2020年03月29日
No.4602 ちょっと一休み その714 『盛田昭夫の金言!』

昨年10月5日(土)放送の「あの人に会いたい アンコール」(NHK総合テレビ)で元ソニー会長の盛田昭夫について取り上げていました。

そこで、番組を通して盛田昭夫の金言を中心に紹介します。

 

ソニーの創業者、盛田昭夫(1990年 78歳没)はミスタージャパンとも呼ばれる国際的な経済人でした。

1921年、盛田昭夫は江戸時代から続いた造り酒屋の長男として生まれました。

子どもの頃から電気に興味を持った盛田昭夫は大阪帝国大学の理学部に進学、海軍の技術研究所に勤めます。

そこで生涯のパートナー、井深大に出会います。

戦後20人ほどで始めた町工場を井深大とともに世界的な企業、ソニーへと育て上げました。

 

盛田昭夫は番組の中で次のようにおっしゃっています。

「よくアメリカやヨーロッパの人が「お前、アメリカの発明を使ってそれでモノを作って攻めてくるのはけしからん」と怒るんですね。」」

「私は、そうじゃないと。」

「科学とか学問なら発明をするということは非常に大事なんですけども、私はビジネスマンですと。」

「発明とか技術だけではビジネスは成り立ちませんと。」

「やっぱりその技術を使ってどういう製品を作るか、それをどうしてみんなが良いモノを安く使えるように作るか、そのプロダクトプランニング(製品計画)とプロダクション(製造)というところにもう1つ、発明が要るんですと。」

「それで、今度は出来ても、それを売りに行きますと、新しいモノって、大体世の中の人は分かんないから買ってくれないんですね。」

「ですから、これをマーケティングする、売り広めるには非常に新しい発明、創造的マーケティングが要るんですね。」

 

「トランジスターラジオの時に、アメリカの会社の方が実は私のところより4ヵ月くらい早く作ったんです。」

「で、私は、世界最初って言われますけど、実は二番目なんです。」

「ところが、その時私はセールスマンでアメリカに売りに行ったんです。」

「あっちも売り始めたわけですね。」

「そしたら、その頃アメリカではハイファイという真空管の大きなスピーカーのラジオが流行り始めて、なんでそんな小さなおもちゃみたいなラジオを買うかというんですね。」

「その時にアメリカの会社は、これは売れないと思って、それで止めてしまったんですね。」

「私はみんなと相談して、いや、これは売り方を考えなきゃいけない。」

「ニューヨークに20ものラジオ局があるのに、そんなでっかいラジオで家中に鳴っていたら、せっかくラジオがあるのに一つしか聴けないじゃないですか。」

「20局あったらみんな一人ひとりが自分のラジオを持って、自分の好きなプログラム(番組)を聴いた方がいいでしょ。」

「ラジオというのは個人で持つものだという考え方で売ろうじゃないかと思って一生懸命売ったわけです。」

「ですから、売り方にも一つの発明があるわけですね。」

「だからアメリカやヨーロッパの人が、俺の発明使ってすぐ攻めてくると言うけど、そうじゃないと。」

「日本の産業というのはやはりモノのプロダクトプランニングとその売り方というところにも発明するのと同じくらい努力しているんですよ。」

「だから、あなた方も日本に来るならそれだけの努力をして下さいよと言うんですけど、アメリカだってちゃんと努力している会社はあるんで、そういう会社は日本でもちゃんとやっているんですね。」

「だけどまあ、日本人というのは一生懸命苦労してきたんですから、ここまで。」

「しかし、まあ、あんまり苦労して自分の努力に集中するあまり、今度は相手の迷惑もちょっと考えないといかんわけですからね。」

「まあ、そこら辺のところで日本の産業もビジネスマンもちょっと大人にならなきゃいけない時に来てるんですね。」

 

「我々は新しいものをしょっちゅう考えているわけですから、そういうヒントっていうのはどこで出てくるか分からないんですね。」

「いろんな発明をした人が風呂の中で考えたり、寝てて考えたりするわけですけども、しかし一番大事なことは、私はうち(ソニー)の連中に言うんですけどね、好奇心を失わないことだと思うんですね。」

「私は好奇心の塊ですから、いつでも「あれは何だ、これは何だ」と(聞きます)。」

「子どもはね、「何、何とか、なぜ、なぜ」と言いますわね。」

「だんだん大人になるに従って当たり前になっちゃうわけね。」

「(物事を)当たり前に思うようになったらおしまいなんですね。」

「我々はやっぱり好奇心を無くさないようにすることが一番大事だと私は思っています。」

 

1980年代の日米貿易摩擦のさ中、盛田昭夫は国際社会での日本のあり方を訴えます。

相手を理解しつつ、自らも主張する姿勢、企業に必要な独創性など、数多くの提言を残しました。

 

