2021年02月28日
No.4890ちょっと一休み その763 『中国武漢市の李文亮医師の残した言葉』

昨年7月20日(月)、21日(火)放送の「グッド!モーニング」(テレビ朝日)の「池上彰のニュース検定」コーナーで中国武漢市の李文亮医師について取り上げていたので併せてご紹介します。

なお、日付は全て番組放送時のものです。

 

新型コロナウイルスが中国で猛威を振るい始めたのは今年(2020年)に入ってからですが、既に昨年(2019年)12月、その危険性にいち早く気付いた中国人医師がいました。

武漢市中央病院の眼科医、李文亮医師です。

その理由は、李医師が務めていた病院に原因不明の肺炎患者が複数人運ばれて来たからだといいます。

しかもその患者が隔離されたことから危険性に気付きました。

李医師は武漢で起きた異変を医学部時代の同級生たちとのグループチャットで次のように伝えました。

「海鮮市場で7人がSARSに感染した。」

「私たちの病院で隔離されている。」

 

李医師は昨年12月の段階で新型コロナウイルスによる肺炎をSARS、重症急性呼吸器症候群だと指摘していました。

SARSは2003年に中国広東省で発生し、世界を震撼させた感染症です。

コロナウイルスの一種が原因でした。

李医師は今回発生した原因不明の肺炎についてSARSだと思ったのです。

また新型コロナウイルスと分かっていない段階で警鐘を鳴らしていたのです。

 

本来はそこから対策を取るべきだったのですが、李医師の勇気ある情報発信が警察の目に止まります。

そして、(2020年)1月3日、警察に呼び出されました。

“デマを流した”として、処分を受けたのです。

この時、武漢の病院関係者の間では、謎のウイルスが人から人へ感染するとの指摘が広がり始めていました。

しかし、この重大な情報は公表されることなく、中国当局はヒトからヒトへの感染は確認されていないと言い続けたのです。

危機意識が共有されないまま、感染者数は急速に増えていきました。

 

そして、いち早く危険に気付いた李医師自身にも異変が起きます。

きっかけは1月上旬の緑内障の患者の診察でした。

その患者が新型コロナウイルスに感染していたのです。

それを知らずに治療に当たった李医師自身も結局感染し、入院しました。

しかし、その後も李医師は自分の病状などをSNSで発信し続けます。

そして、(2020年)1月23日、警鐘は現実のものとなりました。

感染拡大が止まらず、武漢が封鎖されたのです。

それから2週間ほどした2月7日、李医師は亡くなりました。

李医師の回復を願っていた中国の多くの人々に大きなショックを与えました。

李医師が亡くなった2月7日の夜には、笛を吹いたり、部屋の照明を消したりして追悼しようという呼びかけがあり、多くの武漢市民が参加しました。

ただ、そうした映像はネットから次々と削除されました。

SNSでは「追悼文を掲載したら削除された。追悼も出来ないのか。」などの声が溢れました。

 

政府に批判の矛先が向かうことを恐れたのか、中国当局はまるで手の平を返すように、李医師への評価を一変しました。

“デマを流した”という処分を撤回したのです。

名誉の回復でした。

李医師は新型コロナウイルスで入院していた時に、次のような言葉を残しています。

「健全な社会には様々な声が必要だ。」

 

李医師を始めとする武漢の医師たちの警鐘を当局が受け止め、すぐに対応していれば、世界中が感染拡大にそれほど苦しむことはなかったのではないでしょうか。

 

以上番組の内容をご紹介してきました。

 

これまで何度となく、習近平国家主席が率いる中国共産党政権は覇権主義を振りかざし、アメリカにとって代わる世界制覇を目指しているとお伝えしてきました。

そして、中国国内においては、有無を言わさず、中国共産党にとって都合の悪い内容をSNSに投稿すると即座に削除されてしまうばかりでなく、場合によっては逮捕されてしまうというのが実態なのです。

 

そうした中、番組でも取り上げていたように、李医師が入院中に発した「健全な社会には様々な声が必要だ。」という言葉は、ご自身が体験された、勇気ある情報発信は公表されることなく、危機意識が共有されないまま、感染者数は急速に増えていき、その結果ご自身も新型コロナウイルスに感染してしまった無念さがほとばしっているように感じます。

 

