2016年11月12日
プロジェクト管理と日常生活 No.462 『カントの著作に見る戦争勃発のリスク対応策 その3 人間の悪が平和の条件!?』

多くの人々が平和を願っている一方で、常に世界中のどこかで紛争や戦争が絶えず起きています。

そこで、プロジェクト管理と日常生活 No.459 『国家間のより強い依存関係こそ戦争勃発の最適なリスク対応策』ではプロジェクト管理の考え方に沿って、国家間のより強い依存関係の構築こそが平和維持にとってとても重要であるとお伝えしました。

そうした中、8月1日(月)から4回にわたり放送された「100分de名著」(NHK Eテレ東京)で「カント “永遠平和のために”」をテーマに取り上げていたので戦争勃発のリスク対応策の観点から4回にわたってご紹介します。

3回目は、人間の悪が平和の条件であることについてです。

なお、番組の講師は哲学者で津田塾大学教授の萱野 稔人さんでした。

 

18世紀のヨーロッパを代表するドイツの哲学者、イマヌエル・カント(1724-1804)はその著書、『永遠平和のために』(1795年刊行)の中で永久に戦争の起こらない世界をどうしたら導くことが出来るのかを追求しました。

カントは人間を放っておいたら戦争をしてしまう邪悪な存在であると考えました。

しかし、カントは『永遠平和のために』の中で、邪悪な人間だからこそ恒久平和を導くことが出来ると説いたのです。

 

カントの哲学的なものの見方について、萱野さんは次のようにおっしゃっています。

「そこ(カントの哲学的なものの見方)で出てくるのが人間の本性という言葉であって、更に自然の摂理という言葉が出てくるんですけれども、哲学でよく言われるんですけども、自然の摂理は英語でいうとNatureなんですよ。」

「で、自然の摂理と言った時もNatureなんですよ。」

「要は、人間が元々持っている自然的な傾向、例えばお腹いっぱい食べたいとか、優しくされた人には好きになったりとか、これと自然の中でクマがサケを食べるとか、あるいは寒くなれば水が氷ったりとか、そういった全ての自然の動きの中に人間の自然的傾向を当てはめて考えるということなんですよ。」

「カントが一番注目するのは、そこの部分なんですね、人間は、邪悪であると。」

「人間は放っておけば争いをするし、戦争まで発展するかも知れない、というところから出発しましょうと。」

「そこを直視して永久平和の問題を考えていきましょうということなんですよ。」

 

カントは、『永遠平和のために』の中で自然の摂理として次の3つを挙げています。

1.自然は人間があらゆる地方で生活出来るように配慮した

2.自然は戦争によって人間を人も住めないような場所に居住させた

3.戦争によって人間が法的な状況に入らざるを得ないようにした

 

そもそも人間は邪悪であり、自然状態では戦争をしがちです。

しかし戦争が起こり、敵対する集団が現れると味方同士は団結せざるを得なくなります。

そのため何らかのルールや法律が必要になり、結果として平和状態が生み出されます。

つまり、カントは邪悪な人間同士が起こした戦争が平和を作り出すことも自然の摂理だというのです。

カントは、『永遠平和のために』の中で次のように記しています。

「永遠平和を保証するのは偉大な芸術家である自然、すなわち<緒物を巧みに創造する自然>である。自然の機械的な流れからは人間の意志に反してでも人間の不和を通じて融和を創り出そうとする自然の目的がはっきりと示されるのである。」

 

さて、上記の自然の摂理の3つ目について、萱野さんは次のように解説されております。

「戦争で誰かが自分たちの生活を脅かすかもしれない。」

「その時に人間が取り得る行動としては、それもまた利己心からですが自分たちの生活を守りたいという、そこから法的な状態に入りますよね。」

「例えば、ある命令のもとで防衛行動を取りましょうとか、そういったことが出てきますよね。」

「頭ごなしに国家の状態が素晴らしいから国家の状態を作れと言っても、人間はそんなことで動くわけではないけれども、他の集団から自分たちの生活が侵害されることに直面すると、いくら邪悪な人間でもその邪悪さゆえに国家状態を作りますよねということなんですね。」

