かつて、大航海時代と呼ばれる時代がありました。
15世紀中ばから17世紀中ばまで続いた、ヨーロッパ人によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの植民地主義的な海外進出が相次いだ時代です。
この時代には未知の大海の先にあるフロンティアを目指して命知らずで好奇心に溢れる人たちが大航海に乗り出しました。
そうした中、1月3日(土)放送の「NHKスペシャル」(NHK総合テレビ)から始まった全5回のシリーズのテーマは「ネクストワールド
私たちの未来」でした。
ここで言うところのネクストワールドとは30年後の2045年の未来を指しています。
2月8日(日)放送の5回目の番組のテーマは「人間のフロンティアはどこまで広がるのか」でした。
そこで、人間のフロンティアはどこまで広がるのかについて7回にわたってご紹介します。
1回目は火星移住計画についてです。
30年後のネクストワールド、私たちはどんな場所で暮らしているでしょうか。
海上都市にそびえる雲を見下ろすような超高層ビルかもしれません。
あるいは地球から5500万km離れた遥か彼方の星、火星かもしれません。
私たちのフロンティアへの挑戦は更に宇宙に果てしなく広がろうとしています。
人類が初めて月に降り立ったのが1969年、宇宙飛行士を月に送り込むのに当時のお金で7兆円以上かかったといいます。
ところが、今では一般の人たちの中にも宇宙を目指す人たちが出始めています。
例えば、世界的に有名なオペラ歌手のサラ・ブライトマンさんも宇宙旅行を目指しています。ちなみに一人当りの料金は約25万ドルといいます。
未来学者のミチオ・カクさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「私たちは来年にでも人を火星に送る技術を持っています。」
「しかし、莫大なお金がかかります。」
「これから先はコスト削減に向けた闘いです。」
「最初の火星移住が実現するのは2045年頃でしょう。」
あなたも火星で暮らしてみませんか、そんな呼びかけが世界の人たちの冒険心に火をつけました。
オランダに拠点を置くNPO法人「Mars
One(マーズワン)」は民間の宇宙企業と連携しながら2025年を目指して火星移住計画(マーズワン計画)を進めています。
その標語は「人類の次なる大きな飛躍のために」です。
この計画は今のところ一度行ったら二度と地球に戻れない片道切符の旅です。
しかも火星では地球の100倍以上の放射線を浴びる危険性があります。
それを承知の上で140ヵ国、20万人が応募しました。
既に心理テストや健康チェックが終わり、応募者は663人に絞られました。
本当に火星に行く覚悟があるのか、面接を経て、今年中に最終候補者24人が決まる予定です。
目指す火星までは5500万km以上、地球からたどり着くためにはどんなに早くても半年はかかります。
ところが人類は既に遠く離れたその火星に探査機を送り込むことに成功、現在アメリカ、ヨーロッパ、インド、合わせて7機が調査活動を行っています。
火星の表面で見つかった白く見える場所、これは氷の塊と見られています。
火星には大量の水がある可能性が高いのです。
ごくわずかですが、大気もあります。
どこなら人類が着陸して活動を始められるのかその場所の選定も始まっています。
マーズワン計画では、まず2020年にロボットで火星に居住施設を建設し、滞在環境を整えます。
2025年に最初の移住者が到着するという計画です。
マーズワンのCEO、バズ・ランスドルプさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「昔、冒険者たちが困難と知りつつ新大陸を目指したように、心に湧き上がるフロンティアスピリットが火星への夢にかりたてるのです。」
「技術発展が順調に進めば、人類の火星移住は十分に可能です。」
これまで宇宙開発は莫大なコストをかけ、国家が担ってきました。
厳しい選考を突破した選ばれた人たちだけが宇宙への夢を実現してきました。
そこに風穴を開けたのがビリオネアと呼ばれる大金持ちです。
グーグルやアマゾンの創始者などが莫大な富と企業家精神、そして斬新なアイデアを引っ提げ宇宙開発に乗り込んできました。
中でも最も注目されている人がいます。
人類最初の火星移住を成功させるのはイーロン・マスクさん(43歳)です。
総資産は1000億円と言われます。
インターネット上の画期的な電子決済サービスを開発し、巨万の富を築きました。
IT界で旋風を巻き起こしたマスクさんは宇宙開発の分野でも革命児と呼ばれています。
マスクさんは31歳の時、宇宙開発のベンチャー企業、スペースX社(アメリカ・カリフォルニア州)を設立、ベンチャー企業で初めてロケットの打ち上げに成功しました。
宇宙開発は国家の行うもの、その考えを打ち破ったのは7年前のことです。
自前のロケットで人工衛星を打ち上げ、軌道に乗せることに成功しました。