民主主義、共産主義など国の体制は異なっても、国の本来あるべき姿としては、以下の要件を満たしていることが求められるべきなのです。

・誰もが自由に自分の考えを発言出来ること

・個人の人権が保障されること

・誰もが法的に平等に扱われること

・法に基づき、国家運営がなされること

・国際ルールに従うこと

・平和国家を追求し、覇権国家による勢力拡大に対しては断固反対の立場を取ること

 

この要件に照らしてみると、現在の習近平国家主席の率いる中国共産党による独裁政権は、“まず中国共産党ありき”で上記のどの要件も満たしていないことは明らかです。

李医師は、ご自身の体験を通してこうした要件を満たさない中国政府への不満、怒りを「健全な社会には様々な声が必要だ。」という言葉で表現されたと思われます。

また、武漢の多くの市民もこの李医師の勇気ある行為、そして自らも新型コロナウイルスに感染して亡くなったことで中国政府に抗議の声を挙げたのです。

しかし、こうしたSNS上の声や映像も当局により削除されたのです。

 

ただ救いなのは、こうした武漢市民の抗議の高まりを当局が無視出来なくなり、“デマを流した”という李医師に対する処分を撤回したことです。

以前にもお伝えしたように、中国共産党も革命により以前の政権から今の政権の座を奪って手に入れたのです。

要するに、武力によるか言論によるか、手段は何であれ、より多くの国民の意思を集結することによって、国民の望む国家に向けて動きだすことが出来るのです。

ですから、自由とか平等とかという権利は手をこまねいていては手に入らない、とても貴重なものなのです。

そして、香港や今回のミャンマーの件を見ても、自由とか人権の尊重といった権利はあっという間に武力によって失われる、とても危ういものなのです。

 

私たちの暮らす日本という国においても基本的には同じなのです。

その時々の政権は、自分たちの政権がより長く維持出来るように、また自分たちが運営し易いようにという狙いを大なり小なり持っています。

しかし、こうした狙いも政党間の政策論争という競争原理が働くことによってよりよい政策の実施に結びつくのであれば必ずしも悪いことではないと思います。

問題はこの部分が特に自由な発言を抑えるような動きにつながったり、政権に不利な事実を隠すといったような行為につながるのです。

こうした政権の習性を少しでも軌道修正させ続けるためには、常に国民やマスコミの側が政権にとって“不都合な真実”を公の目にさらされるような状態を維持しておくことがとても重要なのです。

こうした国民やマスコミの努力があってこそ、自由な発言や人権が保障されるというのが現実の姿なのです。

 

こうして見てくると、中国共産党による一党独裁の現在の中国において、国民が自由や人権の保障を手に入れることはとても困難なことです。

しかし、先ほども触れたように、どんな独裁政権国家においても、国民の声を全く無視することは出来ないのです。

ですから、何らかの手段により、政権にとって無視出来ないほど国民の声が大きくなれば、政権に軌道修正を強いたり、更には新しい国づくりへの大変革も可能なのです。

そこで重要になるのは、国際ルールに照らしたこうした国民の声への国際的な支援です。

 

そこで現在、世界的に無視出来ないことの1つは武力により軍事政権に取って代わられたミャンマーの今後の動向です。

このように軍事力による政権奪還を国際的に許してしまう状況は決してあるべきではないのです。

最悪の場合は、国連軍のような武力を使用してでもこうした軍事政権を元の民主政権に戻すようなことをしなければ、今後ともミャンマーのような政権転覆のリスクは無くならないのです。

しかし、武力の使用はあくまでも最終手段であり、様々な別の平和的な手段による解決が求められるのです。

その最も効果的な手段の一つは世界の大多数の国々が一致団結して武力行為で獲得した軍事政権や本来あるべき姿としての要件を満たしていない国に対して様々な制裁を加え続けることだと思います。

どんな国においても、世界の大多数の国々が自国のあり方を否定し続け、更に世界的に様々な制裁を加えられ続ければ、いずれ国民の不満が爆発し、政権の維持は立ち行かなくなるからです。

 

ということで、中国による覇権主義の世界的な展開や人権無視、あるいは今回のミャンマーの軍事政権に対する世界的な対応は、“国の本来あるべき姿”を巡る試金石と言えます。

新型コロナウイルスの感染拡大を阻止しようとした李医師の発言「健全な社会には様々な声が必要だは、“国の本来あるべき姿”につながる金言なのです。


 
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