2020年05月07日
アイデアよもやま話 No.4636 いよいよiPS細胞による再生医療が大きく前進!

iPS細胞については、これまでアイデアよもやま話 No.2267 京大山中教授のノーベル賞受賞で加速する再生医療!アイデアよもやま話 No.4153 注目すべきiPS細胞の実用化研究!などで何度となくお伝えしてきました。

そうした中、2月2日(日)放送の「情熱大陸」(TBSテレビ)でiPS細胞が切り開く再生医療の未来について取り上げていたのでご紹介します。 

 

科学の力は遠かった夢を次々に実現してきました。

医療の最先端も例外ではありません。

心臓血管外科医で大阪大学医学部の澤 芳樹教授(64歳)が臨んだ手術は外科医という肩書からは想像しにくいものでした。

患者は重度の虚血性心筋症、心筋の血管が詰まり、壊死しかけています。

従来なら人工心臓に頼るか、移植を待つか、そのいずれかでした。

ところが、この手術で医師たちはスプレーと呼ばれる器具の準備を始めました。

まず充てんするのは、様々な細胞に変化出来る幹細胞を含む特殊な液体、続けて医療用の糊、2つの液体を同時に患部に吹きかけます。

患部に付着させた幹細胞は、そこで新たな毛細血管をかたちづくり、血流を蘇らせるといいます。

いわゆる再生医療の一つです。

メスを振るうことなく手術終了です。

 

心臓における手術のパイオニアは1月27日にも世の中を驚かせる記者会見を行いました。

そこで澤教授は次のようにおっしゃっています。

「iPS細胞由来心筋細胞シート、3.3掛ける10の7乗個のシートを3枚、合計1億個を心臓表面に移植させていただきました。」

「助けられない命というのを沢山診て来ていますので、一人でも多くの人が助かるような医療技術になって欲しいなというのが期待でございます。」

 

あのiPS細胞からなんと心臓と同じように自ら拍動する心筋細胞を作り出し、それを患者の心臓に移植したのです。

無論、世界で初めての試みです。

 

ここまでの道のりは長いでした。

iPS細胞の生みの親、京都大学iPS細胞研究所の山中 伸弥所長との共同研究に10年余りを費やしました。

山中所長は次のようにおっしゃっています。

「(再生医療の)経験であったり、今までのいろんなノウハウというのは他のドクターにはないですから非常に力強い。」

 

また澤教授は次のようにおっしゃっています。

「究極には、本当に心臓病というのは怖い病気ではないと。」

「心臓病では死なないっていうぐらいにいってくれると本当に嬉しいですけどね。」

 

私たちの未来を変える再生医療、その最前線で澤教授は「夢は適えてこそ意味がある」とおっしゃっています。

 

かつて、心筋症の手術では心臓移植や人工心臓に頼るしか道はありませんでした。

しかし、澤教授が編み出したのは全く違うアプローチでした。

手術は2回、1回目はなぜか5gほどの太腿の筋肉を切り出すまでです。

このわずかな筋肉が再生医療の要です。

太腿の骨格筋を形成する細胞は心筋によく似た性質を備えています。

2ヵ月ほど培養してシート状にしたものを心臓に張り付ければ、心機能が回復するのではないかと考えたのです。

澤教授は次のようにおっしゃっています。

「足の筋肉の細胞と心臓の細胞が非常にキャラクターが似ていますので、少なからず他の細胞よりも強い影響を与えるだろうと仮説を考えて、そこから始めたんですね。」

 

骨格筋細胞にいくつかの薬品を加え、直径5cmほどの心筋細胞シートを開発、それが2007年のことでした。

こうして画期的な再生医療の手法が開けました。

 

2回目の手術は、心筋細胞シートを心臓の患部の表面に張り付けるだけ、患者の負担も軽いのです。

心臓に張り付けられたシートからは筋肉を収縮するタンパク質が分泌されます。

やがて心筋細胞が再生すると、本来の心機能が戻ってくるのです。

澤教授は次のようにおっしゃっています。

「サイエンスは裏切らない。」

「サイエンスで証明したことを積み重ねていくことが今日まで来れたのかな。」

 

澤教授は臨床の現場に立ちながら、絶えず科学の可能性を模索すること、それを己の使命としてきました。

inochi学生プロジェクトのメンバーとのミーティングの席で澤教授は次のようにおっしゃっています。

「僕がいつも言っているんだけども、縫うだけの外科医は“お針子さん”。」

「で、やっぱり“アカデミックサージャン(研究する外科医)”でないと。」

「(患者さんは)一人ひとり違うのね。」

「だからテーラーメイドなのね、基本は。」

「テーラーメイドでやっていたら、じゃあ「この人には手術出来ない」とか、そんなこと許されないので、どれだけ自分たちがやれる手術の技能の幅を大きくするか、出来るだけ誰をも助けられるようにしようと思ったら当然の努力。」

 

1974年、澤教授は内科医だった祖父に憧れて大阪大学医学部に入学しました。

心臓外科を選んだ理由は、体力に自信があったからだといいます。

大きな転機は、34歳の時の3年間のドイツ留学でした。

ノーベル賞受賞者を30人以上も輩出してきたマックスプランク研究所です。

外科医にも研究が必要なのだと痛感しました。

 

