するものでした。このスローガンは、国民に対して戦争の過酷な状況においても絶対的な犠牲を厭わず、最後まで戦う覚悟を求めるために使われました。

なお、このような極端なスローガンや国民動員の圧力が戦争末期においてますます強まり、多くの犠牲を生むこととなりました。

 
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