2022年06月24日
アイデアよもやま話 No.5303 世界を救った新型コロナワクチン研究の舞台裏!
6月12日(日)放送の「深層報道バンキシャ」(日本テレビ)で世界を救ったワクチン研究の舞台裏について取り上げていたのでご紹介します。

新型コロナウイルスの感染者数が減少傾向にありますが、そのコロナワクチンの迅速な開発に大きく貢献し、世界を救ったとも言われる研究者に番組がインタビューしました。

新型コロナワクチン開発の立役者、カタリン・カリコさん(67歳)は世界で新型コロナウイルスがまん延する中、カリコさんが研究した遺伝物質の技術は通常数年かかるワクチン開発をわずか1年で成功に導きました。
現在はドイツの医薬品メーカー、ビオンテックの上級副社長を務めています。
今回、科学技術の進歩に大きく貢献した研究者に与えられる日本国際賞「ジャパン プライズ賞」を受賞し、来日しました。
“パンデミックから人々を救った”と言われ、ノーベル賞受賞の呼び声も高いカリコさん、しかし、その研究生活は困難と挫折の連続でした。
カリコさんはインタビューで次のようにおっしゃっています。
「(研究を最初にしていた頃は今みたいな日が来ることは見えていなかったのかという問いに対して、)そうなんです。」
「でも研究している時は、この研究がいかに重要か、いつの日か役に立つと信じていました。」
「ワクチン開発の役に立つとは想像していませんでした。」
「ワクチンを作ろうとしていたわけではなかったのです。」

昨年8月、カリコさんの壁画が描かれたのは東欧、ハンガリーの首都、ブタペスト、ハンガリー出身のカリコさんの功績を称えたものです。
ハンガリーの小さな町で精肉店で働く父と会計士の母親に育てられたカリコさん、ハンガリーでの遺伝物質の研究時代の1980年、ハンガリーは社会主義体制下で経済が停滞、カリコさんの研究費は打ち切られ、研究を続けられなくなりました。
世界各地の研究機関に連絡し、採用が決まったのはアメリカの大学、この時、30歳、知り合いが一人もいない異国に夫と当時2歳の娘と移住する決断をしました。
当時、ハンガリーからの渡航には大きな制限があったといいます。
「ハンガリー政府はアメリカに移住する時、私たち3人で100ドルしか持ち出しを認めてくれませんでした。」
「100ドルだと1ヵ月も生活出来ません。」
「(ふと目に留まったのは子どもが持っていたあるもの、)テディベアにお金を入れて縫い直して娘に渡したんです。」
「娘に1000ドルくらいのお金をこっそり持ち出させたんです。」
「そのお陰でアメリカに到着した後、最初の給料がもらえるまでの1ヵ月間食べ物を買えて生活することが出来ました。」

こうして研究者の職を再び得ることは出来ました。
しかし、信念を持って続ける遺伝物質の研究の意義が理解されず、大学を転々としたり、研究チームのリーダーを降ろされるなど、不遇の時は続きました。
しかし、カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「その経験がなければ、今ここにはいないと思います。」
「それぞれの職場で困難に直面しましたが、「なぜ私が仕事を失ったんだろう」と考えるのではなく、「次に何をすべきか」を考えることに集中したんです。」

幼い子どもを抱え、研究に没頭するカリコさんを支えたのはエンジニアの仕事をしていた夫でした。
「夫はいつも私を助けてくれました。」
「私が土曜日や日曜日に研究室に行ったとしても、文句一つ言わなかったんです。」
「私が料理を作らなければいけない時、「OK、行っておいで」と言ってくれたのです。」
「私は自分の夢を応援してくれる良い夫に出会えた女性です。」

日の目を見ない時期が続いた研究開始から約35年、遂に転機が訪れました。
ドイツの医薬品会社の目に留まったのです。
この時、58歳、研究した遺伝物質を使い、「がん治療薬」を作れないか、会社があるドイツに拠点を移し、研究を続けました。

そして新型コロナウイルスの感染が広がりました。
その中で、会社はカリコさんが開発した遺伝物質、メッセンジャーRNA(参照:アイデアよもやま話 No.5173 注目のmRNAに日本人が貢献!)の技術を使い、新型コロナウイルスワクチンの開発を決定しました。

