2016年08月12日
アイデアよもやま話 No.3467資本主義のルールが変わる時 その5 欲望の果てに!

地球環境問題や化石燃料などの資源の枯渇問題に関心を持ち始めるようになってから、消費が成長エンジンである資本主義のあり方に疑問を感じるようになりました。

そうした中、5月28日(土)放送の番組(NHK総合テレビ)で「欲望の資本主義 〜ルールが変わる時〜」をテーマに取り上げていました。

そこで、5回にわたってご紹介します。

5回目は、欲望の果てについてです。

 

アダム・スミスは、知る由もなかった現代、技術が更なる欲望を駆り立てています。

2001年のノーベル経済学賞受賞者で、コロンビア大学教授のジョセフ・ステイグリッツさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「(今、技術のイノベーションがシェアエコノミーの基盤を変えようとしているが、テクノロジーがなければUber(ウーバー)など新しい市場は生まれなかったはずであるという指摘について、)新しい技術が多くの分野で社会に影響を与えてきたのは明らかだ。」

「実際、とても大きな利益も生まれているだろう。」

「しかし、そこで気を付けねばならないのは、利益が大きく、取引が拡大したからと言って社会にも価値があると考えるのは危険だ。」

「心配なのは働く人々の扱いだ。」

「そうした新しいプラットフォームが労働者の組織力を害してしまったとしても、仕事が減るだけでなく、長い目で見ると賃金も下がり続けていくだろう。」

「まさに市場を独占するからだ。」

「今はそれほどでもないが、労働市場にもルールを適用したい欲望は強大だ。」

 

投資銀行の元ゴールドマン・サックス社員で、2013年にベンチャー投資銀行、シェルバ・キャピタルを設立し、そのCEOであるスコット・スタンフォードさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「型通りな言い方だが、今回は今までとは違う。」

「単に経済に衝撃を与えるに留まらない。」

「僕らクレイジーな奴らは本当に思っているよ。」

「今僕らが目指している変化は人類という種の進化の瞬間だと。」

「自動運転技術はここでもすごく話題だ。」

「イーロン・マスク(シリコンバレーの起業家)が言ったこんなことも想像出来るんじゃないかな。」

「「自分で運転することが違法になる日が生きている間にやって来るだろう」って。」

「(人が運転するのは)安全じゃないから。」

「人の脳は多くのことを考え過ぎるからエラーが起きちゃうよね。」

「イーロン・マスクが正しかったと仮定して話を進めると、そんな未来の高速道路では「おい、人間が運転するならこの車線には入るな!」なんてね。」

「道に駐車する車なんてなくなるよ。」

「自動運転車は常に走り回るからね。」

「Uber的な効率化よりも更に進んだ自動化が導入されたら労働コストがなくなって、サービスは正当な価格になるだろうね。」

 

これに対して、ステイグリッツさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「シリコンバレーでのイノベーションの価値を測るのは本当に難しい。」

「彼らは社会の転換を促すものだと言うが、マクロ経済学の統計を見ても、生産性の向上は認められないんだ。」

「つまり、「我々の測定方法が間違っている」か「誇大広告」かどちらかだろう。」

 

また、スタンフォードさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「(新たなテクノロジーによって資本主義は変わっていくのかという問いに対して、)今、資本主義経済が大変化に直面しているのは疑いようがない。」

「労働を基本としたシステムから高度に自動化されたシステムへの移行だ。」

「僕らは昔ながらの経済指標に足止めされるわけにはいかない。」

「雇用率や生産性など、成功の証しとされているものだ。」

「いつの日か、失業率は30〜40%にもなるだろうが、そんなに悲観することでもないかもしれない。」

「もし人口の半分が働かなくてよくなったら、今とは別の社会システムが必要だ。」

「なぜなら資本主義は学生と退職者以外は人の労働に基づくシステムだからね。」

「でも二人に一人が働かなくなったら、答えは分からない。」

「社会主義ではないだろうけどね。」

「過去に様々な社会システムの事件があったけど、それらがハイブリッドされた新しいシステムが誕生するかもしれない。」

「(資本主義が自動化された新しいシステムに変わっていくのではという指摘に対して、)そう、歴史を振り返って、モデルAとモデルBとどちらがいいか?なんていう議論は止めにしたい。」

