9月15日(火)放送(再放送)の「BS世界のドキュメンタリー選」(NHKBS1)で「不死身のスーパー耐性菌抗生物質が効かない未来」をテーマに取り上げていました。
そこで3回にわたってご紹介します。
2回目は耐性菌の耐性の進化に追いつかない新薬の開発についてです。
アメリカ・コロラド州の畜産家、ノーラン・ストーンさんは次のようにおっしゃっています。
「畜産は競争が激しく、薄利多売の業界です。」
「効率的な運営を追及しています。」
「牛を効率よく成育させるため、常に新しい技術を採用しています。」
「新しい考え方やツールが次々と登場するので、最先端を心がけています。」
2016年、アメリカで抗生物質の80%は家畜の飼料に使用されました。
その総量は1500万kgで、食肉1kgあたり抗生物質300mgに相当します。
当時のニュース映画では以下のように伝えています。
「これは通常の飼料で8週間飼育した鶏、抗生物質入り飼料で同じ期間育てた鶏は体重が15%増えています。」
「広大な飼育場がまるで工場のように牛肉を生み出します。」
「1頭1頭の牛そのものが質の高い製品を作り出す小さな工場です。」
科学ジャーナリストのマリン・マッケナさんは次のようにおっしゃっています。
「抗生物質で新しい産業が生まれました。」
「アメリカでは5年間で200トン以上の抗生物質を家畜に与えています。」
「そのほとんどは病気の家畜ではなく、成長促進のために、そして過密した飼育場で起こる病気の予防に使われています。」
「抗生物質を飼料に加える危険性を誰も気にしませんでした。」
「食肉工場も同じです。」
ニューヨーク大学ランゴーン医療センター(アメリカ・ニューヨーク州)の微生物学者、リチャード・ノヴィックさんは次のようにおっしゃっています。
「1950年代、私はニューヨーク大学で薬剤耐性について学び、素晴らしい科学の存在にとても驚きました。」
「慶応大学の渡邊力教授の研究についての講義も受けました。」
「細菌性赤痢の治療で前代未聞の発見をした人物です。」
「患者から採取した細菌が複数の抗生物質に耐性を見せました。」
「このような耐性を持つ菌は例がありませんでした。」
科学ジャーナリストのマリンさんは次のようにおっしゃっています。
「日本の医学者の発見は重要なものでした。」
「耐性は母細胞から次世代の細胞へ縦に伝わるだけでなく、同じ世代の間で水平にも伝搬していたのです。」
「これは“R因子”と呼ばれました。」
「“R因子”は自身の内部に遺伝物質を持っているだけでなく、外から集めることも出来るのです。」
「“R因子”を識別することは非常に重要です。」
「“R因子”は後に“Rプラスミド”と呼ばれるようになります。」
「“R因子”の分析によって証明されたことがあります。」
「抗生物質に対抗出来る細菌が出ると、この耐性を他の細菌が拾い上げ、拡散するということです。」
「牧場や食肉工場などから世界中にまん延します。」
「これまで比較的予測可能だった耐性菌の脅威が予測も追跡も出来ない脅威に変わります。」
「私たちの想像出来る領域を超えてしまうのです。」
微生物学者、リチャードさんは次のようにおっしゃっています。
「細菌が伝達する遺伝子群は“染色体DNA”だけではなかった。」
「これは驚くべき発見でした。」
「細菌が遺伝情報を異種間で伝達出来ることを意味するからです。」
「トランプの勝負をする時、相手からカードを1枚もらい、自分も1枚渡すのと似ています。」
「畜産業界は耐性拡散の証拠を示しても危険性を認めませんでした。」
「私はもどかしい。」
「何が起きているのか、50年前には分かっていたのです。」
「抗生物質の乱用を止めるため研究者たちは手を尽くしました。」
「でも何も変わりませんでした。」
イギリス・カーディフ大学の微生物学者、ティモシー・ウォルシュさんは次のようにおっしゃっています。
「2008年から翌年にかけてロンドンの公衆衛生研究所が新しいタイプの薬剤耐性を見つけました。」
「南アジアで美容整形を受けた人々に感染症が起こったのです。」