ワクチンの仕組みは以下の通りです。
メッセンジャーRNAとは、遺伝情報の一部を細胞に運ぶもので、メッセンジャーRNAに新型コロナウイルスの遺伝情報をコピーし、ワクチン接種で体内に入れます。
するとウイルスの一部であるスパイクタンパク質が作られます。
このタンパク質に毒性はないが、体はウイルスが入ってきたと勘違いして抗体を作ります。
その抗体が本当にウイルスが入ってきた時にウイルスを攻撃し、ブロックするのです。
ワクチンの実現を可能にしたのがカリコさんが開発していた技術なのです。

これまで人工的にメッセンジャーRNAを体内に取り込むと激しい炎症反応が起きていました。
カリコさんはRNAを合成する物質を一部変更することで炎症を抑える方法を発見、これが今の新型コロナワクチンに活かされているのです。
カリコさんががんなどの治療薬のために研究してきた技術はワクチンの開発に大きく貢献したのです。
通常数年かかるワクチン開発を異例の短期間で成功させた裏にはカリコさんのこれまでの研究成果があったのです。
カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「(ワクチンが成功した時に自分に与えたご褒美について、)ピーナツにチョコレートがかかっているお菓子で名前は「グーバーズ」、ワクチンが大成功だと知った時、丸々一箱食べたんです。」
「夫に「全部食べちゃうわよ」と言って食べたんですよ。」

世界中の多くの人々の命を救ったというメッセンジャーRNAワクチン、ウイルスの変異にもすぐ対応出来るといいます。
カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「今あるワクチンが効かない、新しい変異ウイルスが出てきても6週間で新しいワクチンを作ることが出来ます。」
「例えば何百万回もの大量のワクチンを作るには2〜3ヵ月は必要になりますが、ものすごく早くなったんです。」

その技術の可能性はこれだけではありません。
私たちに身近なもう一つのワクチンへの活用も期待されているのです。
カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「(日本では毎年冬にインフルエンザウイルスのワクチンを打つが、RNAワクチンが適用でいるようになるかという問いに対して、)まさにその研究が最も進んでいます。」
「ビオンテックとファイザーは2018年にRNAをベースとしたインフルエンザ用ワクチンを開発することに署名しました。」

更にモデルナは新型コロナとインフルエンザの両方に効果がある混合ワクチンを開発中だといいます。

人類史上初めて使われたメッセンジャーRNAワクチン、かつてないスピードでの開発故に不安の声もあります。
カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「(メッセンジャーRNAという社会に浸透していない言葉が出たことによって、不安に思ったり、抵抗を感じる方が多かったと思いますが、)科学者の私も報道関係者もここまでいい仕事が出来ていないということです。」
「私たちが人々にしっかり説明しんかったからだと思っています。」
「メッセンジャーRNAは人工的なものではなく、もともと私たちの体の中にあるものです。」
「そしてワクチンは1年で完成したわけではなく、何十年も研究して作られたものだと私たちは伝えるべきでした。」

ワクチンに使うメッセンジャーRNAはもともと体内に存在するものを応用したもので、長年の研究の蓄積があるとカリコさんは安全性を訴えました。

波乱に満ちた長い研究生活、その間にカリコさんとともにあのテディベアを手にアメリカに渡った娘さん、実はボート競技のアメリカ代表選手となり、北京とロンドンオリンピックで金メダリストになったのです。

自らの研究生活を重ね、カリコさんは次のようにおっしゃっています。
「私は、ボートと科学は似ているとよく言っています。」
「漕ぎ手はずっと後ろを向いて漕いでいるのでフィニッシュラインが見えませんよね。」
「科学も同じでフィニッシュラインがどこかは見えません。」
「でも必死で漕いでいくんです。」

番組の最後に番組MCの桝太一さんは次のようにおっしゃっています。
「笑顔でおっしゃっていますが、カリコさんがボートを漕いできた期間は30年以上です。」
「恐らく今の日本にも10年20年先に花が咲くと信じて種をまいている研究者の方が沢山いらっしゃると思います。」
「私たちはそういうことを知って、伝えていくべきではないかと個人的には思いました。」

