“味覚センサー”については、アイデアよもやま話 No.2798 人を幸せにする味覚センサー!などで何度かお伝えしてきました。
そうした中、4月1日(土)放送の「ミライダネ」(テレビ東京)で食の未来を変える“味覚センサー”について取り上げていたのであらためて2回にわたってご紹介します。
2回目は、“味覚センサー”の開発秘話と食の未来を切り拓く可能性についてです。
世界初の画期的な“味覚センサー”を開発したのは大手計測器メーカー、アンリツ(神奈川県厚木市)の敷地に間借りしているベンチャー企業の株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー(略称:インセント)です。
“味覚センサー”を商品化した社長の池崎 秀和さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「人工の舌で味を分析するんですね。」
その仕組みは以下の通りです。
まず機械にミキサーなどで液状にした食品をセット、そして上下に動く部分に“味覚センサー”(人工の舌)があるのです。
うま味、塩味、酸味、苦味、甘味といった人間の舌が感じる5つの味覚を5本のセンサーで感知することが出来るのです。
センサーで感知した味の情報はコンピューターが解析、そして目に見えるかたちで数値化していきます。
例えば、ある美味しいどら焼きをセンサーにかけると、5つの味覚はグラフで表示され、もし違う原料で作ったどら焼きがあれば、味の違いが正確にわかるので、足りない部分の味を加えれば本物と同じ味のどら焼きを作ることが出来るのです。
番組では“味覚センサー”の実力を実際に実験してみました。
まずコーンクリームスープを“味覚センサー”で分析すると、5つの味覚が五角形で表示されます。
この五角形と同じ味を再現出来る食品の組み合わせがあるのです。
それは、牛乳とたくわんの組み合わせです。
更に、牛乳に砂糖と麦茶を加えるとコーヒー牛乳が再現出来るのです。
そんな“味覚センサー”の生みの親は九州大学(福岡市西区)の都甲潔(トコウ キヨシ)教授です。
世界で初めて味を数値化した人なのです。
実は、“味覚センサー”は都甲教授とインセントの池崎社長が二人三脚で生み出したものなのです。
お二人は、番組の中で次のようにおっしゃっています。
都甲教授:
「“味覚センサー”を必要と思わなかった人が二十数年前はほとんどだった。」
「その中で若干の数名が“味覚センサー”があった方がいいと思っとった。」
池崎社長:
「同士という気がしてね、そういう人が一緒にいなければ多分僕は途中で止めていたと思うんですよね。」
都甲教授は、科学者の間では知らない人はいない、ちょっと有名人でこれまで数々の賞を手にしてきました。
都甲教授最大の功績は実現不可能と言われてきた味を測る技術を世界で初めて生み出したことです。
“味覚センサー”の開発を志したのは、生物物理学の研究をしていた30年ほど前でした。
きっかけは、奥さんが作ってくれた特性のハンバーグでした。
この時のことについて、都甲教授は番組の中で次のようにおっしゃっています。
「嫁さんが、僕はニンジン嫌いだから、ニンジンを摩り下ろしてハンバーグに入れて、僕が三十数年前に食べたら、「今日のハンバーグ違うね、美味しいね」と言ったら、うちの嫁さんが笑いながら「あなたの嫌いなニンジンを摩り下ろして入れたのよ」と言われて、「なんて味は不思議なんだ、人間の感覚は曖昧だ、よし、味の物差しを、“味覚センサー”を作ろう」と。」
以来、味覚の研究に没頭、味の数値化という壮大な挑戦が始まりました。
味覚は味を感じる人間がいて初めて存在するもので、数値化などは不可能だというのが当時主流の考え、それでも都甲教授は試行錯誤を繰り返し、遂に“味覚センサー”の核といえる薄い膜の開発に成功したのです。
この薄い膜が人間の舌の役割を果たしているのです。
人間の舌の表面には味細胞と呼ばれる味を感知する無数の細胞が埋め込まれています。