「(平和になるには戦争が必要であるとも聞こえるが、という問いに対して、)この部分は確かに誤解され易いんですよ。」

「戦争があるからこそ平和が達成されるんだって言っているように見えるじゃないですか。」

「そういうふうに読んじゃうと、積極的に戦争した方がいいんじゃないかっていう議論まで導き出されてしまいますよ。」

「カントは必ずしもそう言っているわけではないんですよ。」

「2つポイントがあって、一つはそもそも人間が争い事をしなければ、平和を構築しましょうと人間は思いませんよねと。」

「戦争をするという傾向があるから平和への志向性というか、平和への意識も高まってくるんだっていうことなんですよね。」

「もう一つは、カントは道徳だとか理性の導きだけでは平和は作られないと考えたんですよ。」

「何らかの人間の本性、自然的な傾向に裏打ちされなければ平和は達成されないだろうと。」

「理想的に人々は仲良くしましょうとかと言っているだけでは平和は達成されなくて、そうすることが人間の本性にとってもプラスだから戦争を止めて平和に向かうんだと証明しなければ、いくら理性的なことで平和について説いてもそれは絵空事なってしまうだろうと。」

「ですので、人間の本性が邪悪だと認めましょうと。」

「でもそれがうまく理性によってその傾向を活用すれば、平和は導かれるんだと。」

「カントの哲学の一つのポイントなんですけど、何らかのこういった人間の本性による裏付けがなければいくら理性や道徳できれいごとを言っても(平和は)実現しないっていうことなんですよね。」

 

次は国家間の平和についてです。 

カントは、『永遠平和のために』の中で次のように記しています。

「悪魔たちであっても知性さえ備えていれば国家を樹立出来るのだ。」

 

カントは、自然の摂理によってルールを作り、平和な国家を導くことが出来ると説いたのです。

カントは、国家も人間と同じように利己的であると考えます。

そのため国家は自国の利益を獲得しようと他国と貿易を始めます。

そして、出来るだけ自国が他国よりも多くの利益を得ようとします。

すると、結局は他国と仲良くしておいた方が得だから戦争はいない方がいいという方向に努力するはずだと説いたのです。

 

例えば今、中国とアメリカが戦争を始めたらどうなるでしょうか。

アメリカで売られている商品の多くは中国で作られています。

そのため、戦争が始まって中国製品の輸入がストップすると全米のスーパーマーケットから多くの商品が消えてしまいます。

一方、中国も最大の輸出相手国を失うことになり、経済的に大きな損失を被ります。

このように戦争はどちらの国にとっても利益をもたらしません。

戦争するよりも貿易のルールを決めて利益を上げる方がお互いに得をします。

経済的交流は戦争を抑止することが出来るとカントは考えました。

 

カントは、『永遠平和のために』の中で次のように記しています。

「他方ではまた自然は互いの利己心を通じて諸民族を結合させているのであり、これなしで世界市民法の概念だけでは民族の間の暴力と戦争を防止することは出来なかっただろう。これが商業の精神であり、これは戦争とは両立出来ないものであり、遅かれ早かれ全ての民族はこの精神に支配されるようになるのである。」

 

