1月19日(土)放送の「NHKスペシャル」(NHK総合テレビ)のテーマは「アメリカvs.中国 “未来の覇権”争いが始まった」でした。
そこで、この覇権争いについて3回にわたってご紹介します。
1回目は、アメリカとの技術覇権争いについてです。
今、日本に中国のハイテク技術が急速に押し寄せています。
タクシーに搭載されているのは中国のAI、人工知能です。
クルマから送られてくる日本の膨大な交通データ、それを収集しているのが中国の巨大企業です。
世界430都市で5億人を超えるデータを収集、AIで都市全体をコントロールするプロジェクトを進めています。
中国のIT企業幹部は次のようにおっしゃっています。
「我々のAIとビッグデータで全世界の交通を変えたい。」
また、ファーウェイの「5G」PRビデオでは次のように伝えています。
「5Gは全ての業界に革命を起こす。」
次世代通信「5G」やAIを使った自動運転など、私たちの未来を大きく変える技術で躍進する中国は、これまで巨大IT企業を擁するアメリカが握って来た“ハイテク覇権“を揺るがし始めています。
中国の技術革新が進めば、やがてドルによる“金融覇権”、更には“軍事覇権”も脅かしかねないとアメリカは危機感を強めています。
アメリカ国防総省のマイケル・ブラウンさんは次のようにおっしゃっています。
「アメリカの技術的優位性は将来失われるかもしれません。」
中国の急速な発展の裏には“技術の盗用”があるとしてアメリカは取り締まりを強化しています。
覇権を握るアメリカと台頭する中国の対立は深まっています。
米中の狭間で日本も選択を迫られています。
国際政治学者のイアン・ブレマーさんは次のようにおっしゃっています。
「中国の力が増す中で、米中どちらかを選ぶのか突き付けられれば、日本は厳しい状況に追い込まれるでしょう。」
これは世界を二分する未来の覇権争いの始まりなのです。
番組は、アメリカと中国による攻防の最前線を追いました。
中国のハイテク企業が集積する巨大都市、深圳、ここで急成長を遂げ、世界の注目を集めている企業がNHKの取材に応じました。
自動運転の技術を開発しているROADSTAR.AIです。
クルマに搭載されたカメラやセンサーで外部の情報を収集し、AIがそれらの情報を分析し、クルマを動かしていきます。
実証実験の関係者は次のようにおっしゃっています。
「150m離れていても信号を識別出来ます。」
人に代わってハンドルやブレーキを操作するレベル4の技術をわずか1年で実現しました。
先行して来たグーグルやテスラを凌ぐ開発のスピードです。
創業者の1人、AIの開発を行う衡 量CEOは、レベル4を実現出来たのはクルマや人を高い精度で認識する独自のAIを開発したからだといいます。
「私たちのAI技術は世界最先端です。」
「自動運転車の見る世界は人間の見る世界とは異なるのです。」
「来年には世界のトップの企業と肩を並べたい。」
「目標は世界一です。」
これまで自動運転の開発をリードしてきたのは、グーグルやウーバーなどアメリカの巨大IT企業です。
昨年12月、グーグルのグループ会社が自動運転をいち早く実用化、配車サービスを始めました。
シリコンバレーを中心にカリフォルニア州では、ここに開発拠点を置く中国企業など60社以上が熾烈な競争を繰り広げています。
自動運転は従来の産業構造を一変させるハイテク技術です。
これまでクルマを作るメーカーがトップに君臨してきた自動車産業ですが、自動運転の時代が到来すれば、クルマの頭脳となるAIの技術を握った企業が優位に立ちます。
世界の名だたる自動車メーカーにAIを供給し、巨額の利益を得ることが出来ます。
しかも、それぞれのAIから膨大なデータを収集することも出来ます。
これが次世代の“ハイテク覇権”の姿です。
なぜ中国企業は驚異的なスピードでアメリカに迫ることが出来たのか、取材を進めるとその急成長の秘密が分かってきました。
わずか1年でレベル4に到達したROADSTAR.AIですが、開発の中核を担っていたのはアップルなどのIT企業で最先端の技術を学んできた若者たちでした。
アップルの元技術者は次のようにおっしゃっています。
「秘密保持契約で詳しくは言えませんが、前の会社で1、2年前にやったレベルのことに今取り組んでいます。」
「レーザーや画像を扱う技術は今の会社でも応用出来ています。」
海外の企業や大学で知識や技術を身に付けて帰国する人材は“海亀(ハイグェイ)”と呼ばれています。
衡CEOもテスラやグーグルで自動運転の技術を開発していた“海亀”の一人です。
衡CEOは、自分たちの技術は全て独自のものだと言います。
「(企業のノウハウや技術などを応用することに、以前勤めていた企業は怒らないかという問いに対して、)知的財産に係わるものを直接持ち出してはいません。」
「私たちが開発しているものは全て新しい技術です。」
「前にいた会社の技術を直接使うことは出来ません。」
「そこで得た経験は生かしていますけどね。」
取材の日、政府系の投資会社が訪れましたが、中国政府は起業した“海亀”たちに手厚い支援を行っています。
投資会社はこの企業のAIの技術に注目し、会社の発展に期待しているといいます。
中国政府は今ハイテク技術を成長の柱に据えた国家戦略を打ち出しています。
習近平国家主席は、人民大会堂で次のように演説されております。
「中国人民は不可能を可能にした。」
「豊かで強くなった我々は新たな一歩を踏み出した。」