「現地の状況を確かめるため、インドへ行きました。」
「我々は症例のサンプルを収集し、新しい耐性メカズムを発見し、“NDM”と名付けました。」
「“NDM”という耐性メカニズムは“プラスミド”というDNAの環状分子にあることが分かりました。」
なお、NDM−1(ニューデーリー・メタロ・β・ラクタマーゼ1)は耐性メカニズムの一つで、感染症治療の“最後の切り札”、カルバペネム系抗生物質を無効にします。
「細菌はひとたび“プラスミド”を獲得すると、その“プラスミド”を他の細菌に伝達する潜在能力を持ちます。」
「爆発的な感染力を持つのです。」
「まるで山火事です。」
「正常な腸内フローラの中に耐性菌を取り込んだからといって、すぐに発症するわけではありません。」
「しかし、NDMを持つ細菌が腸内にいると、“プラスミド”によって周囲の細菌医耐性を伝達するチャンスとなります。」
「伝達相手の病原性が強ければ感染症を引き起こすのです。」
「我々が知りたかったのはインドでのNDMの広がりです。」
「インド各地、特にデリー周辺で臨床サンプルを集めたところ、50〜60%のサンプルからNDMが検出されました。」
「また、飲料水にも5%ほどの確率で存在したのです。」
「調査結果を総合すると、臨床サンプルで検出されたのは氷山の一角でした。」
2012年、ウォルシュさんの発見から2年後、42種の細菌にNDM−1の変異系が見つかり、既に55ヵ国に拡散しました。
科学ジャーナリストのマリン・マッケナさんは次のようにおっしゃっています。
「薬剤耐性は発生地から遠い所でも増加しています。」
「NDMはなぜ医療体制への衝撃などでしょうか。」
「それは耐性が進化する一方で、新薬の開発が進んでいないからです。」
「耐性菌と闘う武器を失い続けているのです。」
スイスのジュネーブで開催された国際会議で、WHO事務局長(2007−2017)のマーガレット・チャンは次のようにおっしゃっています。
「世界の医療の課題はゆっくりと進行している3つの危機です。」
「気候変動、効能を失う抗生物質、そして死因のトップ、生活習慣病の増加です。」
「これらは自然災害ではなく、人為的な災いです。」
科学ジャーナリストのマリンさんは次のようにおっしゃっています。
「新しい抗生物質を作るには10年以上の年月と最低10億ドルの資金が必要だと言われています。」
「あなたが製薬会社の経営者で新しい抗生物質を開発するとします。」
「5年内に特定の細菌の20%にその抗生物質が効かなくなる。」
「医師なら特効薬として最悪の場合に備えてめったに使わないはずです。」
「いずれにしても研究開発費が回収される見込みは薄いでしょう。」
「そんな状況では誰も抗生物質を作りませんよ。」
「投資を回収出来ないのですからね。」
イギリス政府 耐性菌問題の特別報告官のジム・オニールさんは次のようにおっしゃっています。
「現在の状況に製薬会社の見識の狭さが表れています。」
「私はグローバルな投資銀行で30年間働きました。」
「経営者のマインドはよく分かります。」
「多角的に事業を展開し、それぞれにリターン目標を与える。」
「利益が目標に届かなければ事業は打ち切り。」
「しかし、私に言わせれば愚かなやり方です。」
「抗生物質の需要は幅広いですから。」
イギリスの主席医務官、サリー・デイヴィスさんは次のようにおっしゃっています。
「新薬が開発されなければ、未来は真っ暗です。」
「病気の予防や診療技術も大切ですが、何より新しい薬が必要です。」
「子どもたちに悲しい世界を残したくありません。」
「心配で夜も眠れません。」
がんと高血圧の薬は800件、抗生物質は28件の臨床研究が進められています。
そのうち流通への見込みは2件、新しい抗生物質は1984年が最後となっています。
ガーディフ大学の微生物学者、ティモシー・ウォルシュさんは次のようにおっしゃっています。
「バングラデシュ・ダッカの人口密度は世界有数で、薬剤耐性を加速させる危険因子が揃っています。」
「抗生物質の使用だけでなく、住民の行動や生活習慣、衛生状態も危険因子です。」
