2020年02月01日
プロジェクト管理と日常生活 No.626 『「連続ドラマW 頭取 野崎修平」に見る銀行の標準マニュアルの一つのあり方』

「連続ドラマW 頭取 野崎修平」(WOWOWプライム)は前作「連続ドラマW 監査役 野崎修平」の続編で、実質的につぶれたあおぞら銀行を復活させるべく頭取に抜擢された主人公、野崎修平の物語です。

1月19日(日)放送の第1話をとても興味深く観ました。

今回は、この中から銀行の標準マニュアルの一つのあり方としてとても参考になると思われる場面についてご紹介します。

 

野崎頭取は国有化から3年で未だ再生の兆しが見えないあおぞら銀行を復活させる手段の一つとして、融資先の評価基準に「夢や地域社会に対する貢献」を加えるべく、融資部の上司にもずけずけ物申す、気骨のありそうな行員、石原俊之に新たな評価基準の作成を命じます。

以下はその時の二人のやり取りです。

(野崎頭取)

「夢や地域社会に対する貢献、これを評価出来る基準をあなたに作って欲しいんです。」

(石原行員)

「そんなのは無理です。」

(野崎頭取)

「どうしてですか?」

(石原行員)

「夢や地域貢献なんて、いくらでも作文出来ます。」

「担保や実績の裏付けが大切なんです。」

(野崎頭取)

「担保や実績ね。」

(石原行員)

「担保がなければ、不測の事態に回収が出来ないし、実績がなければその事業を遂行出来るのかどうかわかりません。」

(野崎頭取)

「バブル期の案件も担保は取っていました。」

「でも債権の多くは回収出来なかった。」

「なぜです?」

(石原行員)

「それは、担保が水増しされたり、土地や株価がかつてないほど下落したり。」

「だけど、あれは異常な時期でした。」

(野崎頭取)

「私が言いたいのは、担保は所詮気休めだということです。」

「融資において大切なのは、事業の将来性であり、それを実行する経営者の強い意思と責任感の見極めです。」

「担保は飽くまでも副次的な要素です。」

「銀行員が、やれ担保だ、実績だと言うのは言い訳のためです。」

(石原行員)

「どういう意味ですか?」

(野崎頭取)

「倒産したのは私のせいじゃありません。」

「ご安心下さい、担保はきっちり取ってありますってね。」

「銀行員の審査能力と責任の放棄なんです。」

「石原君、新しい基準を作って下さい。」

「やる気はあるが、資金がない企業に融資出来る基準です。」

「その先駆けとなるのが(融資先として融資本部で却下された)あの天沢建設なんです。」

「夢を実現するための基準、これを作って下さい。」

 

しかし、現行の評価基準という既成観念に意識が縛られている融資部の行員、石原は野崎頭取の真意を理解出来ず、別な銀行に勤める友人からその銀行の融資先スコアリングシートを見せてもらい、ほとんどそのままの内容で野崎頭取に報告します。

以下は石原行員が野崎頭取に報告書を提出した時の二人のやり取りです。

(野崎頭取)

「これがあなたが考えた夢の基準ですか?」

(石原行員)

「はい、そうですが。」

「私は夢という漠然としたものを定量化するよりも、多くの中小企業に融資をすることがひいては夢を実現する会社を多く生み出すことになると思い、この案を。」

(野崎頭取)

「違う、これは機械的に安全に融資を増やすことしか考えていない。」

「ここには起業家や会社が夢を持って実現しようとしている事業に対する評価が何一つ考慮されていない。」

「しかも内容もxx銀行のスコアリングシートと何ら変わらない。」

「私は怒っています。」

「xx銀行の猿真似をした以上に、あなたが取引先のことを何も考えなかったということに腹が立つ。」

「夢や信念、社長のやる気、地域貢献、本来銀行は評価しなきゃならないが評価しにくい、それを客観的に評価する方法をあなたに託したんです。」

「あなたはその期待を裏切った。」

「私はそれが一番腹立たしいし、情けない。」

「もう一度考え直して下さい。」

「あと2週間あげます。」

(石原行員)

「はい、申し訳ありませんでした。」

 

その後、融資部の石原行員は天沢建設の社長に話を伺うために訪問しました。

そして、あらためて自分の考えを「中小企業向け新融資基準」としてまとめて再度野崎頭取に報告するくだりの二人のやり取りは以下の通りです。

(石原行員)

「(たった白紙1枚の報告書を手に、)これが中小企業の夢とやる気、志を評価する当行の新しい基準です。」

(野崎頭取)

「白紙、説明して下さい。」

(石原行員)

「はい、天沢建設の社長に話を聴いてきました。」

「他にも中小企業に訪ねて現場を見てきました。」

「それで分かったんです。」

「中小企業は夢も能力も千差万別です。」

「それを一定のレベルの基準に押し込めて審査するのは不可能です。」

「ですから、それを支店担当者の熱意で測ろうと思います。」

「企業や事業に熱い想いがあれば、それは必ずや担当者に伝わるはずです。」

「いや、担当者にその熱意が伝わっていないのなら融資自体出来るはずもありません。」

「融資する会社と担当者の熱意、そして将来性を審査する審査のプロ、このシステムを構築すれば、中小企業の夢を実現することが出来ます。」

「担当者と融資先が一緒になって夢を描くんです。」

(野崎頭取)