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

番組の内容を以下にまとめてみました。
・世界で新型コロナウイルスがまん延する中、現在はドイツの医薬品メーカー、ビオンテックの上級副社長であるカリコさんが研究した遺伝物質の技術は通常数年かかるワクチン開発をわずか1年で成功に導いた
・しかし、その研究生活は困難と挫折の連続だった
・ハンガリーでの遺伝物質の研究時代の1980年、カリコさんの研究費は打ち切られ、研究を続けられなくなったが、この研究がいかに重要かを信じていた
・しかし、当時、カリコさんはこの研究がワクチン開発の役に立つとは想像していなかった
・世界各地の研究機関に連絡し、採用が決まったのはアメリカの大学、この時、30歳、知り合いが一人もいない異国に夫と当時2歳の娘と移住する決断をし、研究者の職を再び得ることが出来た
・しかし、信念を持って続ける遺伝物質の研究の意義が理解されず、不遇の時は続いた
・それでもカリコさんは「なぜ私が仕事を失ったんだろう」と考えるのではなく、「次に何をすべきか」を考えることに集中した
・幼い子どもを抱え、研究に没頭するカリコさんを支えたのはエンジニアの仕事をしていた夫だった
・日の目を見ない時期が続いた研究開始から約35年、この時、58歳、ドイツの医薬品会社の目に留まり、研究した遺伝物質を使い、「がん治療薬」を作れないか、ドイツに拠点を移し、研究を続けた
・新型コロナウイルスの感染拡大の中、会社はカリコさんが開発した遺伝物質、メッセンジャーRNAの技術を使い、新型コロナウイルスワクチンの開発を決定した
・ワクチンの実現を可能にしたのがカリコさんががんなどの治療薬のために研究してきたメッセンジャーRNAの技術なのである
・通常数年かかるワクチン開発を異例の短期間で成功させた裏にはカリコさんのこれまでの研究成果があった
・世界中の多くの人々の命を救ったメッセンジャーRNAワクチンはウイルスの変異にも6週間で対応出来るという
・更に現在、モデルナではメッセンジャーRNAをベースとした新型コロナとインフルエンザの両方に効果がある混合ワクチンを開発中という
・人類史上初めて使われたメッセンジャーRNAワクチンに不安の声もあるが、ワクチンに使うメッセンジャーRNAはもともと体内に存在するものを応用したもので、長年の研究の蓄積があるとカリコさんは安全性を訴えている

こうしてまとめてみると、カリコさんの研究について、以下のようにいくつか思うところが出てきました。
(”ネバーギブアップ”精神)
カリコさんは遺伝物質の研究からスタートし、ワクチン開発の役に立つとは思っていなかったのです。
そして、研究を続けるにあたり、不遇の時代が長年続きましたが、それでも自分が取り組んでいる研究がいかに重要かを信じて諦めずに研究を続けたのです。
そして、研究開始から約35年、ドイツの医薬品会社の目に留まり、研究した遺伝物質を使い、「がん治療薬」を作る研究をすることになったのです。

(コロナワクチンとの偶然の出会い)
新型コロナウイルスの感染拡大の中、会社はカリコさんが開発した遺伝物質、メッセンジャーRNAの技術を使い、新型コロナウイルスワクチンの開発を決定し、短期間のうちにこの開発を成功させました。

(人類への多大なる貢献)
カリコさんの開発したワクチンは世界各国で接種され、世界中の多くの人たちの命を救い、パンデミックを収束させ、経済への悪影響も軽減させました。
更にメッセンジャーRNAワクチンはウイルスの変異にも6週間で対応出来るというのです。
なお、メッセンジャーRNAはもともと体内に存在するものを応用したもので、人体に安全だといいます。
更に現在もモデルナではメッセンジャーRNAをベースとした新型コロナとインフルエンザの両方に効果がある混合ワクチンを開発中といいます。

こうしてみると、あらためてカリコさんの不屈の精神のお陰で人類は救われていると思います。
また、基礎研究においては、どの研究がどの分野で役立つかは分からず、従って研究機関や企業は開発資金の制約から役立たないと判断された研究には”研究の中止”の判断が下されるのが一般的です。
ですから、多くの研究者はこうした資金的な制約から研究を断念せざるを得なくなってしまうのです。
しかし、こうした研究者の中には、カリコさんのように不屈の精神で何とか研究を続けるチャンスを探して一定の成果を得る方もいらっしゃるのです。
ですから研究者にとってとても大事なことはカリコさんもおっしゃっているように、自分の研究がいかに人類にとって重要かを信じることなのです。
そのうえで研究のスポンサーとの”偶然の出会い”を待つ忍耐心なのです。

ということで、日本にも沢山の研究者の方々がいらっしゃると思いますが、自分の研究がいかに素晴らしい成果をもたらすかを常に認識し、”偶然の出会い”を信じて不屈の精神で研究を進めていただきたいと思います。

 
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