この味細胞は生体膜で覆われていて、その膜に食べ物が触れることで細胞内で電圧が変化し、電気信号となって脳へ味を伝えるのです。
都甲教授はこの味細胞と生体膜を人工的に作り出し、味を信号に変えることで成功したのです。
都甲教授は、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「僕らも食品を口にすると、生体膜の電圧が変わる。」
「この電圧が味神経に伝わって脳に行って、どんな味か、酸味か苦味かを認識する。」
「これ(人工的な膜)も味物質が来ると両側の電圧が変化する。」
「これをコンピューターで味の分析をする。」
「人間は脳で味を解析する。」
味を電気信号に変える技術を確立したのは都甲教授が世界で初めて、その頃に知り合ったのが当時測定器メーカーに勤めていた池崎社長でした。
池崎社長は都甲教授の技術を“味覚センサー”として商品化し、インセントを創業したのです。
さて、都甲教授は、調味料メーカーの富士食品工業(横浜市港北区)からの依頼を受けました。
富士食品工業では、ニーズが高まっている減塩商品に力を入れています。
減塩商品を作るためには塩分をカットして塩味を感じさせる別の物質を加えます。
ところが、今の“味覚センサー”ではこの物質を測ることが出来ません。
そのため塩味がどこまで再現出来ているのか数値化出来ないのです。
都甲教授の研究者魂に火が付きました。
高齢化が進んでも、誰もが美味しいと思えるものを生み出し、役に立ちたい、広がる“味覚センサー”のニーズに応えるべく新たな膜の開発が始まりました。
番組の最後に、都甲教授は次のようにおっしゃっています。
「健康で長生き出来る社会を“味覚センサー”がつくる。」
「(都甲教授の考える10年後の未来について、)小麦アレルギーやそばアレルギーの人がいれば、別の食材なんだけども同じ味が“味覚センサー”なら作れますと。」
「全世界の人があまねく幸せになる、食に関して。」
「人類が幸せになる、それを可能にするのが“味覚センサー”。」
以上、番組の内容をご紹介してきました。
まず、久しぶりに発明誕生のプロセスについてざっと以下にまとめてみました。
そもそも“味覚センサー”開発のきっかけが都甲教授の奥様のハンバーグ作りにあったということから、新しい技術誕生のきっかけはほんのちょっとしたことにあります。
次にこうしたちょっとしたことに対する発明者の感受性、あるいは旺盛な好奇心です。
どんな状況に対してもこうした気持ちがなければ、見逃してしまうからです。
なお、発明には大きく問題解決型と課題解決型の2つがあります。
問題解決型の発明とは、困っていることを解決するための発明です。
そして、課題解決型の発明とは、こんなものがあったら役に立つというようなアイデアをかたちにする発明です。
次に、発明者と開発協力者の出会いです。
番組の中でも言われていたように、発明の内容が奇抜であればあるほど、より多くの人たちはその素晴らしさや可能性を理解出来ず、従って協力者が現れる可能性はとても少なくなります。
わずかにしかいない発明の理解者との運命的な出会いがなければ、どんなに素晴らしい発明もお蔵入りのままで終わってしまう運命にあるのです。
ですから、都甲教授とインセントの池崎社長との出会いがなければ、“味覚センサー”は理論だけに終わり、未だに製品化には結びついていないかもしれなかったのです。
さて、“味覚センサー”の持つ将来的な可能性として、次のようなことが思い浮かびます。
それは、味と食材を切り離した料理作りです。
“味覚センサー”によって、個々の人の好みの味と様々な栄養価を持つ食材を組み合わせた食べ物を人工的に作ることが出来るようになるのです。
ですから、番組で紹介されていた、アレルギーを持った人向けに別な食材で同じ味付けの食べ物を作れるだけでなく、将来的には様々な美味しい味とそれに対応した様々な栄養価の食材の味の数値データをデータベース化することにより、私たちは好みの味で好みの、あるいは望ましい栄養価を持った食べ物を食べられる時代を迎えることが出来るようになると大いに期待出来ます。