7月22日(日)放送の「サイエンスZERO」(NHK Eテレ東京)で生命維持の要であるエクソソームについて取り上げていたので4回にわたってご紹介します。
2回目はがん治療への期待についてです。
前回ご紹介した心筋梗塞の他にもエクソソームを使った新たな治療への期待が高まっています。
それは私たちに身近ながんです。
がん細胞もまたエクソソームを分泌していることが分かっています。
この研究で世界をリードしているのが国立がん研究センター研究所・分子細胞治療研究分野 プロジェクトリーダーの落谷
孝弘さんなのです。
落谷さんはがん細胞がエクソソームを巧みに利用し、増殖していることを突き止め、この性質を治療に応用しようとしています。
落谷さんは次のようにおっしゃっています。
「がん細胞はエクソソームを自分自身が生き残る手段としてとてもうまく利用していたんですね。」
がん細胞が人を死に至らしめる最大の要因は転移です。
最初は小さな存在だったがん細胞が体内で増殖し、別の臓器へと転移・増殖することで人の命を奪います。
がん細胞はどうやって転移するのか、今まで謎とされてきたこのメカニズムがエクソソーム研究によって明らかになってきました。
がん細胞が放出したエクソソームが向かった先は血管の壁の中、ここで“もっと栄養が欲しい”というメッセージを伝えると、血管を作る細胞が仲間からのメッセージと勘違いし、血管を伸ばし始めるのです。
こうしてがん細胞は増殖に欠かせない酸素や栄養を奪い取ろうとしているのです。
更にがん細胞は攻撃を仕掛けてくる免疫細胞にもエクソソームを放出していました。
本来、免疫細胞にはがん細胞をやっつける働きがあります。
これに抵抗するため、がん細胞は“攻撃するのを止めて”というメッセージを免疫細胞に送りつけます。
すると受け取った免疫細胞はメッセージを真に受け、がん細胞を攻撃するのを止めてしまうというのです。
エクソソームを利用したがん細胞の巧妙な悪だくみです。
しかし、落谷さんはこれを逆手に取ってがん細胞の転移を抑え込む戦略を編み出しました。
がんを広げる大元であるエクソソームを封じ込めることが出来れば、がんの転移を抑えられるという発想です。
その方法とは、ある抗体をがん細胞のエクソソームに目印として貼り付けます。
すると免疫細胞ががん細胞のエクソソームを容易に見つけられるようになり、食べ始めるという仕組みです。
この作戦はマウス実験で驚きの結果が出ています。
マウスの肺の断面を見てみると、目印を加えていないマウスは赤く見える部分にがん細胞が転移しています。
しかし、目印を加えたマウスはほとんど転移が見られませんでした。
がん細胞の数を分析すると、なんと90%も転移を抑えられることが分かったのです。
転移を食い止めるだけではありません。
エクソソームを使ってがんの超早期発見も可能になるといいます。
落谷さんは次のようにおっしゃっています。
「実はがん細胞の種類ごとにマイクロRNAの種類も異なるということが分かりました。」
「そのメッセージであるエクソソーム中のマイクロRNAを知ることで、実はどんながんが患者さんの体の中に生まれてきたか、これを知ることが出来るんですね。」
「(マーキングすることは人間の体でも出来るのかという問いに対して、)まだまだ動物を使った実験ですけども、原理的には可能だと思います。」
「(元々あるがんではなく、転移に着目されたのはどうしてかという問いに対して、)実は我々がエクソソームの研究を開始して、一つ実験をしたんですね。」
「ごく簡単な実験で、がん細胞がエクソソームを分泌する経路を止めたんです。」
「で、エクソソームを止めたら、がん細胞が増殖しなくなるんじゃないか、死んじゃうんじゃないか。」
「ところが残念ながら、それは起こらなかったんです。」
「増殖は全く変わらない。」
「あれ、エクソソームががん細胞にとって非常に大事な役割を果たしているはずなのに、なぜ何も変化がないのか。」
「で次にやったことは、このがん細胞を免疫が少し低下している動物に移植しました。」
「このがん細胞、実はマウスの肺に100%転移を起こす強い転移能力を持ったがん細胞だったんです。」
「ところが、増殖は変わらないんだけども、シャーレの中でも動物に移植しても転移がほとんど消えたんですね。」
「増殖はしたけれども、転移はなかった。」
ここのところについてのおさらいです。
研究ではマウスにとても転移し易いがん細胞を移植
このがん細胞はあらかじめエクソソームを分泌出来ないように操作されたもの
3週間後、がんそのものは大きく増殖
しかし、がんの転移は起こっていなかったこと
このことから落谷さんは、エクソソームはがんの転移に大きく関わっていると思い至ったのです。
落谷さんは次のようにおっしゃっています。
「つまりエクソソームの本質は何かというと、がん細胞はこれを自分の転移をする手段として一番使っているんだと。」
「ですからエクソソームの機能を止めることが転移のコントロールにつながるのではないか、そういう発想なんですね。」
「エクソソームは我々の体が持つ天然のデリバリーシステムだと言われます。」
「実はお薬を投与すると、がんだけではなくいろんな正常の組織や細胞にも効いてしまうので副作用が出ますね。」
「そうじゃなくて、がんだけを狙い撃ちする新しいかたちのデリバリー、つまりいろいろなお薬や新しい抗がん剤を運ぶ“器”として利用したい。」。
「実はそういった研究も今世界中でやられているんですね。」
なお、現在の研究では13種類のがんを判別出来ることが分かっており、2020年を目途に実用化すべく、急ピッチで研究が進んでいるのです。
ちなみに、13種類の中には以下のがんが含まれます。
前立腺がん
すい臓がん
乳がん
ぼうこうがん
卵巣がん
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
この番組を見てまず感じたのは、ヒトの体内のエクソソームに係わる状況はヒトの社会に似たようなことが起きているなということです。
そして、13種類のがんを早期に判別する方法については2020年を目途に実用化すべく、急ピッチで研究が進んでいる状況といいます。
なお、この研究については他の研究も進められています。
特に私が注目したいのは、副作用のない抗がん剤でピンポイントでがんだけを狙い撃ち出来る医療法の研究です。
がんは日本人の死因ランキングで不動の1位ですから、実現すればどれだけ多くのがん患者の方々に喜んでもらえるでしょうか。