今回は、3つのテレビ番組を通して、今回の厚労省による驚くべき統計不正問題の原因、および今後の対応策についてプロジェクト管理の観点からご紹介します。
まず2月3日(日)放送の「報道プライムサンデー」(フジテレビ)からです。
厚生労働省(厚労省)による毎月勤労統計の不正は15年前から行われ、雇用保険・労災保険が本来より少なく給付されていました。
本来よりも少なく給費されていた額は、失業手当など雇用保険の場合、1人当たり平均1400円といいます。
対象者は延べ2015万人、総額およそ567億円に上ります。
不正があった統計は実質賃金の算出にも使われ、消費増税の判断にも関係があります。
日本政府の統計に対する信頼が揺らぐ事態となった統計不正問題、ベストセラー「統計学が最強の学問である」の著者で、データビーグル代表取締役の西内
啓さんは統計の重要性について次のようにおっしゃっています。
「統計のちゃんとした組織を作りましょうと最初にやったのはナポレオンと言われていて、戦争の天才なんて言われますけども、どれくらいの食べ物があって、何歳の人が何人いるか分からないと勝つことが難しかったと。」
「統計の強さが国力を左右するというのは恐らく確かでしょう。」
統計は国家の存亡に直結します。
太平洋戦争の敗戦後、延べ7年間にわたり政権を担った吉田 茂元総理は回想録に次のように記しています。
「戦時中から我が政府は、自分の好都合な数字を発表することが癖になっていた。」
更に次のようなエピソードもあります。
戦後の食糧難の時、政府統計をもとにGHQに食糧援助を陳情しましたが。「日本の統計はでたらめだ」と渋られたといいます。
「日本の統計数字はずさんだ」とマッカーサー元元帥に責められた吉田総理(当時)は「戦前に我が国の統計が完備していたならば、あんな無謀な戦争はやらなかったろう」とおっしゃったといいます。
正確な統計が必要だと痛感した吉田総理(当時)は政府関係の統計を完備することにしました。
では、完備されたはずの政府統計でなぜ不正が行われたのでしょうか。
今回の不正調査の仕組みは以下の通りです。
本来なら従業員500人以上の全ての事業所が対象と定められていますが、15年前から東京都ではおよそ3分の1の事業所に減らして調べていたのです。
東京都は給料が高い企業が多いため、全国の平均賃金が低下してしまい、その結果失業手当などの給付が567億円も減ったのです。
統計不正の狙いは給付額削減だったのか、それとも単なるミスたっだのか、番組は二人の厚労省OBに聞きました。
元厚労省の官僚で統計にも係わったことがある田岡 春幸さんは次のようにおっしゃっています。
「私はケアレスミスだったと思います。」
「統計のいわゆるプログラムをいじれる人間というのは厚労省の中にも一人二人いるか、当時の職員がそういった知識がなくそのままやってたのかなという・・・」
医療経済で統計を扱ってきた東京医科歯科大学大学院の川渕 考一教授は次のようにおっしゃっています。
「「こんなの分かります?」っていうことですよ。」
「こういうこと(統計)をやる人たちって、本当に数学オタクみたいな技官がいるんだけど、そういう人いなかったんじゃないかと思うんだよ。」
二人とも故意の不正を否定し、統計の知識不足を指摘しました。
景気判断に影響を及ぼす毎月勤労統計の不正、消費増税の環境は整ったと言えるのでしょうか。
日本で初めて本格的な統計が行われたのは1870年10月18日ということで、この日は「統計の日」として定められています。
では国はどれくらいの統計を行っているかというと、基幹統計が56、一般統計が233あります。
この基幹と一般の違いについて、元総務大臣で早稲田大学公共経営大学院の片山 善教授は次のようにおっしゃっています。
「国が行っている統計はどれも重要なんですけど、その中でも特に国の政策の基本となる重要なものを基幹統計として指定しているわけですね。」
「例えば、一番有名なのは国政統計といって、これは国勢調査ってやりますね。」
「ここで国民は今何人いるのかとか、それからそれを調べると、今生まれた子どもさんが将来小学校に行く時どれくらいになるか、全部分かるわけですね。」
「そういう大事なものを基幹統計としているわけです。」
「それ以外を一般統計としています。」
