今回のアメリカ大統領選前の11月6日(日)に放送された「エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く」(NHKBS1)はとても興味深い内容でしたので5回にわたってご紹介します。
なお、番組は以下のように5つのチャプターから構成されていました。
チャプター1 世界で生き残るため日本的価値観から脱却せよ
チャプター2 トランプ現象は何を意味するのか?
チャプター3 世界のグローバル化は終焉する EUの動向に注目せよ
チャプター4 中国は何処へ向かうのか?
チャプター5 国内に向き合うことで未来を探れ
2回目は、チャプター2のテーマ「トランプ現象は何を意味するのか?」の内容についてです。
現代フランスを代表する知性の一人、人類学者・人口学者のエマニュエル・トッドさんは、
アメリカ全土に広がった“トランプ旋風”の本質を読み解き、大統領選を前に番組の中で次のようにおっしゃっています。
「トランプがどんなに馬鹿げたことをしても、勝つ可能性は決して無くならない。」
「アメリカを揺るがす“トランプ現象”、それは白人中間層による革命なんです。」
「マスコミはトランプ支持者は教育を受けていない層だと言います。」
「トランプを応援するなんて社会の最下層に違いないと。」
「でもアンケート調査によると、それは全く間違っています。」
「トランプを支持する人々は大学に入っても卒業していない中間層と呼ばれる人々です。」
「彼らの収入を見てみると最近は若干上がっているが、長いスパンで見ると穏やかに下がりながら停滞していると言えます。」
実はアメリカでは大学に入っても卒業する人はおよそ4割、中退する6割の層が中間層と呼ばれる人々なのです。
調査結果では、その中間層が最もトランプ候補を支持していることが分かります。
トッドさんが指摘するのはこの中間層の収入の伸び悩みです。
1998年以降、緩やかに下降しながらほぼ停滞しています。
競争社会の中で負け組となって取り残されていく中間層、医療保険制度の未整備などで公的なサポートも受けられない中、不満が滞留しているのだといいます。
またトッドさんは、こうした状況について番組の中で次のようにおっしゃっています。
「人類学的にこんなデータがあります。」
「アメリカの白人男性の死亡率が高くなっています。」
「そして死亡原因は自殺やドラッグ、更にアルコール中毒や肥満など、これを見ると不安定な経済システムのせいで社会全体が不安を抱えていることが分かります。」
アメリカの人種別死亡率の推移を見てみると、白人男性の死亡率だけが緩やかではあるものの極端に上がっているのが分かります。
一般的には死亡率は医学の進歩などで下がっていきます。
ですから、この事実は異常な事態なのです。
またトッドさんは、教育のレベルと死亡率の関連について番組の中で次のようにおっしゃっています。
「教育のレベルによっても死亡率に差があります。」
「教育レベルの最も上の層、大学や大学院を卒業した人たち、いわゆるエリートの死亡率は下がっています。」
「寿命は若干長くなっているんです。」
「一方、トランプの支持層でもある中間層、大学を中退した人々は死亡率が一向に下らず停滞しています。」
「実はこれは大きな問題なのです。」
「常に前進し続けることがアメリカの理想、「停滞」はアメリカンドリームの終焉を意味するのです。」
なぜ中間層が停滞し、不満を溜める社会になったのか、トッドさんはその背景には皮肉にも社会の教育レベルが上がったことがあるといい、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「昔のようにほとんどの人が高卒で読み書きが出来る程度だった時代はみんな一緒で差が無いため、社会全体は民主的なものになります。」
「でも現代のアメリカは平等だといいながら、実際に力を持っているのは30%の大卒の人々です。」
「彼らはエリートだという自意識があり、他の階層への関心を失いがちなんです。」
社会の教育レベルが上がり、大卒以上のエリートが全体の30%を超えると社会は質的に変化していくとドットさんは言います。