夢を持ち続け、人を真似るのではなく、自分自身で発見し、創造する、盛田昭夫のベンチャー精神は今も息づいています。

 

以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。

 

今回お伝えしたい盛田昭夫の金言は以下の2つです。

 

「日本の産業というのはプロダクトプランニングとその売り方というところにも発明するのと同じくらい努力しているんですよ。」

 

「我々はやっぱり好奇心を無くさないようにすることが一番大事だと私は思っています。」

 

なお、好奇心の重要性については、私もこれまでNo.56 好奇心が大切!No.3924 ちょっと一休み その631 好奇心 感動 目標 アイデア 実行 達成!』などで何度となくお伝えしてきました。

 

ちなみに、先日、以前録画しておいた映画「陽はまた昇る」(2002年)を遅ればせながら観ました。

そのあらすじは、ざっと以下の通りです。

1970年代前半、それまで右肩上がりだった日本経済が初めてマイナス成長に陥った。そんな中、家電メーカー業界8位、日本ビクターの本社開発部門に勤める、あと数年で定年を迎える開発技師、加賀谷静男が事業部長として赤字続きの非採算部門である横浜工場ビデオ事業部への異動と大幅な人員整理の厳命が下る。だが、人材こそ何よりの財産と考える加賀谷は、ひとりの解雇も出さないために極秘のプロジェクト・チームを結成。本社に悟られぬようにしながら、家庭用VTRVHSの開発に着手する。ところが数年後、家電メーカーの雄・ソニーがベータマックスを発表。足踏み状態の続くビデオ事業部は崖っぷちに立たされるが、それでも彼らはVHSに夢と希望を託し、開発を続けた。そして、遂にベータマックスを超える、録画が可能な試作機が完成する。しかし、その時既にベータマックスは国内規格として採用されようとしていた。このままでは、自分たちの努力が水泡に帰してしまう。そこで加賀谷は大阪へ向かい、親会社である松下電器相談役・松下幸之助にVHS方式の採用を直訴。果たして、加賀谷の願いは聞き入れられ、その結果、ひとりの解雇者も出さずにVHS方式のプレイヤーの販売にこぎ着けることに成功するのだった。

 

さて、録画方式の規格統一に向けて、他の多くのメーカーがソニーのベータマックス方式に参加する意向を示している中、どうして松下幸之助がVHS方式の採用を決断したのか、その最大の理由は録画時間の両者の差だった。録画時間はベータマックス方式が1時間、それに対してVHS方式は倍の2時間だったのだ。そのきっかけを与えてくれたのは、横浜工場ビデオ事業部所属で、リストラの結果、慣れない営業に回された一人の技術者からの提言だった。この技術者は営業に出向いて、いろいろなお客から録画時間は短くても2時間は欲しいという声を聞いていたのだ。このことをプロジェクトチームに伝え、急きょ設計要件に加えられた。この録画時間2時間の壁はとても高く、チームのメンバーは寝る間を惜しんで試作機完成まで頑張り抜いた。

 

さて、この映画は日本ビクターの視点から作られていますが、私はこの映画を観て、すぐに今回ご紹介しているテレビ番組「あの人に会いたい アンコール」を思い出しました。

盛田昭夫はプロダクトプランニングや売り方も発明とおっしゃっていますが、残念ながらビデオレコーダーの開発におけるソニーのプロダクトプランニングは失敗だったと思います。

ユーザーの立場から考えれば、放映される映画や一部の特集番組などは大体2時間ほどの時間枠です。

ですから、これらの番組を録画出来るかどうかはビデオレコーダー購入条件としてとても重要なのです。

もし、ソニーがベータマックス方式のビデオレコーダーの開発時に、お客の潜在的な要望もしっかりと把握し、あるいは開発陣のメンバーが好奇心を持って自らいろいろな使い方を試行していれば、設計要件を録画時間は少なくとも2時間以上と設定し、ビデオレコーダーの規格はベータマックス方式ですんなりと統一されていたのです。

 

今や、あらゆる製品やサービスのグローバル化が進んでいます。

ですから、どんなに優れた商品やサービスでもグローバル化を考慮した販売方法を発見しなければ大きな売り上げには結びつかないのです。

そういう意味で、盛田昭夫の指摘しているように、プロダクトプランニングや売り方も発明だという意識を持つことはとても重要なのです。

 

ちなみに、ソニーはその後、1979年に発売した小型の再生専用音楽プレーヤー「ウォークマン」を世界的に大ヒットさせましたが、この商品に関してはプロダクトプランニングにおいても売り方においても大成功した大変な発明だったと思います。

 

さて、今やネット社会が完全に根付いています。

同時にAIやロボット、あるいはIoTなどの技術も日進月歩で進化し続けています。

それでもやはり、こうした技術の発明だけでなく、プロダクトプランニングや売り方の発明に対する認識を持ち続けることの重要性は変わらないと思うのです。


 
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