2023年05月22日
アイデアよもやま話 No.5587 エマニュエル・トッドが描く悲観的な未来予測!
現代フランスを代表する知性の一人、人類学者・人口学者のエマニュエル・トッドさんについてはこれまでアイデアよもやま話 No.3559 エマニュエル・トッドが混迷の世界を読み解く その1 日本的価値観からの脱却の必要性!などでお伝えしてきました。
そうした中、トッドさんが最新刊『2035年の世界地図』[2月13日(月)発売]で語った民主主義の未来予想図の一部が2月9日(木)付けネット記事(こちらを参照)で抜粋・再編して公開されていたのでその一部をご紹介します。 

■民主主義の制度は残ったが、習律や精神が失われた
・2020年初頭から世界を席巻した新型コロナウイルスによるパンデミックが民主主義に大きな影響を与えたとは言えない
・しかし、長期的に見て民主主義が実質的な消滅に向かう傾向が強まった
・私たちはまだ、今でも民主主義の制度を持っていると思っているが、もはや民主主義の習律も精神も持ってはいない
・民主主義のリーダーを自任する米国の社会的不平等は大変なことになっている
・貧しい人々の平均寿命は短くなっており、政治制度でさえ、何らかの形で不正に操作されている
・なぜなら、制度を運営するにはカネがあまりに重要になってしまっているからである
・私たちは民主主義の制度を持ってはいても、システムは「寡頭制」(こちらを参照)とも呼ぶべき何かに変質してしまったようであるが、以前から現れていた問題であった
・民主主義の時代は、識字率の向上の結果であることが大きい
・普遍的な識字能力には特定の国民共同体に属するという感覚が伴ったが、これはすべて民主主義の一部だった
・しかし、今、おそらくここ半世紀ほど、私たちは、社会の新たな階層化を経験してきた
・かつてほとんどが読み書きはできるが他のことは知らず、ごく少数のエリート層を除けば人々は平等だった
・しかし今では、国にもよるが、おそらく30%の人びとが何らかの高等教育を受けている
・これに対して、20〜30%の人々は基本的な読み書きができる程度、つまり、初等教育のレベルで止まっている
・この教育の階層化は、社会構造の最上部と底辺では人々は同じではない、という不平等の感覚を伴っている
・私はこれを「非平等主義的潜在意識」と呼んでおり、民主主義の基本的価値の正反対にある
・さらに、それは共同体の感覚も破壊し、社会は分断される
・私たちがヨーロッパで経験したことであり、米国でも、ほとんどの国でも当てはまると思う
・中国はまだ到達していない段階だが、いずれこの段階に到達するだろう
・その文脈の中で、コロナ禍が到来した
・コロナ禍は「老人のパワー」を生み出したが、「老人支配」と呼んでもいい
・というのも、コロナは高齢者にとって危険だったので、彼らを守るためロックダウンなどの措置を通じて守られたが、同時に若い人たちの生活を破壊した
・これは民主主義の消滅におけるもう一つの要素である