「人間でいいますと健康診断、それに基づいていろいろ治療したりしますよね。」
そこで今問題になっているのは基幹統計の一つ、毎月勤労統計ということですが、厚労省が出しているちらしには次のように書かれています。
「賃金、労働時間や雇用の動きを毎月調べている大切な調査です。」
これについてどれくらい重要なのかについて、片山さんは次のようにおっしゃっています。
「賃金、労働時間で分かる通り、企業の景況がよく分かるんですね。」
「ですから経済状態がこれで分かります。」
「それが経済政策につながるわけですね。」
「それからもう一つ、具体的にはこれが出てくると、それによって雇用保険の失業手当なんかが決まってくるわけです。」
「それくらい重要なものです。」
このように毎月勤労統計はまさに景気判断の根拠になります。
それから労災保険、雇用保険の給付額の計算が出来るのです。
しかし今回発覚した、2004年から続いている不正によって約567億円も少なく給付されていたことが分かったのです。
ところが昨年調査結果に異変が起きます。
2017年、実質賃金伸び率はずっと低い数字が続いてきました。
ところが2018年6月に急に数字が上がりました。
これがアベノミクス効果とも言われました。
しかし実際は昨年厚労省内で今回の不正や不適切な計算方法が明らかになって、不適切だった計算方法をあらためていたということなのです。
東京都の事業所、一つだけですが、その実質平均賃金に全事業所数を掛けて事業所の数を合わせて全国の平均賃金を算出しました。
これが統計学上は適切な計算方法になるわけですが、2017年までは不適切な計算方法をやってきたので、2018年は急に実質平均賃金が上がったように見えただけである、つまりアベノミクス効果ではなく、計算方法を変えたからこうなったということではないかというのです。
まさに統計是正効果と言えます。
元厚労省統計部OBの田岡 春幸さんは次のように本音を漏らしています。
「やる気が上がらない。」
このことについて、片山さんは次のようにおっしゃっています。
「これは、やっぱり目をかけてもらっていない、統計をやっている部門は各省にありますけど、光が当たらない職場が多いんですよね、人事についても予算についても。」
「そういうことが田岡さんのこういう発言につながったんだと思いますね。」
基幹統計を審議・承認しているのが総務省ですが、元総務大臣である片山さんが見た統計局は以下の通りです。
・統計局は真っ先に予算削減対象になる
・エース級の官僚が配属されない
・政治家の関心がない
・各省の統計部門の幹部をどこかで処遇しなければという場合のポストとして配属し易い“休憩所”
では不正な統計を起こさないための対策として、片山さんは次のようにおっしゃっています。
「ちゃんとやるためには、ちゃんとやれるための体制を整えてあげなきゃいけないですよね。」
「やっぱり相当お金がかかりますから、そのお金をある程度十分そろえてあげて、その中でちゃんとやって下さいと言わないと。」
「お金もどんどんどんどん少なくなって、「これでちゃんとやれ」って言っても難しいですよね。」
「それがさっきの鉄砲も何もないのに、「戦争に勝って来い」っていうのと同じようなことですね。」
では今回の統計不正問題の発覚とその後の政府の対応に対して今後どうすべきかについて、片山さんは原因の究明と統計部へのエース級の投入の必要性を指摘し、次のようにおっしゃっています。
「これはなんで今回こういうことが発覚したのか、こういうことがずっと続けられたのかっていうのは根深い問題ですから、ようく政府としては把握しなきゃいけないですよね。」
「で、これは犯人探しとか政党間の政局の問題にしないで、本当に与野党共にこの問題を究明しなきゃいけないです。」
「そうすると予算の問題だとかやる気、士気の問題だとか、人事の問題だとかいっぱい出てきます。」
「それは霞が関の問題です。」
「もう一つは、統計の現場が相当疲弊しています。」
「それは、例えばこういうご時世ですから例えば訪問しても全然協力してもれないと。」
「回収率がものすごく低くなっているんですね。」
「そうすると何回も行かなきゃいけないじゃないですか。」
「そうすると予算も増えるんですね。」