その実績が買われ、NASAから国際宇宙ステーションへの物資補給というミッションを任されることになりました。
これまで国家でしかなし得なかったことを初めて個人のベンチャー企業が成功させたのです。
会社設立からわずか10年目のことでした。
マスクさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「宇宙は最後のフロンティアです。」
「私たち技術者は矢も楯もたまらずフロンティアに挑みたくなるものです。」
「人類の未来を変えるものは何か、インターネット、次世代エネルギーもそうでしょう。」
「しかし最も大切なのは人類が住める別の惑星を開拓することです。」
ところが、民間企業による宇宙開発はたびたび事故を起こしてきました。
去年10月、ロケット打ち上げ企業のオービタル・サイエンシズ社が打ち上げた輸送船を積んだロケットが爆発・炎上しました。
今年に入っても1月10日に事故がありました。
今度はスペースX社の打ち上げたロケットが試験飛行に失敗しました。
それでもNASAは民間企業の宇宙開発に投資を続け、積極的に支援しようとしています。
NASAの民間宇宙開発責任者、フィル・マカリスターさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「NASAだけで宇宙開発をするには限界があります。」
「民間の斬新なアイデアがあって、初めて火星へ行くという最終的な目標を手繰り寄せることが出来ます。」
「民間のお金、才能、技術で宇宙開発は加速するのです。」
去年5月、マスクさんは新しいロケットのコックピットの模型を公開しました。
2人の操縦士と5人のクルーが乗り込み、全ての操作はタッチパネルで行います。
2つの補助ロケットで宇宙空間に達し、メインのロケットで火星へ向かいます。
人類を火星にまで送り届けるにはこれまでにない巨大なパワーのロケットが必要です。
マスクさんはその課題を解決するための斬新なアイデアを編み出しました。
しかもコストは100分の1にまで削減するというのです。
これまで作られたエンジンの中で最もパワーがあったのは月に人類を送り出したエンジンでした。
火星移住にはそれをはるかに上回るパワーが必要です。
でもそれほど巨大なエンジンを開発することは莫大なコストがかかるため簡単ではないと考えられてきました。
マスクさんの発想は全く逆です。
小型エンジンをいくつも組み合わせるというアイデアです。
安くて信頼性の高い小型エンジンを27基組み合わせれば、火星に行くのに十分なパワーが得られると計算しました。
飛躍的なコストダウンも見込まれます。
しかし最大の問題は27基ものエンジンを同時に制御することの難しさです。
わずかでも出力のバランスを崩すとロケットの姿勢が乱れてしまうのです。
そこで発揮されたのがマスクさんの優れたプログラミング技術でした。
これまで9つのエンジンを同時に制御することに成功しています。
2012年10月7日、この打ち上げの際に技術力の高さが証明されました。
9つあるエンジンの1つが突然停止、残った8つのエンジンを瞬時に制御し、危機を脱したのです。
いよいよ今年27基のエンジンでの打ち上げに挑戦する予定です。
マスクさんは更にもう1つコストダウンの切り札を持っています。
これまで打ち上げられたロケットは目的を達成すると使い捨てにされ、宇宙のゴミとなってきました。
それを再利用しようという試みです。
特殊なプログラムを組み込み、発射したロケットを再び着陸させることに史上初めて成功しました。
巨大なパワーを生む複数の小型エンジン、そしてロケットの再利用、全く新しい発想で火星移住に挑みます。
マスクさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「私たちは先進的な技術を生み出しています。」
「それを使えばロケットをもっと安く造って宇宙に行くコストを下げられるのです。」
「今、宇宙探査の新しい時代の幕開けにいます。」
「将来沢山の人が火星に行くことになるでしょう。」
「私たちの力で何百万人もの人を火星に送り出すことが出来ると確信しています。」
マスクさんのおっしゃるように宇宙は最後のフロンティアだと思います。
しかもこのフロンティアは果てしなく広く、そして謎に満ち満ちています。
ですから、大航海時代の船乗り同様に命を懸けてでも火星移住を決意する多くの人たちが現れているのです。
そして、注目すべきはマスクさんのおっしゃる、最も大切なのは人類が住める別の惑星を開拓することの背景です。
万一地球上に人類が住めなくなった場合のリスク対応策として火星に移住できるようにしておくことは人類存続にとって不可避です。
ですから、マスクさんの進められている宇宙事業は人類生き残り戦略としてもとても重要な意味があるのです。
こうした大事業を様々なテクノロジーを駆使して様々なリスクを乗り越え、ビジネスとして成立させてしまうところがマスクさんの凄いところだと思います。