これについて、萱野さんは次のように解説されております。

「人間は自分の得になることをしたいんだと。」

「いろんな利己心を持っています。」

「それぞれの国家もやっぱり利己的なんですよ。」

「自分たちの国を繁栄させたいという自然的傾向を持つわけですよね。」

「その時に2つのベクトルがあるんですよね。」

「暴力(収奪)と非暴力(法・商業活動)のどちらに転ぶか分からない。」

「それがどうやって利己心を満たしながら他国と戦争を起こさないようにするかといった時に注目したのが商業。」

「カントの時代も列強があらゆる国を植民地化していた時代ですよ。」

「カントがここで商業と言っている言葉の中には植民地化をどう否定するかっていうことも入っているんですよ。」

「商業っていうのはお互いに自由に貿易することですよね。」

「で、継続的にお互いが自分たちの得意分野の中で生産しながら欲しいモノを交換するっていうのが商業。」

「で、植民地支配っていうのはそれを武力で獲得しようというものですよね。」

「これって歴史を見ても、利益よりも宗主国が植民地を維持するために支払うコストの方が高くついちゃったんですよね。」

「だから、結局20世紀半ばにほとんどの植民地は独立したというかたち。」

「で、これ更に言うと短期と長期の違いでもあるんですよ。」

「短期的に利益を拡大しようとすれば、力による利益の確保というのが手っ取り早いんですよね。」

「例えばですね、あそこの国で沢山銅が採れる。」

「で、短期的にはそこを攻めていって滅ぼしちゃえばその銅を採れるかもしれませんけども、長期的に銅を産出してくれる人がいなくなってしまうわけですよね。」

「だから時間軸を長く伸ばせば攻めることが必ずしもいいというふうにはならない。」

「来年も再来年もずっと引き続きお互いに利益を拡大して自分たちも豊かになりましょうっていうことであれば、商業活動ということになりますし、あるいは法に則って人々がいろんな活動する方がいいだろうっていう話になるということで、どっちがよく考えたら得なんですかっていうことなんですね。」

「短期的な得なのか長期的な得なのかによって、判断が変わってくるじゃないですか。」

「人間てやっぱり短期的に物事を考え易いっていう傾向があるんですよ。」

「目の前の得だけを望んでしまうという。」

「でも少し経験を積んだり知性を働かせたりすれば、利益はすぐには手に入らないけど長期的に見れば利益が最大化するような方向に向かっていきますよね。」

「そこに人間の知性や理性を働かせましょうよということなんですよね。」

「戦争をしないで問題を解決することがそれぞれにとって得になるような環境整備をどうしていくかっていうことがここから導きさされますよね。」

 

では、どのような国家ならば平和が実現出来るのでしょうか。

世の中にはいろいろな政治体制がありますが、カントは永遠平和を実現するためには共和的な体制の国家でなければならないと考えています。

共和的な体制というのは今の日本や欧米諸国のような国民が主権を持つ民主主義国家のことを指します。

しかし、共和制であればいいってことでもないとも考えています。

カントは、『永遠平和のために』の中で次のように記しています。

「共和政体とは行政権が立法権と分離されている国家原理であり、専制政体とは国家が自ら定めた法律を独断で執行する国家原理である。」

 

要するに、行政権と立法権が分離されていることが何より大事だと言っているのです。

なぜなら、行政権と立法権が同じなると、戦争が起きやすくなるからです。

第二次世界大戦に至る日本とドイツの例を見てみると、戦前の日本は天皇を中心とした立憲君主制を採用していましたが、実質的には国民主権国家と考えられます。

そして、ルールを決める立法権とそれを実行する行政権ははっきりと分かれていました。

しかし、1938年に国家総動員法が制定、戦争のために必要な労働力、機材など物的資源を政府が議会の承認なしに運用出来るようになりました。

行政(政府)と立法(議会)が一体化してしまったのです。

こうして巨大な権力が政府と軍部に与えられ、日本は太平洋戦争へと突き進むことになります。

 

また、ドイツにおいても第二次世界大戦前は行政権と立法権は分かれていました。

しかし、ヒトラーの出現により行政と立法の境い目があやふやになります。

そして、1933年3月に全権委任法が制定されました。

この法律によって行政権を持つ政府が国家の合意を得なくても立法権を行使することが出来るようになり、ヒトラーが全てを決められるようになりました。

ナチスの独裁体制が合法化され、戦争に突き進んでいったのです。

 

これについて、萱野さんは次のように解説されております。

「やっぱり人間て自分が思った通りに物事を運びたいじゃないですか。」

「でも、それを許していたらどんどん人間の邪悪さから戦争状態に近づいていってしまうかもしれない。」

「それを止めるにはどうしたらいいかっていうと、やりたいように人間が出来ないようにすればいいんですよね。」

「で、それをやりたいように人間がすることを防ぐには、ルールを作る人とルールのもとで行動する人を分けましょうということなんですね。」

「これがカントの言う立法権と行政権の分離ってことなんですよ。」

「結局、行政権というのは法に基づいていろんなことを執行するわけですけども、この人たちがルールを作るようになるとやりたいようにルールをその都度作るってかたちになりますよね。」

