2021年08月07日
プロジェクト管理と日常生活 No.705 『リスク管理の観点から見た東京オリンピック・パラリンピック開催の危うさ』
東京オリンピック・パラリンピックについては、開催前から日本のみならず多くの国々で半数以上の人たちが反対、あるいは延期すべきであるというアンケート結果が報じられていました。
それにも係わらず、IOCの最終判断で開催されています。
また日本各地で感染拡大が進んでいる状況下において、開催前の7月21日付けネット記事(こちらを参照)によれば、東京オリンピックの開催をめぐって、菅総理大臣はアメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「やめることは、いちばん簡単なこと、楽なことだ」としたうえで「挑戦するのが政府の役割だ」と強調しました。
また次のようにおっしゃっています。
「新型コロナウイルスの感染者数なども、海外と比べると、1桁以上といってもいいぐらい少ない。」
「ワクチン接種も進んで、感染対策を厳しくやっているので、環境はそろっている、準備はできていると、そういう判断をした。」

一方、医療専門家は東京オリンピックの開催中の新型コロナウイルスの拡大に警鐘を鳴らしています。

こうした状況において、私は、もし東京オリンピック・パラリンピックの開催中に医療崩壊が起きて、本来助かるはずの人たち(新型コロナウイルスの感染者かどうかを問わず)が何人も十分な医療を受けられずに命を落とすことになったらIOC、JOC、そして菅政権の責任は重大です。
こうした懸念が実際のものとなったら、オリンピック・パラリンピックの歴史上に大きな汚点を残すことになります。
また、こうして命を落とした犠牲者の遺族の方々はとてもやるせない気持ちになってしまうことは明らかです。

一方、全国の新型コロナウイルスの感染者は7月29日に1万人を超え、過去最多を更新したと報じられています。
更に8月4日には1万4千人を超えたといいます。
まさに驚異的なスピードの感染拡大と言えます。

今回は、こうした状況下で現在開催中の東京オリンピックについて、いくつかのネット記事をもとにリスク管理の観点から見た東京オリンピック・パラリンピック開催の危うさについてお伝えします。

まず7月29日(木)付けネット記事(こちらを参照)で新型コロナウイルスの感染急増で「東京五輪に厳しい目」を向ける海外メディアについて取り上げていたのでその一部をご紹介します。 

・AFPは28日、飲食店の営業時間短縮や酒類提供停止などの要請が守られず、若者の間で感染者が増えているという専門家の意見を紹介した。ロイター通信も「諸外国は厳しい都市封鎖(ロックダウン)を実施した」のに、東京都は要請にとどまると指摘。感染拡大は「(無観客などで)前例がないほど衛生的な五輪開催に対し、懸念を強める」と報じた。
・米紙ワシントンポスト(電子版)は27日、選手らと外部の接触を遮断する「バブル」内外を比べる記事を掲載。「五輪まで都民は何万人もの外国人が来て感染をもたらす可能性を非常に心配していた」が、実際にはバブル内の方が陽性率が低いと分析した。
・「皮肉にも、緊急事態宣言はほとんど無視されている。昼は都心で人出が多く、夜は騒がしい地区もある」と論評。一方、選手らは厳しい追跡や規則の下に置かれ「メダル授与式なら30秒だけマスクを外せる」と一例を示した。外国人の選手や記者よりも日本国民のワクチン接種率が低いことにも言及した。

以上、ネット記事の内容の一部をご紹介してきました。

要するに、選手らと外部の接触を遮断する「バブル」内の方が新型コロナウイルス感染の陽性率が低く。「バブル」外では緊急事態宣言はほとんど無視されており、日本国民のワクチン接種率の低さが海外メディアにより指摘されているのです。

また7月29日(木)付けネット記事(こちらを参照)で7割接種でも「集団免疫」は困難と指摘する尾身会長の国会での答弁について取り上げていたのでその一部をご紹介します。 

・政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は29日の参院内閣委員会の閉会中審査で、「国民の70%が(ワクチンを接種)したとしても、おそらく残りの30%がプロテクト(防護)されることにはならない」と述べ、接種が一定程度進んでも、社会全体での「集団免疫」の獲得は難しいとの認識を示した。
・理由について尾身氏は、インド由来の変異株(デルタ株)の感染力の強さに言及し「30%の中で感染の伝播(でんぱ)が継続する」と指摘。さらに「海外の文献などを分析すると、ワクチンは非常に有効だが、免疫の持続期間が数カ月後くらいに減少し、また感染することがある。実際に2度接種を受けた人でも(感染)ということがある」と語った。
・そのうえで「実際には70%くらいでは(集団免疫は)無理だ。では何%かというのは難しいが、接種率を上げる努力はやっていく必要がある」と述べた。