「ものの見方を変えたら、新しい景色が見えるんじゃないかな。」

 

「何に満足を感じるかは人それぞれだよね。」

「お金はその一つだろうけど、名声を得ることが生き甲斐の人も多い。」

「人からの「いいね」を沢山欲しがるのは自然なこと。」

「だからFacebookやInstagramが「好かれたい」欲望をお金に換え大成功している。」

「社会へのインパクトを測るような新しい“通貨”が生まれたら面白いだろうね。」

「夢見がちでクレイジーに聞こえるかもしれないけど、そんな風に人々の“声援”を集めた人が報われるような社会になれば、自己満足に終わるのではなく、人間ってそういうものなんじゃないかな。」

「人々を動機づけるクリエイティブな方法が生まれればいいと思うよ。」

 

経済学の父、アダム・スミスは「国富論」の前に1冊重要な書を表しています。

「道徳感情論」(1759年)の中で、次のように唱えています。

「人間がどんなに利己的だとしても、その本性の中には何か別の原理がある。」

 

彼は利己的な競争の他に社会にはもう一つのルールがあることを気付いていたのです。

チェコの経済学者、トーマス・セドラチェクさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「アダム・スミスの書には困惑させられる。」

「「国富論」では、“社会を接着するのに必要な「糊」は自己利益、それだけで十分だ”と言っている。」

「しかし、もう一冊では全く反対のことを言っている。」

「「道徳感情論」の一行目でこう言う。」

「“人は何も得しなくても他人に対して善行を施す性質を持っている”、完全に分裂している。」

「社会の「糊」は「共感」というわけだ。」

「確かに私たちは赤の他人に対しても苦しんで欲しいとは思わない。」

「挨拶は“どうぞ良い1日を”だよね。」

「人はお互いの幸せを望み合うっていうことの証しだ。」

「まさか“どうぞ悪い日を”とは言わないよね。」

「ここにこそアダム・スミスに対する誤解がある。」

「アダム・スミスは「社会には2本の足がある」と言ってるんだ。」

「一つは「利己主義」、もう一つは「共感」だ。」

「もし片足だけで立とうとすれば、何か大事なものを失うことになるだろう。」

 

「アダムとイブが禁断の果実を口にした後、彼らは葉っぱで体を覆ったという。」

「それは人類の最初の所有だった。」

「それがなぜ必要だったのか?」

「寒かったからか?」

「そうじゃない、「恥ずかしかったから」だ。」

「消費・所有は心理学とつながっている。」

「アダム・スミスは「経済学は数字を用いる物語」だと気付いていた。」

「数字によって説得力が増したりもするが、あくまでも「物語」なのだ。」

「欲望は満たされ得ないもの、私たちはそれに気が付かなくてはいけない。」

 

人口約2.5億人で世界4位のインドネシアで、日本やシリコンバレーから巨額の出資を受けるインドネシア最大のマーケットプレイス、トコペディアを運営するCEOのウィリアム・トラヌジャヤさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「スマトラ島北部の小さな町で生まれ育った。」

「誰にでも貧しい人にもチャンスがある。」

「インターネットは事業を大きく成長させるとてもパワフルなテクノロジーだ。」

「いい車を、いい家を、素敵な服、美味しい食事、・・・」

「経済が成長すれば、消費への欲望が増すのは自然なことです。」

 

欲望の資本主義、楽園を追放された人々は欲望なくして生きられない、次なる禁断の果実は何か、ルールは密かに書き換えられていきます。

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

私たちの欲望には限りがありません。

どんなに豊かになってもやがてその生活に慣れてしまい、新たな欲望が生まれ、それを欲しがるようになります。

これは人間の本性ではないでしょうか。

そして、こうした飽くなき欲望の対象はモノだけに限りません。

人はある目標を達成すると、更にその上の目標に向かって取り組んだり、別な何かをに新たな目標にして取り組み始めます。

こうした物的、あるいは精神的な対象に飽くことなく挑戦し続けることがテクノロジーや文化、芸術などの発展につながってきたし、これからも人類が存続する限り続くのです。

 