エリートが社会を動かす力を持ち、自分たちがより豊かになる仕組みを作れるようになる、その結果として残りの70%は生きづらい生活を余儀なくされてしまうのです。
社会を良くするための教育が社会の分断を生むというジレンマです。
トッドさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「こうした教育システムは不平等感を社会全体に広めていきます。」
「その状態がずっと続いていくと、エリート層の側も意識が変わっていくのです。」
「30%という数の増えたマスエリートは、傲慢になり「みんなのため」と言いながら全体のためにはならないグローバル化を推し進めます。」
「民主主義の危機なのです。」
「トランプの支持者は決して教育を受けていないわけではありません。」
「愚かなわけでもなく、理性的に考えない人たちでもありません。」
「むしろトランプ本人より理性的な人々です。」
「彼ら中間層は停滞するアメリカの社会に翻弄され、社会に対し怒っています。」
「トランプに魅力を感じているわけではありません。」
「トランプは彼らにとってただの道具でしかない。」
「トランプを道具として使うことによって怒りをエリートにぶつけているのです。」
激しく泥仕合を演じてきた今回の大統領選こそ内部に大きな分裂の苦しみを抱えているアメリカの姿そのものだとトッドさんは見ています。
そして、トッドさんは番組の中で次のようにおっしゃっています。
「今回のクリントンとトランプの闘いは外へ目を向ける「覇権主義」と内側に目を向ける「一国主義」との戦いです。」
「クリントンは今までのアメリカと変わらず覇権主義的な考えで、自由貿易を認め、グローバル化を進める側の立場です。」
「更に軍事面でも非常に覇権主義的です。」
「これまで通り世界各国へ軍を派遣しようとしています。」
「「世界平和のため」という名目でね。」
「そしてこれまでと同じように失敗を繰り返すのでしょう。」
「逆にトランプは一国に閉じこもる方向です。」
「アメリカが世界で果たしてきた役割から降りようとしています。」
「ある意味エゴイストとも思える考え方です。」
「今回の選挙は派手でばかばかしいやり合いばかりに目が行きがちですが、その裏にあるアメリカ社会の構造の変化を冷静に見つめなければならないのです。」
トランプ候補が勝つ可能性は無くならないというトッドさんの言葉、それは“トランプ現象”がアメリカの抱える構造的な問題そのものであり、たやすく解決出来ないということを意味しているのです。
格差と貧困、豊かになるはずのグローバル化をけん引してきたアメリカの深い病理、今この病はどこまで広がっているのでしょうか。
以上、番組の内容をご紹介してきました。
ここであらためて思うことがあります。
それはこれまで世界経済をけん引してきた、突出した“経済大国”アメリカにおける“アメリカンドリーム”の終焉、そして“世界の警察官”としての役割の終焉です。
こうした背景があって、トランプ候補が勝つ可能性は無くならないというトッドさんの言葉は現実のものとなったと思うのです。
そして、トッドさんのおっしゃるアメリカにおける「覇権主義」と「一国主義」という二極化した社会構造において、トランプ次期政権はこれまでの「覇権主義」指向から「一国主義」指向へと大きく舵を切ろうとしているのです、
しかし、この大きな溝を埋めることは双方の利害が対立してそう簡単ではなさそうです。
あらためてこの問題を整理してみると、以下のように大きく3つに集約されるように思います。
・経済のグローバル化による格差社会の到来
・テクノロジーの進歩による雇用機会の縮小
・上記2つの問題を背景とした、白人中間層を中心とした低所得者層による不満の増大がもたらす社会不安
こうした問題がある一方で、自由貿易などによる経済のグローバル化は世界各国の人々の豊かな暮らしの向上に必要不可欠です。
では、こうした問題の解決策の要件はというと、問題の裏返しで以下のようになると思います。
・経済のグローバル化の拡大と格差社会の解消というジレンマの解決
・低所得者層や失業者への文化的な暮らしに必要な最低限の生活保障