以上、ネット記事の内容の一部をご紹介してきました。

要するに、尾見会長の指摘は以下の通りです。
・国民の70%がワクチンを接種したとしても社会全体での「集団免疫」の獲得は難しいこと
・ワクチン接種後も免疫の持続期間が数カ月後程度で減少し、再度感染することがあること

ちなみに、7月28日現在の国内のワクチン接種率は以下の通りです。(詳細はこちらを参照)
1回目:32.85%
2回目:22.51%

こうした状況を見ると、いかに菅総理の現状認識が非常に甘いか、あるいは是が非でも東京オリンピック・パラリンピックを開催させたい想いが強いかが見て取れます。

また7月29日(木)付けネット記事(こちらを参照)で元大阪府知事で弁護士の橋下徹さんによる、コロナ感染拡大下での東京五輪開催期間中の提言について取り上げていたのでその一部をご紹介します。 

・元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏(52)が29日、フジテレビの情報番組「めざまし8(エイト)」(月〜金曜前8・00)に出演。新型コロナウイルスの感染拡大による東京五輪への影響について言及した。
・東京都では今月12日からの緊急事態宣言期間が2週間を経過後もワクチン未接種が多い世代を中心になお拡大が続いてピークが見えず、医療提供体制や開催中の東京五輪への影響に懸念が強まっている。
・橋下氏は「僕は、五輪と感染者数はダイレクトにつながっていないというような立場なんですけど」とした上で、「それでもやっぱり撤退ライン…、僕は五輪を中止にしてほしくないんですけど、こういう時には撤退するよっていうラインを示す必要があると思うんですよ。医療現場で本当に大変な状況になって五輪どころではないというところがあると思うんでね。そういうラインを示さずにとにかく五輪に突き進むっていうのは過去に戦争で撤退ラインを決めずにどんどん突き進んでいって敗戦した結果とか、そういうことを学んでいないのか。東日本大震災の時にも想定外っていうものを置いてはいけないってことを僕ら散々学んだのに。撤退ラインをきっちり置いて、そこを超えないように国家運営していくのが政治の役割だと思う」と自身の見解を述べた。
・そして、具体的撤退ラインについては「医療崩壊のところだと思う。新規感染者数だけではなくて、医療現場がとてもじゃないけど今五輪やれるような状況じゃないっていうラインを越えれば五輪はやるべきじゃないと思う。ただ僕はそうならないように国家運営をしていくと。その撤退ラインを示していないから、みんな新規感染者数だけで不安にかられてしまう。医療崩壊のところが撤退ラインだと思う」と話した。さらに「僕は五輪はこのまま選手を応援してなんとか閉幕まで迎えてもらいたいと思うんですが、ただ国民感情に配慮することなく政治が突っ走ると今後国民は政府の言うことを聞かなくなると思う」と指摘し、「飲食店にしたって国民全体も。そうならないためにもこのラインを越えたら五輪はできない。このラインを越えないように一生懸命やるよと。そこは医療崩壊だと思う」と述べた。

以上、ネット記事の内容の一部をご紹介してきました。

これまでプロジェクト管理におけるチェックポイント設定の必要性についてはプロジェクト管理と日常生活 No.697 『変異ウイルスの感染状況から見た東京オリンピック・パラリンピック開催の妥当性!』などでお伝えしてきました。

また、橋本さんは東京オリンピック開催中の具体的な撤退ラインを医療崩壊と位置付けましたが、これはまさにプロジェクト管理における重要決定と言えます。
なお、重要決定については、以前プロジェクト管理と日常生活 No.268 『特許庁のITシステム開発で55億円が無駄に!』でも少し触れましたが、後ほど具体的な内容について触れます。

以上、ネット記事を通して断片的に新型コロナウイルスの感染再拡大と東京オリンピック・パラリンピックとの関連をプロジェクト管理の観点から見てきました。
そこで今更ですが、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた本来のリスク管理について以下にまとめてみました。

(リスク管理)
・ワクチンの確保
  国内外のワクチンメーカーとの購入契約
・ワクチンの接種(少なくとも東京オリンピック開催時期の3ヵ月前には希望する国民の全てに対する2回の接種完了)
・国内外の治療薬メーカーとの購入契約
・症状レベル(軽症、中等症、重症)に応じた医療機関の受け入れ枠の十分な確保
・“重要決定”(*1)の対象として、以下の2つを取り上げてそのプロセスを明らかにする
(1)医療崩壊(*2)
例えば、全ての医療機関、あるいは緊急用の医療施設を以てしてもコロナ感染者、あるいはコロナ感染者以外の患者への対応が出来なくなる場合は東京オリンピック・パラリンピックの開催、あるいは開催中でも中止を決定することというように解決案の候補をあげ、あらかじめ決めておいた評価基準に則り最終解決案を決定するプロセスを明らかにする
(2)ロックダウン(都市封鎖 *3)
ロックダウンを実施するに際し、具体的にどのような場合にどのような範囲で実施するか、解決案の候補をあげ、あらかじめ決めておいた評価基準に則り最終解決案を決定するプロセスを明らかにする