【中国製造2025】、今後30年(建国100年を迎える2049年)を見据えて、AIや5Gなどの技術でアメリカに並び、世界トップとなることを最終目標としています。(詳細はこちらを参照)
この戦略を支える人材が“海亀”です。
中国政府は“海亀”が帰国後に起業する資金を補助するなど、手厚く支えてきました。
その数はこの5年間で200万人を超えています。
国の研究機関でハイテク技術の開発を推進してきた中国科学院自動化研究所の王 飛躍さんは、“海亀”こそが中国の成長を支える原動力だといいます。
そして次のようにおっしゃっています。
「海外で経験を積んだ“海亀”たちは中国の人たちのいい手本になっています。」
「彼らの学んだ通りにやれば、短期間で無駄なく目標を達成出来ます。」
「“海亀”は中国にとって非常に重要な役割を果たしているのです。」
中国のハイテク技術の波は、今日本でも押し寄せています。
大阪で10社以上のタクシー会社に広がっているAIを使った配車サービス、中国のIT企業、滴滴(ディーディー)が開発した最先端のAIがスマホを使った利用者と1万台近いクルマを瞬時にマッチングします。
このサービスを利用している、あるタクシー運転手は次のようにおっしゃっています。
「待ち時間が減って効率がよくなりますね。」
中国の滴滴本社の担当者が利用実績の確認に訪れました。
そして、そのサービスを利用しているタクシー会社の担当者に次のように説明しています。
「(クルマの需要は)梅田と難波に分かれている。」
「特に深夜はこの2つのエリアに集まっている。」
乗客の利用傾向やクルマの移動情報を独自に開発したAIで分析しており、近く東京にも進出する計画です。
収集した膨大なデータは、中国の北京にある滴滴の本社に集積されています。
滴滴は創業7年で世界トップを走るアメリカのウーバーに肩を並べました。
430の都市を走るタクシーなどのクルマから情報を一手に集めています。
町中を走る車から送られていたのはリアルタイムの位置情報です。
利用者は5億人以上、1日3000万件の乗車データを処理し続けるAIは独自の進化を遂げています。
時間や場所、雨などの気象データを分析し、利用者の動きを予測、クルマが足りないことを示す赤いエリアに自動でクルマを誘導しています。
滴滴の張 博CTOは次のようにおっしゃっています。
「私たちが把握しているのは、今この瞬間のことだけではありません。」
「15分後の未来のことまで予測出来るのです。」
更に滴滴はAIで都市全体をコントロールするプロジェクトも進めています。
その名も交通大脳です。
クルマや利用者のデータに加え、中国政府の協力を得て、電車やバスなど、都市のあらゆる交通データを掌握し、AIが信号やクルマに信号を送ることで渋滞を解消するなど、“限りなく効率的な都市”を作り上げようとするものです。
張CTOは次のようにおっしゃっています。
「私たちのAIをあらゆる都市に置くことが理想です。」
「世界中の都市と連携して、私たちのAIとビッグデータで全世界の交通を変えたいのです。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
まず驚くのは、中国のベンチャー企業、ROADSTAR.AIが人に代わってハンドルやブレーキを操作するレベル4の技術をわずか1年で実現したという事実です。(自動運転レベル1〜5については、アイデアよもやま話 No.4169 自動運転車の実用化に向けた哲学的命題!を参照)
これは先行して来たグーグルやテスラを凌ぐ開発のスピードといいます。
また滴滴は創業7年で世界トップを走るアメリカのウーバーに肩を並べました。
そして、番組を通して見て取れる、こうした成果を達成した背景には以下の3つがあります。
・中国政府は【中国製造2025】戦略により、今後30年でAIや5Gなどの技術で世界トップとなることを最終目標として掲げていること
・海外の企業や大学で知識や技術を身に付けて帰国する人材“海亀”による独自の技術開発力
・中国政府によるベンチャー企業への手厚い支援
このように見てくると、こうした現在の中国の状況はかつての日本の高度経済成長期の日本の政府、および企業の動向を見る思いがします。
同様に、中国企業の急成長に対するアメリカ政府の危機感、そして中国企業の更なる成長を抑え込もうとする取り組みもかつての日本に対するアメリカの対応を思い起こさせます。
具体例の一つとして、中国の通信機器大手、ファーウェイの副会長の逮捕は、日米間の熾烈なコンピューターの開発競争のさなか、1982年に起きたIBM産業スパイ事件があります。
さて、かつての日本の高度成長、および現在の中国の【中国製造2025】戦略を並べてみると、国家における一つの成長要因が見えてきます。
それは、政府が明確な国家目標を掲げ、それが国民の共感を得て、官民共同でこの国家目標の達成にまい進するという構図です。
そして同時に、こうした取り組みが成功すればするほど、既得権を握る国からの反発や妨害を招くという構図も見えてきます。
今の米中の覇権争いはまさにこうした構図を表しているのです。
そして、こうした覇権争いはエスカレートすると、やがて両国、あるいは両陣営を巻き込んだかたちで戦争勃発のリスクをはらむようになります。
考えてみれば、日本の明治維新以降から太平洋戦争までの歴史をみても、こうした構図が当てはまります。
ですから、“歴史は繰り返す”というのは宿命なのかも知れません。