5月17日(日)放送の「テレメンタリー2020」(テレビ朝日)のテーマは「一瞬の代償 〜“ながらスマホ”に奪われた命〜」でした。
今回は、番組を通して、プロジェクト管理の視点から“ながらスマホ”による衝突事故の刑罰についてご紹介します。
井口貴之ご夫妻はバイクでのツーリングに出かけた帰りに交通事故に遭い、奥様、百合子さんが亡くなりました。
井口さん(当時48歳)の耳にはヘルメットの無線機から聞こえた 百合子さんの声が今も残ります。
事故は新潟県南魚沼市の関越自動車道で起きました。
2018年9月10日午後9時過ぎ、当時50歳の男が運転するワゴン車が百合子さんのバイクに追突しました。
井口さんは自分のバイクを路肩に停め、駆け寄りました。
百合子さんは後続車にもはねられ、即死でした。
男は警察の調べに「対向車線を見ていて気が付かなかった」と話したといいます。
しかし、事故の4日後、警察がクルマのドライブレコーダーの映像を調べると、右上に不自然な四角い光を発見、男を問い詰めました。
すると男は「スマートフォン(スマホ)で漫画を読んでいた」と自白しました。
本当の原因は“ながらスマホ”運転だったのです。
スマホの画面の光がフロントガラスに反射して映像に記録されていました。
この事実を知った井口さんは次のようにおっしゃっています。
「正直、怒りがこみあげてきて、殺されたも同然だなっていうふうに思って、でなんでそんなことで妻が亡くならなければならなかったんだと。」
「(妻は)ものすごい安全運転に気を使う人だったので・・・」
井口さんと百合子さんは100mの間隔を開けて制限速度の時速80kmで走行していました。
自宅まで残り15分のところで男のクルマが時速100kmで迫ります。
男はスマホで漫画を読みながらアクセルを踏み続け、百合子さんのバイクに気付いた時にはブレーキを踏む間もありませんでした。
捜査関係者によると、漫画の履歴は事故の数日前から削除されていたといいます。
ドライブレコーダーの映像から明らかになった真実、加害者の男は過失運転致死の罪で逮捕・起訴されました。
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「もう正直、憎くて憎くて仕方ないです。」
事故の4ヵ月後に始まった刑事裁判、井口さんは被害者参加制度で法廷に立ち、運転中に漫画を読んだ理由について加害者の男に問いただしました。
「漫画が面白くて、続きが読みたいという衝動を抑えきれなかった。」
運送会社に勤めていた男は事故当日、夕方に営業所を出発した後交通量の少ない道で“ながらスマホ”運転をしていたと証言し、罪を認めました。
「事故の時、なぜここにバイクがいるのだろうと思った。」
「スマホを直視していて全く気が付かなかった。」
スマホで漫画を読み始めたのは事故の3ヵ月前でした。
最初は自宅で読む程度でしたが、次第に仕事中も読みたいと思うようになったといいます。
「当時もスマホの事故が多く、社会的にも結構な問題になっていた。」
「会社もすぐにクビになると思ったので、言うことが出来なかった。」
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「もっと重い罪を出来れば、危険運転など望んでいるんですけども、法律の範囲内でなるべく重い処罰で反省していただきたいなと思っております。」
加害者の男は法定で一生かけて百合子さんのお墓に手を合わせたいと遺族に頭を下げました。
夫婦の共通の趣味はツーリングでした。
しかし事故の後、井口さんはバイクで出かけることはなくなりました。
「グチャグチャになったバイクとか、妻が横たわっているような状況とかも、そのグチャグチャなバイクを思い出すと、それに関連して思い出したりというのは今でもありますね。」
井口さんは事故のショックから自宅に引きこもるようになっていました。
点滴とカウンセリングが欠かせないといいます。
「引き殺されたみたいなかたちになっているので、とても一般的な交通事故とはとても私の中では思えなくて、精神的な面でもずっと引きずるところがあって、悔しくて悔しくて仕方ない。」
8ヵ月にわたり続いた裁判、遺族は法定で事故後の苦しみを訴え、加害者の刑罰は過失運転致死傷罪の最高刑、懲役7年に相当すると意見しました。
ところが男に下された判決は懲役3年でした。
検察の懲役4年の求刑に対して懲役3年の実刑判決、裁判官は不注意とは一線を画する悪質な運転として、当時の“ながらスマホ”の裁判例の中でも厳しい判決になりました。
この判決について、井口さんは次のようにおっしゃっています。
