昨年12月5日(土)放送の「新美の巨人たち」(テレビ東京)で郵便ポストの知られざる世界について取り上げていたのでその一部をご紹介します。
赤い丸型ポスト誕生の陰には驚くべき工夫とアイデアがあります。
歴史を紐解けば、その造形には機能美だけではない、アート作品のような美しさがあったのです。
日本で一番高い場所にある丸型郵便ポストは海抜2305mの富士山五合目にあります。
また、日本一低い場所にある丸型郵便ポストは和歌山県すさみ町の水深10mあたりの海底にあります。
捨てられたわけではありません。
ダイビングスポットとして知られるこの海の“町おこし”の一環で置かれたのです。
世界で一番深いところにある丸型郵便ポストとしてギネス世界記録にも登録されています。(2002年)
専用の耐水はがきを使えば、ちゃんと配達してくれます。
丸型郵便ポストは全国の名所や旧跡に置かれています。
愛らしい姿が懐かしい風景の中に美しく馴染んでいるのです。
また東京・小平市は高度成長期にベッドタウンとして発展した街ですが、そこかしこで丸型ポストと出会うことが出来ます。
なんとその数37本、中には日本一大きい丸型郵便ポスト、高さ2.8mもあります。
勿論特注です。
オブジェではありません。
通常のポストとして使われています。
なお、東京スカイツリーの傍らにあるソラマチにちょっと面白い場所があります。
郵政博物館、ここには郵便や通信に関する歴史的な資料が収められているのです。
さて、日本の郵便制度が始まったのは明治4年(1871年)のこと、当時のポストは「書状集箱」という、江戸の名残りを感じさせる屋根の付いたも木製のものでした。
鉄製のポストが登場するのは明治34年(1901年)、発明家の俵谷高七が考案した俵谷式ポストと呼ばれる赤いポストです。
更に同じ年には差し入れ口に雨除けの蓋が付いた中村式ポストが考案されました。
そして明治41年(1908年)には早くも丸い顔の回転式の郵便ポストが登場します。
雨除けと盗難防止のために差し入れ口が回転式の凝った作りになっているのです。
その構造ですが、回転式のつまみをぐるっと回すと手紙の受け皿が上に移動して、そこに手紙を入れ、つまみを放すと受け皿が自動でぐるっと回って手紙が下に落ちるというものです。
単純な仕組みですが実に手際がいいのです。
しかし、この回転式ポストは郵便物が入れにくく、故障し易いという問題を抱えていました。
そこで明治45年(1921年)に登場したのが丸型庇(ひさし)付きポストで、現在の丸型ポストの原型です。
このかたちは大正、昭和へと受け継がれていきました。
ところが太平洋戦争(1941〜1945年)で日本中の多くの都市は空襲によって被災し、郵便局と沢山の郵便ポストが失われてしまったのです。
昭和20年(1945年)、焼け野原から戦後の郵便事業は始まります。
その最前線を担う郵便ポストの復旧は最優先の課題でした。
終戦の翌年の昭和21年(1946年)、逓信省で研究開発が始まり、昭和24年(1949年)には新しい丸型ポストの設計図が完成します。
従来のポストとの最大の違いは上下分離式です。
頭部と胴体が分かれているのです。
取り出し口の方向を設置場所によって変えることで郵便物の収集作業を円滑に行えるからです。
こうして昭和24年8月15日、戦後の郵政事業復興のシンボルとして丸型ポストは誕生したのです。
およそ半世紀の歳月をかけて進化し、発展し、工夫をこらし、丸型ポストの造形は磨き上げられました。
ところが、丸型ポストの誕生からたった2年、意外なことが起きたのです。
昭和26年(1951年)に誕生した角型の郵便差出箱3号、あんなに時間をかけて作ったのにどうして新しいポストをつくったのでしょうか。
その後、続々とニューバージョンが生み出され、やがて丸型ポストは次第に淘汰され、生産中止に追い込まれてしまうのです。
理由の一つは内部の構造にありました。
現場で働く郵便職員たちにとって丸型ポストは少しやっかいな問題があったのです。
丸型ポストの断面を見ると、投函された郵便物は胴体内部の斜めに取り付けられた底板の上に直接落とされます。
溜まった郵便物を取集する際には、取り出し口に直接取集袋と呼ばれる袋をあてがい、かき出すように集めなければなりません。
雨の日に雨水が郵便物に触れないようにするのは中々の苦労なのです。
ところが角型のポストの場合は空の取集袋を用意してポストの内部の袋と交換するだけでその業務は簡単でスピーディに終わります。
郵便博物館の副館長、井村恵美さんは次のようにおっしゃっています。
「丸型ポストというのは手でかき出して作業をするんですけども、戦後の復興期に容量が増えてきた郵便物を取集するのに大変時間を要するようになってしまいまして、より便利に早く取集が出来る角型ポストがすぐに誕生するきっかけとなったんですね。」
ポストが丸型から角型に変わった理由は、機能の問題ばかりではないといいます。
井村さんは次のようにおっしゃっています。
「当時のデザイナーの中に一部では古い時代の古めかしいものの象徴という印象もあったようなんですね。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
番組を通して、日本のポストの変遷を垣間見ることが出来ました。
日本のこれまでのポストの歴史はポストを巡るその時代ごとに、より便利なポストを追及した設計者のアイデアが込められているのがよく分かりました。
さて、確かに丸型ポストを見かけることはほとんどなくなってしまいましたが、丸型ポストには現在主流の角型ポストにはない、何とも言えない風情、温かみ、あるいはアートを感じます。
しかし、デジタル化の進行とともにはがきや手紙は電子メールにどんどん置き換わりつつあります。
ですから角型ポストの設置もやがて大幅に縮小されていくのではないかと危惧されます。
また、小包などは郵便局と宅配便業者とのマーケットの奪い合いが繰り広げられています。
ポストの変遷と同様に、郵政民営化をきっかけに郵政事業も時代の変化とともには大きな転換を迫られてきているのです。
しかし、たまに実家(千葉県外房)の近くの小さな郵便局に行くと、一般の銀行にはない何とも言えない家族的な雰囲気を感じます。
ですから、郵便局にはこうした雰囲気を失わず、これからも頑張って生き残っていっていただきたいと思います。
しかし、世界的な通貨のデジタル化の流れを受けて、いずれ日本も遅ればせながらお札やコインといった通貨が本格的にデジタル通貨に移行される時代を迎えることになります。
そうした時代に、郵便局も含めて既存の金融機関はどのようなかたちに転換するのかとても興味が涌いてきます。
いずれにしても新しいサービスを生み出して生き残っていっていただきたいと思います。