2023年05月14日
No.5580 ちょっと一休み その876 『ネアンデルタール人と現生人類との係わりから見えてくること』
2月8日(水)放送の「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)でネアンデルタール人の遺伝情報の解読研究について取り上げていたのでご紹介します。 

4万年前に絶滅したと言われる旧人、アンデルタール人、その遺伝情報を解読した功績が讃えられ、2022年のノーベル医学・生理学賞を受賞したのはスウェーデン出身のスバンテ・ペーボ博士です。
なぜ今、ネアンデルタール人の遺伝情報を研究するのか、そこから私たち、人類について何が分かるのでしょうか。
ジャーナリストの池上彰さんがペーボ博士に迫りました。

1月30日、東京大学で行われたペーボ博士の講演で、ペーボ博士は次のようにおっしゃっています。
「私たちのグループは、この20年間、ネアンデルタール人に取りつかれています。」

現代の人に比べ、頑丈な骨格のネアンデルタール人、4万年ほど前までユーラシア大陸を中心に生息していました。
ペーボ博士は、ネアンデルタール人の骨からDNAを抽出し、世界で初めてその遺伝情報を解読、そして現代の人類の祖先がネアンデルタール人と交配し、その遺伝子を今も受け継いでいることを突き止めたのです。
ペーボ博士は池上さんからの質問に次のように答えております。
「(ネアンデルタール人と私たち現生人は全く別のものだと思っていたら、実は交配していたという研究発表を聞いた時にビックリしましたが、)現生人類はアフリカ大陸で生まれ、各地に移動し、6万年ほど前からネアンデルタール人との交配が始まりました。」
「その結果、ルーツがアフリカ以外の人は、遺伝子の約2%がネアンデルタール人由来とされます。」
「(両者が交配したということは、愛をささやいたという可能性もあるのかという問いに対して、)それはとても素敵な考えです。」
「(ネアンデルタール人のDNAを調べることになったきっかけについて、)ネアンデルタール人は現生人類と遺伝的に最も近いです。」
「現生人類が何者かということを生物学的に定義したいのであれば、ネアンデルタール人と比較すべきだと考えました。」

更に研究を進める中で分かってきたことがあります。
その一つが新型コロナウイルスとの関係です。
ネアンデルタール人から受け継いだ、あるDNAが重症化のリスクを高めるというのです。
「ネアンデルタール人に由来する、ある遺伝子を持っていると重症化して亡くなるなどの確率が2倍になることが分かりました。」
「このネアンデルタール人の遺伝子はヨーロッパ人の16%が持っていて、南アジア、特にインドやスリランカでは最大50%の人が持っています。」
「一方で、日本や中国の人には、この遺伝子はほぼないのが興味深いです。」
「私たちはそれぞれネアンデルタール人の遺伝子の違う部分を受け継ぎ、それが私たちに個人差を与えています。」
「例えば、免疫の強さ、流産のリスク、痛みへの耐性などに違いが出てきます。」

ペーボ博士は3年前(2020年)から沖縄科学技術大学院大学(OIST)でも客員教授を勤めています。
教員の6割、学生の8割が外国人、「質の高い科学論文」数ランキング(2019年)では世界9位と高い評価を得ています。
一方で、かつて「科学技術立国」と呼ばれた日本の地位は揺らいでいます。
科学技術分野の研究費の額は、現在アメリカや中国に大きく差を付けられている(こちらを参照)他、注目される論文数でも順位が大きく後退しているのです(2018〜20年 こちらを参照)。
引き続き、ペーボ博士は次のようにおっしゃっています。
「(科学技術において、かつて日本はノーベル賞の受賞者もどんどん出してきて、世界のトップレベルだと言われていたのが、このところ、どうも元気がなくなっているように思えるが、そんな日本の様子について、)日本の状況を俯瞰出来ているわけではないが、そこまで悲観することはないと思っています。」
「日本は今も科学研究を行うためには素晴らしい場所だと思っています。」
「沖縄科学技術大学院大学がその例です。」
「基礎科学の研究はとても大事で、基礎科学のための資金がないことはイノベーションの原材料がないということです。」
「豊かな国が基礎科学に投資しないことはとても残念で、視野が狭いと言えます。」