「たった3年で被告人は刑務所から出てきて、普通の生活に戻るのかというふうに思うと、正直たったの3年というふうに感じています。」
検察はこれ以上の刑は難しいとして、控訴を見送り、加害者の男は刑を全うしたいと弁護人に伝え、懲役3年の実刑が確定しました。
加害者の男は運転免許を取り消されて会社を解雇され、刑務所に収監されています。
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「スマホのこういった死亡事故とか悲惨な事故を1件でも減らせるような法改正で厳罰化と思うんですけども、そちらに向けて活動していきたいなというふうに思っています。」
昨年“ながらスマホ”の事故で37人の命が奪われました。
携帯電話が原因の交通事故は年々増加しています。
特に画面を見ながら事故を起こすケースが目立ちます。
国は道路交通法を改正して昨年12月“ながらスマホ”運転の罰則を強化しました。
反則金と違反点数がこれまでの3倍、事故を起こすなどした場合、交通の危険を生じさせた場合は一発で免許停止の可能性があります。
しかし、交通量の多い新潟市中心部、中央区の交差点を観察してみると(今年3月)、1時間に通行した1337台のクルマ(バス・タクシーは除く)のうち、“ながらスマホ”運転を13台確認しました。
JAF(日本自動車連盟)による“ながらスマホ”の実験で監修を務めた愛知工科大学の小塚一宏名誉教授はまだ危険性への認識が不足していると強調します。
「“ながらスマホ”運転をしていると、画面をまだ見たいという意識が非常に強いですね。」
「これは半ば中毒的になっているケースもあるかと思います。」
“ながらスマホ”運転撲滅に取り組む運送会社から提供された映像では、この時ドライバーはスマホでSNSを利用していたといいます。
手元と前方を交互に見ながら運転していますが衝突回避のアラームが鳴るまで前のトラックに気付かず、追突しました。
実際、携帯電話が原因の交通事故の約8割が前方への追突です。(出典:警察庁)
前を見ているから大丈夫だろうというドライバーの誤った認識が関係しています。
小塚名誉教授は次のようにおっしゃっています。
「視界に入っても脳で認識出来ないから結果的に見えていないと。」
「で、周辺の交通環境を全く見えてなくて、認識していないということから重大な事故につながっていると。」
“ながらスマホ”運転の危険性を認識させて、抑止につなげようという取り組みが始まっています。
大阪香里自動車教習所で開かれている職業運転手を対象にした体験講習では、“ながらスマホ”運転しているドライバーが指導員の合図でブレーキを踏み、クルマの停止距離を測定します。
スマホを見ながら運転している時はクルマの停止距離が1.5倍長くなることが分かりました。
指導員は次のようにおっしゃっています。
「他の事に気を取られていると急ブレーキが踏めなくなるんですね。」
またこの講習を受けた介護関係に勤務する男性は次のようにおっしゃっています。
「前の情報というのが一応気にはかけるんですけど、やっぱり全く分からなくなってしまうので、運転の時は運転に集中しないと危ないなというのが分かりましたね。」
この講習は企業からの依頼で年間20件ほどあり、増加傾向にあるといいます。
こちらの教習所の岸良昭さんは次のようにおっしゃっています。
「(“ながらスマホ”運転に対する)今の社会的反響が大きいですから、その中で自分の企業の名前が出ること自体を嫌がりますよね。」
「それとまた社員を守るという観点から(講習の依頼をし、)やってる(講習を受けている)んじゃないでしょうかね。」
井口さんは“ながらスマホ”運転の事故で妻の百合子さんを亡くしました。
昨年9月、一周忌を迎え、警察の協力を得て事故が起きた新潟県南魚沼市現場へ遺族とともに行きました。
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「本当にもう1年経ってしまったのかなっていう気持ちでいますし、本当に亡くなったのかというのが自分の中でも整理が付いていないような状態で・・・」
“ながらスマホ”運転の撲滅に向けた活動を進めたいと思う一方、妻の死を受け入れられない苦しみを抱えていました。
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「この一緒に暮らした家にいるとやっぱりどうしても妻のことをいろんな思い出を思い出してしまうので今までのようには生活出来なくなっていますし、・・・」
井口さんは加害者が勤めていた会社の上司を自宅に呼びました。