■民主主義は今後も破壊され続ける
・民主主義の後退あるいは破壊は今後も続く
・2010年代後半で私が衝撃を受けたのは、あちこちで、いわゆるポピュリスト(こちらを参照)の運動が起きたことである
・米国ではトランプのような人が支持され、英国ではブレグジットを求めた人たちがいる
・2022年秋も、社会民主主義のスウェーデンの選挙で、いわゆる極右がかなりの得票率を得た
・イタリアでも極右の伸長を目の当たりにした
・これらすべての現象は、ある種の民主主義に戻ろうとしているとも解釈できる
・私は、これらの極端な右翼運動を、基本的に反民主主義とは見なしていない、むしろ逆である
・私は民主主義について、合理的でバランスの取れた見方をしている
・民主主義は平等で、それは国民共同体の中での平等であるが、民主主義の出現には排外的な要素が常にある
・民主主義は、特定の場所における、特定の人びとによる自己組織化である
・極右政党のほとんどは、労働者階級や低学歴者を代表しているが、強い排外的傾向を持っているからと言って、民主主義の担い手として失格には出来ない
・問題は、それがうまく機能しないということである
・高学歴者は、極端な右翼政党の権力を受け入れず、抵抗する
・米国では市民の統合は実現していない
・トランプ支持者と民主党支持者の間で、まったく合意はなく、新たな戦いが出てきただけである
・エリート、そして高学歴層は低教育層をいっそう軽蔑するという経験をし、そして何も生まれていない、これが教育の階層化がもたらす問題である
・私は、我々のシステムをリベラルな寡頭制だと申しましたが、この寡頭制はさらに、断片化の危険にさらされている
・リベラルな民主主義から、リベラルな寡頭制、そして何もなし、あるいは分解ということである
・自分でも、最近はちょっと悲観的になっている、と思っている

以上、ネット記事の内容の一部をご紹介してきました。

まず「私たちはまだ、今でも民主主義の制度を持っていると思っているが、もはや民主主義の習律も精神も持ってはいない」というエマニュエル・トッドさんの考えに衝撃を受けました。
確かに民主主義国家においては、選挙により、国民の声をより多く反映すると判断された政治家が政治を司るというシステムになっています。
しかし、現実にはアイデアよもやま話 No.5341 問われる”G20の存在意義”!でも触れたように、2021年1月6日に起きたアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件(こちらを参照)では、トランプ前大統領が1月13日に暴徒によるこの事件を扇動したとして弾劾訴追されていたのです。
世界中の民主主義国家をリードすべきはずのアメリカでこのような民主主義を否定する事件が起きてしまったのです。
その背景について、労働者階級や低学歴者を扇動するポピュリストの台頭、および極端な右翼政党の権力を受け入れない高学歴者との対立にあるとし、トランプ支持者と民主党支持者の間で、まったく合意はなく、新たな戦いが出てきただけであるとトッドさんは指摘しています。
そしてトッドさんはこうした状況について悲観的になっているといいます。

さて、トッドさんは教育の階層化について指摘されていますが、日本の進学率は大学56.6%、・短大3.7%(2022年度)です。(こちらを参照)
また、日本における貧富格差は米国や中国よりも小さく韓国と同水準にあります。(こちらを参照)
こうした日本においても国政選挙における投票率の推移を見ると減少傾向にあり、直近では50%を少し超える程度です。(こちらを参照)
要するに結果として今の日本の政治制度は国民の半数ほどの声しか反映されていないことになるのです。
このこと一つだけ見ても本来の趣旨からして民主主義制度は機能していないと言えます。
更に内閣支持率を見ても(2013年1月〜2023年5月)、最も高い時で59%、直近では46%というように国民の半数以上からの支持は得られていないのです。(こちらを参照)

こうした日本の状況から大きく2つの課題が浮かんできます。
1つ目は国民の政治意識の向上です。
そのためには授業の最大の目的を何事においても自ら考えて判断し、行動する習慣を徹底して植え付けることです。
2つ目は国民の要望や期待をしっかりと把握し、それらに応えられる一方で真摯に将来の日本のあるべき姿を追求し、実現させる実行力のある政治家を育成することです。
そして、これら全ての根底を成す要件は自由、人権、共存共栄の尊重、および持続可能な社会の実現です。
こうした課題をクリアしない状態で経済やテクノロジーの発展ばかり追求していては、格差の拡大、あるいは中国やロシアのような覇権主義国家の台頭を許すことになってしまうのです。

なお、トッドさんは悲観的な未来予測をされていますが、これらの課題を解決し、世界展開すれば、人類の未来に希望が持てるはずです。
是非、岸田政権には“まず隗より始めよ”で日本をこうした課題をクリアし、世界展開していただきたいと思います。

 
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