2017年08月20日
No.3786 ちょっと一休み その608 『ピコ太郎の同時通訳者に見るAIでは出来そうにない人の優れた能力!』

6月4日(日)放送の「情熱大陸」(TBSテレビ)で通訳者、橋本 美穂さんについて取り上げていました。

そこで番組を通して、AIではまだ当分出来そうにない橋本さんの優れた同時通訳ぶりをご紹介します。

 

コミュニケーションの基本は笑顔だという橋本さんですが、武器は笑顔だけではありません。

例えば、海外メディア向けの外国特派員協会でのピコ太郎の記者会見、ピコ太郎による発言、「急にこうなって驚き、桃の木、20世紀でございます」は「I’m so surprised like a peach tree.」、そして「世界中の人に言いたいのは、ありがたまきこうじということです」は、「So all I want to say to everybody in the world is Arigato or Ariga-Tamaki-Koji.」という具合で、臨機応変の通訳が注目されました。

他にもふなっしーの会見でも同時通訳ぶりが冴えわたります。

 

仕事には確固たる哲学を貫いている橋本さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「お客さん(話し手)の代弁をしに行っているわけだから、なりきらなきゃいけない。」

「ということは、お客さんの価値観を瞬時に吸収して、それを言葉に反映していかなきゃいけないからね。」

 

本領が発揮されるのは、日本語と英語が飛び交うビジネス会議です。

海外に拠点を持つIT企業のある日の社内会議では7人が相手でした。

日本語から英語、そして英語から日本語への翻訳が瞬時に行われました。

この会議の参加者の一人は、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「彼女の英語は分かり易いので、聞いていると全く間違いなくしゃべってくれているんで、安心して彼女に任せるという感じですかね。」

「ですから、彼女といるとストレスが全くかからないですよ。」

「「今本当にちゃんと伝わった?」というのがないんで、天才通訳者だと思うよ。」

「どういう頭の構造してたら出来るのかなっていつも思う。」

 

今年3月、橋本さんは通訳者人生でかつて経験したことのない仕事を引き受けました。

ピコ太郎が初めて挑む武道館ライブを同時通訳するというのです。

ピコ太郎はYoutubeを通じて世界的な人気者になりました。

今回のライブもリアルタイムでインターネットに配信されます。

単なる通訳では面白さを伝えきれません。

自分がピコ太郎になり切れるかどうか、そこが勝負でした。

出来る限りの予習はしてきましたが、ライブでは何が飛び出すか分かりません。

ステージは2時間に迫る長丁場、午後7時開演、橋本さんはまるで声優のようにしゃべり方を変化させました。

更に、ピコ太郎のダジャレを瞬時に英語に言い換えました。

同時通訳に悩む時間はありません。

 

その後日、東京の大手町、外資系企業が主催するイベントで橋本さんは通訳を任されました。

フリーランスの橋本さんは多くの場合一人で現場に立ちます。

参加者に配る無線機も自分でセットしなければなりません。

イギリスの企業による動画広告のマーケティングに関するセミナーなので、予め専門的な知識を身に付けておくことも必要です。

報酬は、拘束が半日か1日かで決まります。

勿論、橋本さんは最高ランクです。

プレゼン担当者はイギリス人なので、特殊な用語などを確認しながらイギリス英語のアクセントにも耳を慣らします。

この相手とは2度目の仕事だったので、雑談で相手をリラックスさせるのも仕事を円滑に運ぶコツです。

セミナーは東京オリンピックの公式スポンサーを対象にしていました。

このようなプレゼンテーションでは、プレゼンターの表情を見ながら協調するべきポイントを判断します。

一瞬のアイコンタクト、信頼関係が見て取れました。

 

橋本さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「通訳は一人でやってる仕事だから、お客さんが「良かったよ」って言って下さったり、「ここがダメだったね」って言って下さったりすることはあるんですけど、基本的には誰も何も言ってくれない。」

「自己批判精神を保つことがすごい大事で、「やったー」みたいな自己満足が一番危険だなと思います。」

 