心筋細胞に没頭していた2008年、澤教授は山中所長の研究しているiPS細胞に注目し、共同研究を申し出ました。

澤教授は、山中所長が中心となり京都大学でつくられているiPS細胞の提供を受けることになりました。

太腿の筋肉ではなく、iPS細胞から心筋細胞シートが作れれば、再生医療は更に進化するのです。

このiPS細胞が未来を一気に引き寄せました。

iPS細胞は人間の様々な組織や臓器を細胞に成り代わり、無限に増殖する性質を秘めています。

澤教授はiPS細胞に数種類のタンパク質を注入して、心筋細胞に変化させる方法を見つけ出しました。

試行錯誤の末に生まれた心筋細胞シートは、驚くべきことにそれ自体が拍動する特性を備えていました。

澤教授は次のようにおっしゃっています。

「フラットな表面上で培養するのか、立体的に培養するのかですね。」

「結局、我々は「かく拌培養」という、かき混ぜながら常に浮遊させながら培養したんですけど、その温度調整とか酸素供給とか、かき回すための羽根のかたち一つも微妙な影響を与えるので、夏と冬で外気温が多少違うことも影響したりとかですね。」

 

しかし、問題はその安全性でした。

澤教授のチームは動物実験を繰り返しました。

培養の過程でがん化する可能性があるiPS細胞、そのリスクをどうしたら取り除けるか、iPS細胞を心筋細胞に変化させる時、抗がん剤を活用することでようやく治験への目途が立ちました。

それが2年前の2018年5月、iPS細胞からつくった心筋シートを人に移植する手術が厚生労働省から承認されました。

朗報を聞いて澤教授を訪ねて来た山中所長は次のようにおっしゃっています。

「承認されて本当によかったと思います。」

「もう10年前から澤先生とずっと共同研究でやってきましたので、非常に大きなステップですから、増々期待が高まったというか。」

 

世界に先駆ける新しい手術、チームはこの時から準備を開始し、手術を受けてくれる患者の選定に入りました。

 

再生医療のエキスパート、澤教授には海外で開かれる学会からも声がかかります。

今回の出張先は、留学中に再生医療の可能性に気付かされたドイツのマックスフランク研究所でした。

こちらのある研究者は次のようにおっしゃっています。

「心不全は心臓移植か人工心臓しか治療法がない。」

「だから澤教授の研究は非常に重要です。」

「澤教授の研究を他の医師に診せたら、非常に驚いていましたよ。」

 

2020年1月、ついにiPS細胞による心筋細胞シートの移植手術が行われました。

用意されたシートは3枚、重症の心不全患者に合わせてざっと1億個の心筋細胞が移植されました。

1月27日、患者の容態安定を見届けたうえで開かれた記者会見で澤教授は次のようにおっしゃっています。

「良い悪いというのは表現出来ませんが、ICU(集中治療室)から退室、本日一般病室に戻られたという状況でございます。」

「1人でも多くの人が助かるような医療技術になって欲しいなというのは期待でございます。」

「この期待はずっと思って、今日までも、そしてこれからも研究を続けていく一番のモチベーションですね。」

 

世界初の移植手術だけに、記者からは次のような質問がありました。

「iPS細胞の安全性については、未だにいろいろ遺伝子の変異(がん化)であったりとか、議論があるのかなと思っているんですけども。」

 

この質問に対して、澤教授は次のように答えております。

「まだ議論があると言っていますが、スタート時点であった議論を克服したが故に人に投与している。」

「そんないい加減なレベルで我々投与していませんので、そうしたら議論がある中でとおっしゃる議論は何なんですかというのが私の質問なんです。」

「質問したいですけど。」

 

「サイエンスが積み重ねて、積み重ねた結果として、みんなのチームの結晶としてここに来ている。」

「それをどんなふうに次のステップにつないでいくのかは使命感ですよね、とご理解いただきたいと思います。」

 

澤教授はどこまでも毅然としていました。

人の命を預かって未知の冒険は出来ない、確信を胸に澤教授は新たな扉を開けたのです。

 

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

 

アイデアよもやま話 No.2200 iPS細胞の実用化前夜!でもお伝えしたように、かつて山中所長はiPS細胞を使用した再生医療の実用化の際のリスクとしてiPS細胞の“がん化”を心配されておりましたが、番組を通して抗がん剤を活用することで解決出来ることが分かりました。

このリスク解決策はiPS細胞の実用化に向けてとても大きい功績だと思います。

同時に今年1月、iPS細胞による心筋細胞シートの移植手術が行われ、成功を収めたという事実も今後の再生医療の発展に向けた大きな一歩だと思います。

また、iPS細胞による心筋細胞シートの移植手術は従来の心臓移植や人工心臓とは手術のプロセスが根本的に異なり、患者や医師への負荷も大いに軽減出来ます。

ですから、まさしくiPS細胞による医療革命とも言えます。

 

なお、澤教授は「夢は適えてこそ意味がある」とおっしゃっています。

この言葉は、夢を持っている人たちにとても厳しい生き方を求めているように思えますが、多くの高いハードルを乗り越えた末に夢は適えてこそその醍醐味を味わうことが出来ると思うのです。


 
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