*1 ここでいうところの重要決定とは、オリンピックの開催中止、あるいは開催中の中止を余儀なくさせる重大な影響を与える可能性があるハイリスクに関連している検討事項、すなわち医療崩壊)あるいはロックダウンに対して、複数の解決案を導き出し、更にその中から最終決定を下すプロセスを明確にすることです。
なお、重要決定を行う際には、主観的な判断を排除し、関係者の要件を出来るだけ満たすような解決方法を選定することを目的に、複数の解決案の候補を評価するための正式な評価プロセスを定めることが必要です。

*2 救急医療や手術を始めとする「本来あるべき医療が出来ない」状態

*3 緊急事態の際に、特定のエリアや建物への出入りや移動を制限すること

・チェックポイントの設定
以下はチェックポイントの例
・東京オリンピック開催の3ヵ月前に医療崩壊が決定的になった場合にはオリンピック開催を中止、あるいは延期する
・東京オリンピック・パラリンピックの開催期間中に医療崩壊が決定的になると判断した時点でオリンピック・パラリンピックを中止、あるいは延期する
・国民への要請
在宅勤務、あるいはリモートワークの普及
3密(密閉・密集・密接)の回避
マスクの着用
・感染状況のタイムリーかつ定量的で分かり易い内容の一般公開
・政府と国民との情報共有による相互の信頼感の獲得

(コンティンジェンシープラン)
・感染拡大が収まらない場合に緊急事態宣言を発出する
・事前に手配した医師や看護師などが不足した場合、予備の人材で充当する
・事前に手配した患者用の病室などが不足した場合、予備の簡易病室やホテルなどの施設で充当する
・事前に手配した感染者への治療薬が不足した場合、予備の治療薬メーカーに発注して充当する
・更に医療崩壊やロックダウンに至った場合は、それぞれの重要決定プロセスに則り、最善の解決案を実施する

さて、これまではプロジェクト管理の観点から東京オリンピック・パラリンピックの開催をスムーズに進めるべく、本来あるべきプロセス、あるいは管理手法をお伝えしてきました。
しかし、東京オリンピックは既に7月23日に開催され、既に2週間ほど経過しています。
そして、7月31日、首都圏3県と大阪に緊急事態宣言が発出され、その他に5道府県(北海道、石川県、兵庫県、京都府、福岡県)にも「まん延防止等重点措置」が適用され、東京都、および沖縄県の宣言も8月31日まで延長が決定されています。
更に8月5日、各地で新規感染者が過去最多となる中、政府は8県に対して、「まん延防止等重点措置」を新たに適用する方針を固めました。

ではプロジェクト管理の観点から、こうした状況においてどのような対応が考えられるでしょうか。
以下に私の思うところをまとめてみました。
・更なるワクチンの確保、および2回接種のスピード化
・3回目ワクチン接種の検討、および確保
・更なる治療薬の確保
・前述の重要決定プロセスの検討、およびタイムリーな決定
・政府と国民とのタイムリーな情報共有による相互の信頼感の獲得

特に、国民とのタイムリーな情報共有については、ワクチンの供給状況や医療施設のひっ迫状況などについて、国はタイムリーに十分な情報を国民に提供してきておりません。
こうしたことや度重なる緊急事態宣言に対する慣れもあり、今や新宿や渋谷では、若い人たちの中にはマスクを着用せずに歩いている人たちを見かけると報じられています。
また、アイデアよもやま話 No.5003 なぜ緊急事態宣言下でも営業を続けるお店があるのか!でもお伝えしたように、飲食店の中には、“背に腹は代えられない”とばかりにどうしても営業を続けざるを得ない状態になっているお店もあるといいます。
政府はこうした国民感情に対しても丁寧な説明、およびタイムリーかつ適切な支援策を国民や企業に提供しなければ、政府のコロナ禍対策に対する信頼感は得られません。
同様に、東京オリンピック・パラリンピックの開催についても、国民の半数以上は中止、あるいは延期を望んでいるにも係わらず、菅総理は総じて問題無しということで開催にこぎつけたのですが、その根拠については具体的で国民が納得できるような十分な説明をされていません。
こうした状況では国民が政府に対して信頼感を持つことは期待出来ません。

このままでは戦争の終結要件を曖昧にしたまま突き進んだ太平洋戦争当時と同様に今後ともどれだけコロナ禍の犠牲者が増えてしまうか分からないのです。

なお、1年ほど前にアイデアよもやま話 No.4701 新型コロナウイルス対策に必要な発想の転換!でコロナ禍対応における発想の転換の必要性についてご紹介しましたが、あまり対応状況が変わっていないことに、いやむしろ状況はひっ迫していることに愕然とします。

 
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