なぜネアンデルタール人は絶滅し、現在の人類は生き残ったのか、ペーボ博士は遺伝情報の解析を進め、その問いを解き明かしたいといいます。
「現生人類はネアンデルタール人とは違い、特別なものを持っています。」
「私は時々、現生人類は“狂っていた”という言葉を使います。」
「陸があるか分からないのに海を渡ろうと思うのは“狂気”でしかないが、私たちにはそれが欠かせません。」
「今、私たちは火星に行こうとしています。」
「理由はよく分からないが、行こうとしているのです。」
「(ペーボ博士はひたすら興味があるものを追い続けて生きてここまで来たのですねという指摘に対して、)そうですね。」
「私は非常に幸運だったと思います。」

以上、番組の内容をご紹介してきました。

番組を通して、ペーボ博士の研究成果について以下にまとめてみました。
・ネアンデルタール人は4万年ほど前までユーラシア大陸を中心に生息していた
・ネアンデルタール人の骨からDNAを抽出し、その遺伝情報を解読し、現代の人類の祖先がネアンデルタール人と交配し、その遺伝子を今も受け継いでいることを突き止めた
・現生人類はアフリカ大陸で生まれ、各地に移動し、6万年ほど前からネアンデルタール人との交配が始まり、ルーツがアフリカ以外の人は、遺伝子の約2%がネアンデルタール人由来とされる
・ネアンデルタール人から受け継いだ、あるDNAが新型コロナウイルスの重症化リスクを2倍に高めている
・ネアンデルタール人の遺伝子はヨーロッパ人の16%、南アジア、特にインドやスリランカでは最大50%の人が持っているが、日本人や中国人には、この遺伝子はほぼない
・現生人類はそれぞれネアンデルタール人の遺伝子の違う部分を受け継ぎ、それが私たちに免疫の強さ、流産のリスク、痛みへの耐性などで個人差を与えている
・現生人類はネアンデルタール人とは違い、特別なもの、すなわち“狂気”を持っている

こうした中で、まず目を引くのは、ネアンデルタール人から受け継いだ、あるDNAが新型コロナウイルスの重症化リスクを2倍に高めていることです。
ネアンデルタール人から受け継いだDNAが新型コロナウイルスの重症化リスクと関連があるということについては、あらためて現生人類の歴史を感じます。
また、この遺伝子の違う部分を受け継ぎ、それが私たちに免疫の強さ、流産のリスク、痛みへの耐性などで個人差を与えているというのも興味深いところです。

次に目を引くのは、現生人類は“狂気”を持っていることですが、これは“並外れた好奇心”と言い換えることが出来ると思います。
並外れた好奇心を持っている人は他人からは“狂気”じみて見えるからです。
確かに、文化、芸術、科学技術などの発展は、その時代、時代の“並外れた好奇心”と特別な才能を持った天才と言われるような人たちの営みの集積の成果だと思います。
そして今や、人類は空飛ぶクルマ、更には月や火星への移住まで実現させようとしているのです。
一昔前であれば、このようなことを口にする人は変人扱いされていました。

なお、ペーボ博士は更に遺伝情報の解析を進め、なぜネアンデルタール人は絶滅し、現在の人類は生き残ったのか、その謎を解き明かしたいといいますが、是非解明していただきたいと思います。
こうした解明は今後の人類の存続にとって非常に役立つと思うからです。

さて、ペーボ博士は2020年から沖縄科学技術大学院大学(OIST)でも客員教授を勤めており、教員や学生の多くが外国人であり、「質の高い科学論文」数ランキング(2019年)では世界9位と高い評価を得ているということは知りませんでした。
ペーボ博士のようなノーベル賞級の科学者がなぜこの大学の客員教授を勤めているのかにも興味が湧きます。
かつて「科学技術立国」と呼ばれた日本の地位は低下傾向にありますが、ペーボ博士も指摘されているように、資源小国、日本にとってイノベーションのベースとなる基礎科学の研究はとても大事です。
ですから、日本の政府には、真剣に「科学技術立国」を目指し、そのために国内外を問わず、優秀な人材が日本に集まってくるような環境を整備し、「人材大国」を実現していただきたいと思います。

 
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