「そういうこともよく把握して、これからどういうふうに正していくかっていうこと、これが今の仕事だと思います。」
「そのためには、統計の部門にちゃんとしたエースを送って、今問題は何か、これをどういうふうに改善すべきかっていうことを、そういう目を通じて見て、それを改善策に生かしていく、そういう姿勢が必要だと思います。」
「消費税を8%から10%に上げる、これは法律で決まっていますから当然のことなんですけど、それをあらためて安倍総理が上げるということを決断された背景には、こういうアベノミクス効果というか、統計是正効果が念頭にあったとすれば、ちょっとそれは論拠が崩れるので、場合によっては消費税を上げにくいんじゃないかという風潮が出てくるかもしれませんね。」
そして、今回の不正問題について、番組の最後に文筆家の古谷 経衡さん(36歳)は次のようにおっしゃっています。
「「魚は頭から腐る」と申しますけども、まさに国も同じで頭から腐っていくなと。」
「このままでは日本の根幹がいわゆる溶融していくんじゃないかなと思いましてね。」
「で、まさに吉田 茂の戦争の話なんか出ていましたけど、猪瀬 直樹さんが「昭和16年夏の敗戦」ていう、有名な本を書いて、それは当時の戦前の話ですよ、まだ戦争が起こっていない時に東京をすごく精査していったら、戦争をやるまでもなく、日本が負けるっていう数字が出た。」
「ところが軍部はそれを歪曲して、改ざんして自分の都合のいいところだけつかまえて、「そんなわけはないだろう」と言って戦争に突入していったらこのざまだったということで、僕は全く片山さんのおっしゃる通り、政局とかにするべきじゃなくて、これは何というか、ソ連みたいな体質的な腐敗であってと思います。」
「それから消費税凍結っていうのも当然そう見えるわけですけども、これはアベノミクスで株価が上がって、企業収益が上がって、トリクルダウンが起こっていくということ自体が嘘だったということでしょ。」
「そうすると、これはもう根本からのものが問われます。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
次は2月2日(土)放送の「ニュース7」(NHK総合テレビ)からです。
厚生労働省(厚労省)の賃金構造基本統計調査が不正な手法で行われていた問題で、調査のマニュアルには本来の正しい手法が記されていたことが分かりました。
多くの職員が目にしたはずですが、調査が是正されることはありませんでした。
労働者の賃金の実態を雇用形態や職種ごとに把握する厚労省の賃金構造基本統計調査、この調査は全国の労働局を通じて行われ、調査員が直接事業所に出向くことになっていますが、実際にはほぼ全て郵送で行われていました。
厚労省から全国の労働局に配られた昨年度の調査マニュアルには、調査は実地で行うと、本来の正しい手法が記されていました。
2月1日の会見でも厚労省はこうした一連の事実を認めていました。
多くの職員が目にするマニュアルに反した調査が行われていたのに、労働局の現場で不正が是正されることはありませんでした。
この統計調査を巡っては、厚労省の担当部署も不正な手法で調査が行われていることを少なくとも13年前には把握していたとしていて、不正を認識しながら長年にわたり放置していたと見られています。
更に別の統計の不正発覚を受けて、今年1月に行われた政府の一斉点検の際に、担当室長が意図的に不正を報告しなかったことも明らかになっていて、厚労省は詳しいいきさつなどについて確認を進めています。
以上、番組の内容をご紹介してきました。
最後は2月17日(日)放送の「ニュース7」(NHK総合テレビ)からです。
厚生労働省(厚労省)での統計不正が始まった当時の経緯が新たに分かりました。
当時の担当者は調査結果の歪みを抑えるため、数値を復元する処理を指示しましたが、それが実施されたかは確認していなかったと、厚労省の特別監査委員会に証言しているということです。
復元処理は実施されず、その後の調査結果は歪み続けることになりました。
厚労省の毎月勤労統計調査は、大規模な事業所を全て調査する決まりなのに平成16年から東京都内ではおよそ3分の1を抽出する不正な手法で行われていました。