判決後も加害者からの謝罪がないことや生活の苦しさを伝えると、今後は弁護士とやり取りをして欲しいと言われたといいます。
井口さんは次のようにおっしゃっています。
「(加害者の元上司は)何も悪いと思っている雰囲気じゃないし、精神的にも肉体的にも疲れ切って、どうやって生きて行けばいいんだろうっていう感じです。」
償いのかたちが見えないまま、事故の光景と妻の面影が残る場所で生活を続けていくことは難しいと感じていました。
今年3月、井口さんは亡き妻と暮らしていた実家を離れ、新潟市で独り暮らしを始めました。
仕事も辞め、生活の見通しが立たない中、自分の居場所を模索しています。
番組の最後に井口さんは次のようにおっしゃっています。
「同じような経験を味わうような人が本当、一人でも減ってもらえればなというふうに思っています。」
「苦しむのは被害者、加害者、両方とも苦しむことになるので、“ながらスマホ”は止めてもらいたいなというふうに思っています。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
以下に番組の内容を整理してみました。
・“ながらスマホ”運転による衝突事故で、井口さんは妻の百合子さんを即死で亡くした
・加害者の男は当初、嘘の供述をしていたが、警察がクルマのドライブレコーダーの映像を調べた結果、“ながらスマホ”運転をしていた事実が判明した
・井口さんは事故のショックから自宅に引きこもるようになっており、点滴とカウンセリングが欠かせないと状態という
・8ヵ月にわたり続いた裁判で遺族は法定で事故後の苦しみを訴え、加害者の刑罰は過失運転致死傷罪の最高刑、懲役7年に相当すると意見した
・しかし加害者の男には懲役3年の実刑が確定した
・加害者の男は運転免許を取り消されて会社を解雇され、刑務所に収監されている
・昨年“ながらスマホ”の事故で37人の命が奪われ、携帯電話が原因の交通事故は年々増加している
・国は道路交通法を改正して昨年12月“ながらスマホ”運転の罰則を強化した
・反則金と違反点数がこれまでの3倍、事故を起こすなどした場合、交通の危険を生じさせた場合は一発で免許停止の可能性がある
・“ながらスマホ”運転の危険性を認識させて、抑止につなげようという取り組みが自動車教習所で始まっている
・今年3月、井口さんは亡き妻と暮らしていた実家を離れ、新潟市で独り暮らしを始めた
・仕事も辞め、生活の見通しが立たない中、自分の居場所を模索している
・井口さんは「(自分と)同じような経験を味わうような人が一人でも減ってもらえれば」、また「被害者、加害者、両方とも苦しむことになるので、“ながらスマホ”は止めてもらいたい」とおっしゃっている
以上、番組の内容をざっと整理してみました。
番組を通して、あらためて“ながらスマホ”に限らず、わき見や居眠りなどの危険運転による死亡事故の悲惨さを思い知らされました。
井口さんのおっしゃるように、こうした死亡事故のみならず交通事故による障害は、被害者本人のみならず周りの家族や友人の心まで傷つけて苦しみを与え続けることになるのです。
更に井口さんのように自宅に引きこもるようになって、点滴とカウンセリングが欠かせなくなり、更に職まで失うという、人生を大きく狂わす状態まで追い込んでしまう結果をもたらしてしまうのです。
同様に、加害者側においても、当然のことながら運転免許を取り消されて会社を解雇され、刑務所に収監されていることになってしまうのです。
こうしたことは、当然加害者家族の生活にも大きな影響を与えることになります。
ですから、こうした状況を起こさせないためには、“ながらスマホ”に限らず、危険運転による交通事故のリスク対応策が必要なのです。
そこで、以下に思い浮かんだリスク対応策をまとめてみました。
・運転免許教習所の講習や運転免許更新時に、“ながらスマホ”などの危険運転のもたらす悲惨な事故について十分な授業を行う
・精度の高い衝突防止装置の標準装備の法令化
・“ながらスマホ”運転事故の加害者の刑罰において、懲役刑を現行よりも重くする
・自動運転車の早期の開発、および普及
それにしても、今回ご紹介した“ながらスマホ”運転による死亡事故での加害者の男の刑が懲役3年というのは、人の命が軽く評価され、あまりにも短すぎると思います。
また、井口さんのように、妻を失った苦しみから長い間抜け出せないでいる状況は“ながらスマホ”のような危険運転による事故の罪深さを痛感します。
こうした加害者にとって軽い刑罰制度も“ながらスマホ”運転の抑止効果を弱めているように思えます。