2013年02月23日
プロジェクト管理と日常生活 No.268 『特許庁のITシステム開発で55億円が無駄に!』
まずはじめに、ちょっと古い記事をご紹介します。
日経コンピュータのネット記事によると、特許庁のITシステム開発で55億円が無駄になったといいます。
政府システム調達における失敗の典型例が、特許庁の基幹系システム刷新プロジェクトです
5年がかりで臨んだのですが、結局は55億円を無駄にしただけで、新システムは完成しなかったのです。
失敗の最大の要因は、発注者である特許庁にあったといいます。
ちなみに、この事件が公になった当時、いろいろなマスコミで取り上げられていました。

本来、このブログではプロジェクト管理が日常生活をするうえでどのように役立つかという観点でお伝えしています。
でも、特許庁のITシステム開発で55億円という、国民の税金のとんでもない無駄遣いが起きてしまったということで特別にお伝えします。

その詳細はともかく、記事から問題のポイントを以下にまとめてみました。
・可能性調査においては、業務プロセスを大幅に見直し、2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了することを目指していたが、開発ステージにおいて、特許庁の意向により「現行業務の延長でシステムを開発してほしい」というように開発方針が転換されたこと
・システム部門には大胆なBPR(business process re-engineering)を進めるに足る権限も体制もなかったこと
・調達仕様書を作成した中心メンバーの一人が仕様書の骨格が固まった時点で異動となりプロジェクトを離れたこと (やがて、開発の仕切り直しの設計時点でプロジェクトに復帰した)
・分割発注により、開発業者は可能性調査を請け負った業者から変更したが、その理由は技術点では最低だったが、入札価格は予定価格の6割以下であったこと
・関係者によれば、そもそも開発業者には協力会社を含め多数の開発要員を統率する経験がなかったこと
・開発において基礎となる記述ルールがなく、成果物の品質にばらつきが生じたこと
・開発の関連業者の一部が特許庁職員にタクシー券などの利益供与をしたことが明らかになったこと (その後、業者には一定期間の指名停止処分が下った)
・復帰した中心メンバーの一人は入札前の情報を開発業者に提供していた事実が認められ、プロジェクトを再び離れたこと
このような経過を経て、2011年頃には、プロジェクトはほとんど「開店休業」となり、要員は500人に減ってプロジェクトの破綻は明らかだったが、「開発中止」を認定・判断するプロセスがなかったこと
・苦肉の策として、贈収賄事件を機に2010年6月に発足した調査委員会をベースとした技術検証委員会は2012年1月に「開発終了時期が見通せない」とする報告書を公開し、この報告書を根拠に枝野幸男経済産業大臣(当時)がプロジェクトの中止を表明したこと (プロジェクト開始から5年が経過していた)

こうしてみると、問題の本質を一言で言えば、大規模プロジェクトに必要なプロジェクト体制がその体を成していなかったと言えます。
私なりに、プロジェクト管理の観点から問題を以下に整理してみました。
(プロジェクト計画)
・適切なプロジェクト体制が構築されなかった
 BPRを進めるうえでの関連組織の役割と責任が適切でない
   BPRの実施に際しては、システム部門にそれなりの権限と体制が必要であるが、その認識がなかった
・大規模プロジェクトの管理経験のない業者に開発ステージの管理をまかせた
・プロジェクトの重要決定を下すプロセスが計画時に作成されていなかった
・適切な開発標準が作成されなかった
(重要決定)
・見積金額を正当に評価する評価基準がない
 そもそも、いくら見積金額が安いからといって、多数の開発要員を統率する経験のない業者に開発を依頼していること自体が失敗の元である
・プロジェクト計画時に重要決定プロセスが作成されていなかったため、プロジェクトの破綻は明らかだったにもかかわらず、タイムリーに「開発中止」を認定・判断出来なかった
(外部委託管理)
適切な開発標準が作成されないまま開発が進められたため、成果物の品質にばらつきが生じた
(コミュニケーション管理)
・スポンサー、オーナー、ユーザー、開発業者間のコミュニケーションがきちんと取られていない (もし、関係者間できちんとコミュニケーションが取られていれば、可能性調査後に大きな方針転換はなかった)
・BPRをベースにシステム開発を進めるのと現行業務の延長でシステム開発するのとでは、全く開発内容が異なる
 従って、可能性調査に要したコストの多くが無駄になる

なお、プロジェクト管理以前の問題として、特許庁の中心メンバーの一人が特定業者に入札前の情報を開発業者に提供していた事実があった、ということですが、これが開発ステージを請け負う業者決定に大きな影響を与えたと考えられます。
また、開発の関連業者の一部が特許庁職員にタクシー券などの利益供与をしたことが明らかになり、これらの事実が開発を進めるうえでの障害になったことは否定出来ません。

さて、今回ご紹介した、特許庁における「2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了する」という目的を掲げた一大プロジェクトが頓挫してしまったことは何よりも残念でなりません。
技術大国を目指す日本にとって、国際的なビジネス競争をするうえで特許取得はとても重要な武器です。
その審査期間が現行の2年から1年に短縮出来れば、大きな力になるはずです。
恐らく、当初の目的を掲げたまま適切な業者が選択されていれば、とっくにプロジェクトは完了しており、多くの企業がその成果の恩恵に被れたはずなのです。

今回の失敗に懲りずに、是非安倍政権には成長戦略の一環として、再度「特許の審査期間短縮プロジェクト」を立ち上げていただきたいと思います。

 
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