5月22日(火)放送の「クローズアップ現代+」(NHK総合テレビ)で生物工場について取り上げていました。
そこで4回にわたってご紹介します。
4回目は日本の生物工場の切り札とされるカイコについてです。
前回、生物工場の世界事情についてご紹介しましたが、日本には最強の生物工場として注目されている生き物がいるのです。
日本の切り札とされる生き物、それはカイコです。
その秘密はカイコの吐く糸にあります。
絹糸の原料として知られるこの糸、分子量約37万を超える極めて大きなタンパク質の集まりです。
この分子量がとても重要なのです。
なぜなら、生物工場が作り出す物質は、その生物が本来作ることの出来る分子量によって大きく左右されるからです。
それはおもちゃのブロックの数が少ないと単純なモノしか出来ないのに対し、多ければ複雑なモノが作れるのと同じです。
カイコを酵母と比較すると一目瞭然、最大で分子量10万ほどの分子量しか作れないといわれる酵母、生物工場として作り出せるのはタイヤの素材(約200)やインシュリン(約5800)、痛風の薬(約34000)など、これまでのところ分子量の小さいモノに止まっています。
これに対し、カイコが作る物質は抗がん剤(約15万)や血液凝固剤(約34万)、鉄鋼強度の糸(約35万)といった分子量の多い複雑な物質、酵母には作ることが難しい複雑な物質を糸の中に作り出すことが出来るのです。
更に5千年とも言われる長い養蚕の歴史が生物工場としてのカイコの能力を高めたといいます。
元々カイコの祖先は小さいマユしか作れない野生の虫でした。
大きなマユを作るものだけ掛け合わせ、人の手で改良を重ねていきました。
その結果、糸を作るタンクのような器官は体重の3分の1を占めるまでになりました。
分子量が大きい物資を大量に作ることが出来るカイコは最強の生物工場とも言われるのです。
茨城県つくば市にある農研機構(農業・食品産業技術総合開発機構)のユニット長、瀬筒
秀樹さんは次のようにおっしゃっています。
「日本がフロントランナーとなってモノを作れる、長い歴史をかけてこれだけいいものにしてきたとものすごく今でも感じますし、それに新しい技術で可能性が今広がっているという状況なので、これを活かさない手はないと。」
カイコを生物工場にする取り組みは、現在福島から沖縄まで全国15以上の企業に広がっています。
愛媛県にある化学メーカーの工場では犬や猫用の風邪薬や皮膚病治療薬を作り、国内だけでなく32ヵ国に輸出しているといいます。
東京大学大学院の五十嵐 圭日子准教授は次のようにおっしゃっています。
「カイコは本当に凄い生産力だと思います。」
「やはりカイコの場合は、原料が葉っぱだというところもすごくいいところだと思います。」
「今のモノづくりはどうしても石油を使って何かを作るということになるんですが、カイコの場合ですと、葉っぱを食べて、そこからそういう物質を作ってくれるという凄さがあるというような感じです。」
「バイオリアクター(生物反応利用装置)と私たち呼んでおりますけど、そういうようなものとして本当に凄い才能のある生き物だと思っています。」
このカイコを使った生物工場を一大産業につなげるために欠かせない人たちがいます。
群馬県前橋市の養蚕農家では、農家の経験や知恵を生かして、遺伝子組み換えのカイコを大量に作っていこうという取り組みが行われています。
実は、遺伝子組み換えを行った動物を一般の農家で飼育するというのは、こちらが世界初といいます。
というのも、こちらから動物が逃げてしまうと、外の生態系に影響を与えてしまう恐れがあるということで、これまでは厳重に管理された施設の中でしかされてこなかったのです。
ただカイコは中々動かないのです。
活動範囲が10cmくらいしかないのです。
ということで、ここから逃げ出さないということが証明されて、昨年9月に国から特別に飼育許可が下りたのです。
こちらで飼育したカイコは大きくなると光ります。
このカイコには光るクラゲの遺伝子を組み込んでいるのです。
今は光るカイコだけの飼育ですが、ゆくゆくはこの技術を目印にして、例えば血液製剤とか抗がん剤などに遺伝子組み換えのカイコを応用したいと期待が持たれています。