「いいでしょ。石原君、宿題の答えは合格です。」

「全力を尽くして下さい。」

 

以下は石原行員が会議室を退席した後の野崎頭取と同席していたそのスタッフとの会話です。

(スタッフ)

「しかし頭取、それでは統一基準にならないのでは。」

(野崎頭取)

「彼は白紙1枚を持参しました。」

「これは形式が画一的な今のシステムはダメだという問題提起です。」

(スタッフ)

「いや、ですがこれでは理論上は何にでも融資が可能になって、担当者が暴走する危険はありませんか。」

(野崎頭取)

「むしろ融資基準は厳しくなるかもしれませんよ。」

「形式が自由な方が担当者の責任は重くなる。」

「いいかげんな融資は出来なくなります。」

 

以上、ドラマの場面の一部をご紹介してきました。

 

この番組を通してまず感じたことは、銀行の使命とは何か、そして標準マニュアルはどうあるべきかということです。

どんな企業でもビジネスに取り組む上でそのための資金が必須です。

銀行は預金者からお金を預かり、そのお金を必要とする企業に融資してその利息を収入として得ることが本分だと思います。

ですから、将来有望な企業に融資して、その資金で融資先の企業が大きく育つことを見届けるのは融資担当者にとって最高のやりがいだと思うのです。

 

さて、以前から銀行は“お金に困っている時にはお金を貸してくれず、事業がうまくいっている時には貸してくれようとする”と陰口をたたかれてきました。

企業としては、資金に困っている時こそ銀行に融資して欲しいのです。

しかし、銀行業としては、貸出先の企業に担保があったり、実績があれば貸し倒れのリスク少ないので、融資をし易いのです。

一方、先進的な技術を使用した新製品開発で資金不足に陥っているベンチャー企業には担保も実績も無いので融資する上でのリスクが高いので、従来の貸し出し基準からすれば融資はしないという評価が一般的だと思います。

またベンチャー企業に限らず、既存の顧客である企業においてもバブルが弾けたりして業績が急速に落ち込んできたような場合には、銀行は融資した残金の短期回収に勤めます。

こうした従来の銀行業の悪しき融資のやり方ではベンチャー企業は育たず、既存の融資先企業からも信頼を得ることは難しいと思います。

 

こうした銀行業界の悪しき融資における基本的な考え方からの脱却を狙って、野崎頭取は夢を持って事業に取り組んでいる経営者の強い想いに寄り添って銀行の融資部門、および担当者が融資をベースに融資先の企業経営者とともにその夢の実現に向かって取り組めるような融資基準の作成を石原行員に託したのです。

その結果は白紙、すなわち担保や実績といった定量的な審査基準に頼らず、融資する会社と銀行の融資担当者の熱意、そこに将来性を審査する審査のプロが係わるようなシステムを構築することを提案し、野崎頭取は合格の判定をしたのです。

 

こうした銀行の融資基準は、結果として担保やこれまでの実績に左右されず、夢や熱意に溢れた経営者の経営する企業に優先的に融資するようになります。

ですから、優れたベンチャー企業は融資を受け易くなります。

しかし、一方で融資担当者は責任が重くなり、これまで以上に調査や分析などいろいろとやることが増えてきます。

また、担保や実績があっても現在夢や熱意に乏しい経営者の企業への融資は少なくなってきます。

しかし、こうした銀行と企業の関係はとても望ましいと思います。

 

さて、ここで思い出されるのはNo.468 ルールの少ないのが成熟した社会!でお伝えしたリッツ・カールトンホテルの取り組みです。

このホテルでは、従業員は常にサービスの基本精神が書かれている「クレド」というカード(詳細はこちらを参照)を意識しながらお客様へのサービスに取り組んでいるのです。

従業員はこのクレドに書かれていることを拠り所に自分なりの解釈、判断で常にお客様への最善のサービスを目指して接するのです。

 

野崎頭取のあおぞら銀行の復活に賭ける想いは、こうしたリッツ・カールトンホテルの基本精神が書かれている「クレド」につながると思います。

ちなみに、現実には以下の事例にもあるように、業界を問わず、リッツ・カールトンホテルの基本精神に通じる考え方でビジネスで成功を収めている企業は沢山あると思います。

 

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要は、“仏作って魂も入れる”でなければならず、“仏作って魂を入れず”ではダメなのです。

 

細かいことをあれこれ含めて分厚い標準マニュアルを作るよりも自社の本分は何かを明確にし、その目指す方向に沿って各従業員があれこれ自分で考えて自発的に行動するための標準マニュアルを目指すべきなのです。

 

勿論、一方では完全に定型化された業務においては詳細にプロセスが記述された標準マニュアルも必要です。

しかし、こうした定型業務はいずれAIやロボットに置き換わっていくと思われます。


 
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