不正が行われていた期間に統計業務に携わっていたかつての担当者がNHKの取材に応じ、次のようにおっしゃっています。
「先輩に言われたこと、引き継ぎ事項に従ってやっていくということで、中身は深く見れないと思います。」
長年引き継がれていた不正な抽出調査、これを始めるにあたって、当時の統計の担当者は、数値を復元するためのプログラムの処理を技術の担当者に指示したと厚労省の特別監察委員会に証言していることが関係者への取材で分かりました。
プログラムの処理が行われれば、調査結果の歪みは抑えられるはずでした。
しかし実際には処理されず、統計の担当者は、指示が実施されたか確認していなかったと話しているということです。
この後、調査結果は14年間にわたって歪み続けました。
かつての担当者は、不正な手法で調査が行われていたことには気づかなかったといいます。
前記の担当者は次のようにおっしゃっています。
「担当の係で「ここはどうなんだろう」ということを思ったことはいっぱいあります。」
「それで、そのまんまよく分からず、解決せずに次の部署になっちゃったことも正直ありますね。」
「本当に内容が複雑なものを少ない人数でみている、人が足りないというのもあるので。」
一方、不正が始まった当時、プログラムの処理を指示されたとされる技術の担当者は既に死亡し、詳しい経緯の解明は難しくなっています。
調査結果が歪んだことで大きな影響が生じています。
雇用保険や労使保険などが本来より少なく支給されたのは延べ約2000万人、追加の給付は530億円あまりと推計されています。
担当者の間で調査はどう認識されていたのか、前述の担当者は次のようにおっしゃっています。
「給付の額にはねる(影響する)というのは、実際の報道で初めて知ったので、あそこまではねる(影響する)ものだとは正直思わなかったので、ビックリしています。」
特別監察委員会は、当時の担当者の証言などをもとに追加の調査を進めています。
以上、番組の内容をご紹介してきました。
3つのテレビ番組を通して、以下にプロジェクト管理の観点から問題を整理し、今後の対応策を検討してみます。
プロジェクト管理において、組織の一連の業務については標準マニュアルを作成し、それに基づいて日々の業務を実施します。
そして、特に重要な業務については定期的に第三者的な部署により、実際に個々の業務が標準マニュアル通りに行われていたかをチェックするというのが本来のあり方です。
ところが、今回の厚労省による統計不正問題は、こうした本来のあり方から完全に逸脱しております。
今回の統計不正問題で、調査のマニュアルには本来の正しい手法が記されていたことが分かっています。
ところが、厚労省による毎月勤労統計の不正は15年前から行われ、雇用保険・労災保険が本来より少なく給付されていました。
ではなぜ、最もきちんと管理されるべき省庁の一つである厚労省が組織的にこうした逸脱をしてしまったのでしょうか。
その原因として、番組を通して以下のことが分かります。
・部門予算の縮小により、東京都では15年前から約3分の1の事業所に減らして調べていた
・こうした調査変更による影響の大きさを関係者の誰も判断出来なかった
・標準マニュアルに則った業務が行われているかどうかをチェックする監査機能がないこと
では、今回の問題の対応策として以下のことが考えられます。
・標準マニュアルの管理責任者を明確にすること
・しかるべき責任者による標準マニュアルの承認手続きを明確にすること
・標準マニュアルは文書化し、定期的に見直しをすること
・統計業務における第三者的組織による定期的な監査を実施すること
・統計業務の遂行に必要な予算を適正に組むこと
歪んだ統計の取り扱いは太平洋戦争の大きな敗因の一つであったと言われているように、また今回の統計不正問題で失業手当などの給付が567億円も減ったことからも分かるように、統計データに基づいて様々な分析や予測がなされているのですから、その精度が低ければ判断を誤ることにつながるのです。
今後、ビッグデータの活用により様々な分野で様々な分析が行われるようになりますから、増々統計の重要性が増していきます。
ということで、今回の厚労省による統計不正問題を契機に、全ての官庁の統計業務プロセスが適正であるかどうかについて見直していただきたいと思います。