9月14日(金)放送の「爆報! THE フライデー」(TBSテレビ)で、詩人で書家の相田みつをの破天荒で常識はずれの行動と日本人の愛する言葉の裏にあった驚きの真実について明かしていたのでご紹介します。
なお、92歳の妻、知江さんが番組に緊急出演され、沈黙を破っていました。
相田みつをは、猛反対する知江さんの実家を5年にもわたり口説きに口説いてようやく結婚にこぎつけました。
しかし、結婚後2人の子宝に恵まれたものの、当時一家4人が暮らしていたのは下宿の8畳一間で、家賃もきちんと払えないような暮らしぶりでした。
そんな貧乏生活の中、相田みつをが見せたのは“書”への異常なこだわりでした。
住んでいる家は8畳なのに、作品制作のためお金もないのに自宅の隣に30畳のアトリエを構え、家賃は払えないのに最高級の筆と最高級の硯を使用していました。
当時、大卒の初任給が1万5千円の時代に一反3万円の最高級の和紙を一晩で山のように使っていました。
いつ気に入った“書”が書けるか分からないからというのがその理由でした。
“書”に関するものは全てつけ払いで、生活は貧乏のどん底でした。
今日食べるお米にも困るほどでした。
当時、生活の糧にしていたのは個展でわずかに売れる“書”と地元の和菓子屋さんの袋や包装紙のデザインを自ら頼み込んでの仕事でした。
しかし、この稼ぎだけでは当然生活はままならず、お金が無くなると妻の知江さんは結婚を反対していた実家に頭を下げてお金を借りていました。
更に貧乏暮らしの苦しさに拍車をかけたのが、相田みつをが命じた妻の労働禁止令でした。
その理由とは、副業を持って少しでも収入があると、それに甘えて筆が甘くなり、作品に影響が出るということでした。
更に妻を悩ます驚きの奇行がありました。
最も妻を困らせたのは、常人では計り知れない相田みつをの異常行動でした。
なぜか相田みつをはようやく個展で売れた自分の“書”を焼却しました。
それは売れた作品に納得がいかないというのが理由でした。
何と相田みつをは購入者の自宅に押しかけて「あの“書”を売るのはやはり恥ずかしい」と、せっかくの収入を返金して無理やり買い戻して焼却していたのです。
“書”を極めていくための相田みつをの異常なこだわりに家計はまさに“火の車”でした。
しかも相田みつをは苦労ばかりかけた妻に感謝やねぎらいの言葉すらかけたことがないといいます。
そんなわがまま放題の末、相田みつをは1991年に67歳で死去しました。
脳内出血による突然死でした。
まだその名が世に知れ渡る前だったため、彼の死は小さく報じられました。
残された家族にほとんど何も残すことなく天国へと旅立ったのです。
しかし、その死の数年後、相田みつをの“書”は爆発的にヒットしました。
それまで彼の作品集はほとんど売れていませんでしたが、あることをきっかけになんと100万部を突破しました。
そのきっかけとなったのは、大物芸能人、美空ひばりの自伝でした。
そこには次の一文が書かれていました。
つまずいたっていいじゃないか
にんげんだもの
美空ひばりが相田みつをの“書”と出会ったきっかけは、兄と慕う銀幕スター、萬屋錦之助です。
相田みつをの“書”に強く惹きつけられた萬屋錦之助がこの言葉を病に伏せる美空ひばりに送ったといいます。
晩年、病と闘う美空ひばりの心も支えた相田みつをの言葉は口コミで徐々に広まり、今では400万部の大ベストセラーになっています。
さて、よくトイレなどに飾られている相田みつをの書いた日めくりカレンダーの売り上げは1500万部以上といい、関連書籍を含め累計2000万部の大ヒットといいます。
更に1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災で復興を目指す街、神戸市長田区菅原市場では相田みつをの以下の言葉が支えになっています。
うばい合えば足らぬ
わけ合えばあまる
うばい合えば憎しみ
わけ合えば安らぎ
その不思議な力を持つ言葉は、2004年10月23日に起きた新潟県中越地震、2011年3月11日に起きた東日本大震災、あるいは2018年6月〜7月の西日本豪雨など、自然災害に見舞われるたびに落ち込んだ人々の心を立ち直らせてきました。
さて、今までメディアにほとんど姿を現さなかった相田みつをの妻、91歳となった千江さんは現在アトリエの隣の母屋で暮らしています。
夫の死から27年経って、千江さんは番組の中で以下のように沈黙を破りました。
「(夫と別れたいと思ったことはないかという問いに対して、)ありましたね。」
「かなり何回もありましたよ。」
「この人と一緒にいてもしょうがないと思って。」
「でもいくつになっても、夜中でも何でも話し合いましたね。」
「「こういう歌を詠んだけどどう?」とかね。」
何と相田みつをの書いた“書”を最後に選んでいたのは妻の千江さんだったのです。
個展や本で“書”を出す時は妻が批評して選んでいたというのです。
相田みつをの作品は妻、千江さんとの合作だったのです。
そんな千江さんが相田みつをの600作品の中で最も好きな言葉があります。
それは「ただいるだけで」という以下の詩です。
千江さんは次のようにおっしゃっています。
「うぬぼれかもしれないけど、私のことを詠ってくれてたのかなと思って。」
ただいるだけで
あなたがそこに
ただいるだけで
その場の空気が
あかるくなる