現場に出ない日は、もっぱら仕事の準備に費やされます。

息子の音楽教室に付き添って難解そうな文献を広げます。

資料を読み込むのに場所は問わないようです。

橋本さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「実際には、通訳者にとってはすごくいろんな動作を瞬時に行わなきゃいけなくて、「リスニング」した音を「理解」しないと意味がないですよね。」

「で、ここでイメージをして記憶するんですよ。」

「日本語と英語は語順が逆で、それが故に聞こえてきた順番にそのまま文字を変換すれば訳せるのかというとそうではなくて、この(頭の中の)英語と日本語の世界の間に非言語地帯がある。」

「「反対派が多い」って言われると、「プンプン」みたいなイメージが強いんだなとか、そういうふうに覚えておきます。」

 

基本は言葉をイメージに置き換えることだと言います。

相手が口にする英語を文法にも語順にも囚われず、イメージの流れとして記憶し、その映像を瞬時に日本語にしているのです。

相手の言葉をいちいち日本語にして覚えようとすると、とても追いつけなくなってしまうというのです。

 

1ヵ月の仕事は平均30本から40本、しかも内容は多岐に渡ります。

的確な言葉選びには深い理解が必要です。

テーマや場所に応じてファッションにも気を配っています。

通訳者は黒子、どちらかといえばおとなしい服が多いです。

けれど、着心地には拘っています。

理想は、存在を感じさせない通訳のようです。

 

高いスキルを見込まれ、講師として通訳会社の勉強会に招かれました。

 

さて、海外投資家が様々な日本企業に直接向き合い、将来性を見て投資先を判断する「海外投資家と日本企業の投資コンファレンス」(Japan Opportunities 2017)では1千億円規模の商談につながることもあります。

橋本さんが担当するのは、日本の医療機器メーカーで、極細のステンレス製縫合針が主力商品です。

早速、台湾の投資家が訪ねて来ました。

ビジネスの最前線に曖昧なやり取りは許されません。

商品の魅力を伝えるため、さりげなく実感も言い添えます。

情報は飽くまでも正確に訳します。

台湾の投資家は、橋本さんの通訳に対する感想を次のようにおっしゃっています。

「通訳は完璧で、訳のスピードも良く、理解し易かった。」

「コンパクトに通訳してくれたので、考える時間もあった。」

「私は英語が母国語じゃないが、彼女は私の意図を分かってくれた。」

 

この日は、入れ代わり立ち代わり4ヵ国の投資家が説明を聞きにやってきました。

疲労困憊の毎日が続きます。

どんな現場も全力投球、とっておきの笑顔にはメンテナンスも必要です。

酷使し続けている耳と口、周辺の筋肉をほぐすメンテナンスは欠かせません。

毎月2回は行きつけの鍼灸院に通っています。

このメンテナンスの後でやっと顔に力が入るようになるというくらい顔の筋肉が酷使されているのです。

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

 

橋本さんの同時通訳ぶりを番組で見て、まず驚いたことがあります。

それは、通訳時間の長さです。

私はよくエネルギーや環境関連の講演会に出かけますが、講演者が海外の方の場合、同時通訳が用意されます。

そして、だいたい20分ほどで通訳者は交代されます。

そのたびに、通訳の方はとても集中力が必要だからこのくらいの時間で交替が必要なのかなと思っていました。

ところが、橋本さんは一人で通訳しにくいピコ太郎のライブや1千億円規模の商談につながることもあるような投資コンファレンスを一人でこなし、しかも顧客から高い満足度を得ているのです。

一方、こうした疲労困憊の毎日が続くのですから、橋本さんが毎月2回は行きつけの鍼灸院に通っていることは頷けます。

 

さて、話し手になりきるということは、確かに通訳者にとってとても大切なことだと思います。

しかし、話し手になりきるためには、話し手についていろいろと事前調査をしておくことが求められます。

ですから、より一層話し手に寄り添った通訳への道はかなり険しいと感じました。


また、通訳とは言葉をイメージとして記憶し、その映像を瞬時に日本語に変換することだという橋本さんの言葉に、同時通訳の極意が多少分かったような気がしました。


ということで、AIはどんどん進化していますが、それでもAIが橋本さんレベルの同時通訳が出来るまでにはまだまだかなり先のことではないかと思った次第です。


 
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