前橋遺伝子組み換えカイコ飼育組合組合長の松村 哲也さんは次のようにおっしゃっています。
「(外国産の安いマユに押されて養蚕農家が減っている中で、この取り組みにどのような期待を持っているかという問いに対して、)この遺伝子組み換えカイコは我々養蚕農家、また一般の人にとっても非常に夢のあるカイコです。」
「将来性の十分に見込まれる、これまでのカイコとは違った用途で使われるために、外貨獲得のためにも期待が持てるカイコであることは間違いないと思います。」
「(どんな苦労があるかという問いに対して、)苦労というのはさほどないんです。」
「これまでのカイコと同じように飼育していればいいんですけど、ただ飼う環境、要するに建物を少し規制の法律に沿って作っていかないとならない、(外に出ないようにする、)それだけが苦労です。」
こうした状況について、五十嵐准教授は次のようにおっしゃっています。
「(養蚕農家と企業がコラボする取り組みについて、)やはり養蚕という産業自体が衰退していってる中で、新たなモノを作り出せるという可能性は非常に大きいと思うんですね。」
「これがこれからのモノづくりというものの確実に革命になっていくんじゃないかと、そういうような気がしています。」
こうした中、若い農家の方も養蚕の取り組みに入ってきています。
47歳の若手、糸井 恒雄さんは次のようにおっしゃっています。
「光る糸を農家で飼育出来るようになりまして、養蚕農家にも明るい光が見えて来たと思いますので、この養蚕を継承していけるように努力したいと思います。」
養蚕は新たな産業革命という予感もしますが、生命の根源を操作するというちょっと怖さを感じます。
そこで、今後どう進めていくべきかについて、番組の最後に五十嵐准教授は次のようにおっしゃっています。
「現時点では、他の生物から持ってきた遺伝子を組み込むという作業をせざるを得ない状況になっています。」
「ただ、ここからは最近本当に技術的にはどんどん進歩しておりまして、ゲノム編集という技術が始まっております。」
「これは元々生物が持つ機能を強めることで、その結果、その生物を非常に速いかたちで品種改良したような動かし方が出来るようになるといいですね。」
「そういうふうなものになっております。」
「(カイコが5千年かけて品種改良してきたようなことを遺伝子レベルで短い期間で出来るようになり、それで安全が確保されるということについて、)そういうことですね。」
「で、そういう国際ルールをつくって、そういうものを守りながら生物工場をどのように利用していくかというところをこれから私たちは真剣に考えながらものつくりをしていかなきゃいけないんじゃないかなと考えております。」
生物工場の技術、その力は身近な暮らしを豊かにし、地球環境の課題を打ち破るカギになるかもしれません。
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
生物工場が作り出す物質は、その生物が本来作ることの出来る分子量によって大きく左右されるといいます。
そうした中、カイコの吐く糸は分子量約37万を超える極めて大きなタンパク質の集まりで、2回目でお伝えした酵母に比べて圧倒的に分子量が多いのです。
ですから、カイコはまさしく日本の生物工場の切り札と言えそうです。
ちなみに、カイコについては以前アイデアよもやま話 No.3153 光るシルクが日本の養蚕業復活の起爆剤になる!?でもお伝えしております。
また、5千年とも言われる長い養蚕の歴史が生物工場としてのカイコの能力を高めたといいますから、先祖のカイコへの取り組みに対して私たちはとても感謝しなければなりません。
カイコの原料は自然界に存在する葉っぱというのですから、地球に優しくとても省エネです。
しかも、カイコの生物工場はとても仕組みがシンプルですから、一般の養蚕農家でも取り組むことが出来ます。
ですから、養蚕という産業自体が衰退していく中で、カイコは養蚕農家の救世主となり、生物工場として新たなものづくり革命をもたらす可能性を秘めているのです。