「そのルールを作る権限を持つ人たちとそのルールを基に執行する人たちを明確に分離しましょうと。」

「これが国家の暴走を防ぐ一番の方法ですよ、って(カントは)言ってるんですよね。」

「(ではその立法と行政の分離を維持していくためには何が出来るかという問いに対して、)「今の、例えば日本の制度でいくと議会で法律は決めるけども、その議会で決定する人たちを選ぶ権利は我々にあるんですよね。」

「ですので、これを形骸化させないこと、結局権力の監視を強めるとか、選挙でちゃんと行政権と立法権の分離を尊重してくれる人に投票するとか、そこの部分ですね。」

「国民が誤れば、結局は国も誤るってことですから、やはり国民主権である以上、我々の責任がむしろ問われるってことかなと思いますね。」

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

以下に私なりの解釈を交えて内容を箇条書きで整理してみました。

・そもそも人間は邪悪であり、自然状態では戦争を起こし易い

・しかし、他の集団から自分たちの生活が侵害されることに直面すると、いくら邪悪な人間でもその邪悪さゆえに味方同士は団結せざるを得なくなる

・そのためには何らかのルールや法律が必要になって国家状態を作り出し、結果として平和状態が生み出される

・すなわち、悪魔たちであっても知性さえ備えていれば国家を樹立出来るのである

・人間の本性による裏付けがなければいくら理性や道徳できれいごとを言っても平和は実現しない

・国家も人間と同じように利己的である

・しかし、自然の摂理によってルールを作り、平和な国家を導くことが出来る

・その賢さは短期的な観点と長期的な観点とで判断が異なる場合がある

・正しい情報、経験、および知性や理性が短期的な利益を求めるよりも長期的に利益が最大化するように作用する

・しかし、正しい情報、経験、および知性や理性の不足により、現実には人間は短期的に物事を考え易い傾向がある

・従って、こうした能力、すなわち一言で言えば“人間力”を高めることが必要であり、そのためには学校教育などの環境整備が重要になってくる

・平和を実現するための国家原理として最も重要なのは行政権と立法権が分離されている(チェック&バランスが機能している)ことである

・行政権と立法権を行使する国会議員は国民による選挙で選ばれる

・従って、国民が誤れば国も誤る

・要するに、あらゆる意味で国民のレベルがその国のレベルを規定する

 

以上、番組の内容をまとめてみましたが、更に煎じ詰めていくと以下の4つに行き着くと思います。

・人間も国家も利己的な存在である

・この摂理を利用したルールの作成によってのみ平和を実現出来る

・平和を実現するための国家原理として最も重要なのは行政権と立法権の分離である

・国民のレベルがその国のレベルを規定する

 

こうしてみてくると、世界平和実現のための道筋がいくつか見えてきたので以下にお伝えします。

・経済の観点から、特に世界的に著名な経済学者はいかに戦争は経済的にみて長期的に損失が大きいかを明らかにし、声を大にして国際社会に訴えること

・軍事の観点から、特に世界的に著名な軍事学者はいかに戦争は長期的にみて大きな損失をもたらすかを明らかにし、声を大にして国際社会に訴えること

・政治の観点から、特に世界的に著名な政治学者はいかに行政権と立法権の分離が戦争など国家の暴走を防ぐかを明らかにし、声を大にして国際社会に訴えること

・国民は、利己的な存在であることを自覚しながらも知恵を働かせて長期的な観点から選挙などを通して国に働きかけること

 

なお、人類が平和で豊かな生活を追求していくうえで、今課題なのは世界平和の実現だけではありません。

それは、地球温暖化の阻止、および地球環境破壊の阻止、そして石油など限りあるエネルギーの枯渇問題の解決です。

カントが人間の悪が平和の条件であると訴えたように、人間の悪が地球温暖化の阻止、および地球環境破壊の阻止、あるいはエネルギーの枯渇問題の解決の条件でもあるといえそうです。

特に、石油などエネルギーの枯渇の到来はその奪い合いが戦争勃発の引き金になる可能性を秘めているのです。


 
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