さて、ステイグリッツさんのおっしゃるように、テクノロジーの進歩がUberなど新しい市場を創造するのですが、利益が大きく、取引が拡大したからと言って社会にも価値があると考えるのは危険です。

AIやロボットなどがあらゆる産業に投入されることにより、こうしたテクノロジーと人との仕事の奪い合いが行われていきます。

要するに、企業はコストの安い方を採用するという経済原原理が働き、働く機会、および賃金の両面でAIやロボットなどにより人は知的にも肉体的にも雇用面で失業のリスクにさらされていくのです。

 

そこで、アイデアよもやま話 No.3401 ”仕事がない世界”がやってくる その3 新たな生活保障制度の必要性!でもお伝えしたように、資本主義はこれまで新たな問題が起きるたびに修正が加えられ、進化してきました。

ですから、スタンフォードさんのおっしゃるように、もし人口の半分が働かなくてよくなったら、今とは別の社会システムが創出されてくるはずです。

例えば、現在でも機械化がほとんど普及されていない開発途上国では、多くの子どもたちが畑仕事など家事の手伝いをさせられて学校に通うことが出来ないといいます。

しかし、産業が発達し、親が工場などで務められるようになったり、あるいは農機具を使うことが出来るようになって農作業の生産性が向上してくれば、子どもの手を借りる必要がなくなり、登校出来るようになるわけです。

同様に、もし人口の半分が働かなくてよくなったら、これまでの人類の対応からすると一日の労働時間を3,4時間以内に規制して働く機会の均等を図った、これまでの資本主義や社会主義といった枠に縛られない新たな社会システムを構築したり、あるいは最先端のテクノロジーを活用した新たなサービス業を考え出して新たに働く場を作り出したりなどするはずです。

 

また、経済原理は地球温暖化や環境破壊、あるいはエネルギーの枯渇などにも影響を与えます。

卑近な例では、原油価格が安くなれば自動車を使う機会が増えてガソリンの消費量が増え、その分CO2の排出量が増えます。

それが地球温暖化に悪影響を及ぼすわけです。

逆に、原油価格が高くなったり、あるいは景気が悪くなればガソリンの消費量が減り、その分CO2の排出量が減ります。

それが地球温暖化に良い影響を及ぼすわけです。

 

では、私たちの飽くなき欲望を追求するための諸々の活動に伴う資源の消費と、地球温暖化問題、環境破壊問題、および化石燃料を中心とした資源の枯渇問題を同時に解決する方策はあるのでしょうか。

あります。                                                               

それは、地球温暖化問題、環境破壊問題、および化石燃料を中心とした資源の枯渇問題への影響を最小限にする、すなわち“持続可能な社会の維持”という大前提で私たちの飽くなき欲望を追求するということに尽きると思います。

ただし、この大前提の個々については不変ではありません。

省エネや再生可能エネルギー、あるいは化石燃料を代替する再生可能な資源の発明などのテクノロジーの進歩とともにその制約を軽くしていくことは可能なのです。

ですから、人類が本能的に持っている飽くなき欲望の追求を自らうまくコントロールして“持続可能な社会“を実現させることこそが、完全に解放された欲望の飽くなき追求を存分に可能にする状況を作り出せることにつながるはずなのです。

 

さて、ここで付け加えることがあります。

“持続可能な社会“とは、モノが枯渇しないことや地球環境の維持に限らず、人々の暮らしの安定した社会の維持も含まれます。

そのためには、世界的に平和であることや格差のない社会であることが求められます。

いくらモノや地球環境面で“持続可能な社会“が実現出来ても、核戦争が勃発してしまっては一巻の終わりです。

また、収入の格差が大きくなり過ぎれば、いずれ暴動や革命が勃発して社会不安をもたらすからです。

 

こうした方策を実現させるためのルールこそが資本主義の新たなルールであり、遅ればせながら今が新たなルールに変える時なのです。


 
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