「そのため新たな耐性菌が出現する場所としてバングラデシュも候補となります。」
「母親の膣内や排泄物に耐性菌がいるかもしれません。」
「自然分娩で産まれた赤ちゃんがたちの悪い耐性菌に包まれると、耐性菌が赤ちゃんの血液に入って病気を起こす危険があります。」
「抗生物質が効かない、強い耐性菌かもしれません。」
「死亡率20〜30%という異常さがここの日常です。」
ダッカ医科大学のタンビール・マハメドさんは次のようにおっしゃっています。
「我々は100床の病院ですが、実際には500〜550人の患者を受け入れています。」
「エレベーターや階段前の通路に患者があふれています。」
「仮設のベッドまで埋まれば、むき出しの床に寝かせるしかありません。」
「そして、何が起きるかと言えば、院内感染です。」
「傷口が細菌にさらされます。」
「一部では患者の半数以上が感染症で亡くなるでしょう。」
「私はここで働いて10年になります。」
「当初は今ほど耐性菌の症例はありませんでした。」
「しかし、2018年には私が診た患者の約20人に1人はどの抗生物質も効きませんでした。」
「そのため日増しに死亡率が上がっています。」
イギリス・カーディフ大学の微生物学者、ティモシー・ウォルシュさんは次のようにおっしゃっています。
「これは多くの戦闘が重なる長い戦争です。」
「細菌がこの調子で急速に進化し、抗生物質への耐性を獲得していくと、逃げられる国はありません。」
「ここで起きていることが世界に広がるでしょう。」
「2050年には抗生物質のない時代に戻ってしまうかもしれません。」
「19世紀のように普通の感染症で人が死ぬということです。」
「脅威は迫っています。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきましたが、以下にその要点をまとめてみました。
・2016年、アメリカで抗生物質の80%は主に成長促進のために家畜の飼料として使用されていたが、家畜の腸内で耐性菌が生まれ、耐性菌は体内にとどまらず、フンとともに排出され、土壌や水を介して周囲に広まった
・食肉工場でも同様である
・“NDM”という耐性メカニズムは“プラスミド”というDNAの環状分子にある
・NDM−1は耐性メカニズムの一つで、感染症治療の“最後の切り札”、カルバペネム系抗生物質を無効にする
・細菌はひとたび“プラスミド”を獲得すると、その“プラスミド”を他の細菌に伝達する潜在能力を持つ
・抗生物質に対抗出来る細菌が出ると、この耐性を他の細菌が拾い上げて拡散するので、これまで比較的予測可能だった耐性菌の脅威が予測も追跡も出来ない脅威に変わった
・畜産業界は耐性拡散の証拠を示しても危険性を認めていない
・抗生物質の使用だけでなく、住民の行動や生活習慣、衛生状態も薬剤耐性を加速させる危険因子である
・耐性菌の耐性が進化する一方で、高額な研究開発費がネックで新薬の開発は進んでいない
・2050年には抗生物質のない時代に戻っている可能性がある
こうして見てくると、薬剤耐性菌の耐性の進化、および他の細菌への耐性メカニズムの拡散のスピードは新薬開発のスピードを凌駕しているというのが現状のようです。
従って、このままでは2050年には抗生物質のない時代に戻ってしまい、人類は薬剤耐性菌の脅威にさらされてしまうことになる可能性が出てきます。
しかし、一方で名古屋大学の荒川宣親名誉教授の研究グループは耐性菌が抗菌薬の「カルバペネム」を効かなくする際に発現している特殊なたんぱく質の働きを止める化学物質を発見したといいます。
そして、「カルバペネム」とともにこの化学物質を作用させると耐性菌の増殖が止まり、マウスを使った実験でも効果が確認出来たとしています。(参照:アイデアよもやま話 No.4763 耐性菌の働きを止める化学物質の発見!)
ですから、こうした医療技術の進化により人類は“希望の光”を失わないで済むと期待出来るのです。
ということで、荒川名誉教授の研究グループには新たな抗菌薬の開発につなげていただきたいと思います。