あなたがそこに
ただいるだけで
みんなのこころが
やすらぐ
そんな
あなたにわたしも
なりたい
相田みつをの数々の言葉の裏には常に自分を愛し、信じてくれる人がいる、だからこそ相田みつをの言葉は苦しい時に勇気を与えてくれるのです。
そして、相田みつをは自分が亡くなる寸前、千江さんに驚きの言葉をかけていました。
「この次、生まれ変わった時はもうちょっといい生活をさせてやるからね。」
「その時、「来世も結婚しような」と言ってくれました。」
来世も一緒にいたい、今まで妻にねぎらいの言葉一つかけなかった相田みつをの妻への感謝の言葉、しかし、千江さんは次のようにおっしゃっています。
「私は「来世まで!?」ということで、「ちょっと待ってね」って、一瞬答えるのに困ったんですよ。」
「またこれの繰り返しじゃ大変だからと思って。」
「でも結婚は悔いが無いと思いますね。」
「楽しい人でした、本当に。」
日本人の心に響く相田みつをの言葉の裏には夫婦の愛が隠されていたのです。
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
実はたまたまですが、高齢の父が独り暮らしなので毎週のように実家に通っているのですが、私がいつもパソコンで作業している2階の即席のテーブルの前の壁にかかっているカレンダーには相田みつをの“書”が月替わりで書かれています。
なので、顔をあげるといつもこの“書”が目に飛び込んできます。
ちなみに10月分を以下にご紹介します。
心の目
どん底な
真っ暗闇
だからこそ
自分自身が
明るくいないと
何も見えない
明るくいれば
まわりが
見えてくる
自分の歩むべき道が
見えてくる
さて、このように相田みつをの“書”をじっと眺めていると、誰にでも理解出来る言葉で、物事の本質を簡潔に表現していると思います。
なので、多くの人たちの心に深く入り込んでくるのだと思います。
この作品でも、どん底に突き落とされたような時に勇気を与え、「前向きに生きよう」という気持ちにさせてくれます。
また、この番組を通して、その内容は相田みつを自身の日々の暮らしや実体験に基づいており、特に奥様の千江さんとの係わり、あるいは千江さんへの愛情が深く影響を与えていると思います。
一方で、“書”で表現する内容、および“書”そのものの表現方法に対する強いこだわりには異常なくらいに並外れた厳しさを感じます。
一つひとつの言葉の改行について、なぜここで改行しているのか、あるいは漢字で表現したりひらがなで表現したりなど、私にはその理由が今一つ理解出来ませんが苦労の跡が感じられます。
こうしたところにも感性による強いこだわりがあるのだと思います。
こうした“書”にたいする並外れた厳しさ、あるいはこだわりは、ようやく個展で売れた自分の“書”を買い戻して焼却してしまうという行為に特に感じられます。
さて、一つひとつの作品についての感想はいろいろありますが、ここでは以下の一つだけについてお伝えします。
うばい合えば足らぬ
わけ合えばあまる
うばい合えば憎しみ
わけ合えば安らぎ
この作品は、阪神・淡路大震災など、自然災害に見舞われるたびに落ち込んだ人々の心を立ち直らせてきましたといいます。
しかし、私が感じたのは、自然災害に限らず、個人、企業などの組織、更には国どうしの関係の基本においてもこの作品で言わんとしていることがとても大切だということです。
奪い合いが争いにつながり、分け合うことが平和につながるのです。
最近の例で象徴的なのは、アメリカのトランプ大統領の政策、「アメリカファースト」、あるいは「経済ファースト」です。
“自国さえ良ければ”という外交政策では、他国との関係はギスギスしたものとなり、行き着く先は様々な局面での争いです。
世界各国がこうしたアメリカの政策に流されて同様の政策転換がなされれば、かつての国家間の弱肉強食時代に戻ってしまいます。
そればかりでなく、地球温暖化問題も解決からも遠ざかるばかりです。
このままでは頻発するスーパー台風により世界各地で広範囲にわたる大きな被害がもたらされる状況が加速してしまいます。
また、この作品はこれまで何度かお伝えしてきた“三方良し”、あるいは私の造語の“五方良し”(参照:No.4134
ちょっと一休み その666 『これからの時代のキーワード その4 ”五方良し”』)にもつながる意味を持っていると思います。
こうした言葉で思い描く社会は、“お互いに尊重し合い、Win−Winの社会”、あるいは“持続可能な社会”なのです。
さて、この番組を通してあらためて言葉の持つ力を感じました。
ここで思い出したのは、今年のテニスの4大大会の一つ、全米オープン女子シングルス決勝で大坂なおみ選手(20歳)が元世界ランク1位で、4大大会を23回も制した女子テニス界の女王、セリーナ・ウィリアムズ選手(36歳)を下し、日本人として初優勝を果たした時の優勝セレモニーでの次の言葉です。
「皆さんがセレナを応援していたのに、こんな終わり方でごめんなさい。」
「ただ言わせて。」
「試合を見てくれてありがとう。」
「全米の決勝でセレナと対戦することが夢でした。」
「実現出来て嬉しく感じています。」
「一緒にプレーしたことを感謝しています。」
「ありがとう。」
この言葉が多くの観衆を感動させ、大坂なおみ選手に対するそれまでのアウェイから賞賛の嵐へと大きく変えたのです。