3月24日(土)放送の「ミライダネ!」(テレビ東京)でゲノム編集技術の現状について取り上げていました。
今回は、ゲノム編集治療の現状に焦点を当ててご紹介します。
今、従来の手術などの医療技術では治せないガンでも直せると言われているのが私たちの暮らしを劇的に変えるかも知れない遺伝子治療です。
東京大学理学部(東京都文京区)で、ガンをはじめとする遺伝子に係わる病気における最先端の遺伝子治療の研究が行われています。
東京大学大学院 理学系研究科の新しい遺伝子治療技術の第一人者、濡木 理教授は次のようにおっしゃっています。
「ガンというのは遺伝子に変異が起こって、それが原因でガン細胞が出来ているわけですね。」
「それを直してやれば、根本的にガンを治療することが出来ます。」
さて、気になる治療法の前に、遺伝子とDNAの違いですが、細胞の中心にある核の中に存在するらせん状の物質がDNAです。
そしてDNAには生き物をかたちづくる情報が含まれています。
その情報が遺伝子です。
懐かしいカセットテープで例えるならば、磁気テープがDNAで、録音した音楽が遺伝子なのです。
そんなDNAは様々な要因で傷がつくことがあります。
この時、うまく修復出来ないと細胞がガンに変化してしまうことがあるのです。
濡木さんが研究しているのが、変異した遺伝子を修復する技術です。
その方法とは「ゲノム編集」で、一言で言えばDNAを自在に編集する技術です。
濡木さんは「ゲノム編集」の第一人者で、この技術に欠かせない、あるものを作っています。
それについて、濡木さんは次のようにおっしゃっています。
「(変異した)DNAに結合して切断する酵素ですね。」
「特定の位置に切れ目を入れて、DNAを直そうという過程で「ゲノム編集」が起きます。」
「ゲノム編集」を行う特別な酵素が「クリスパー キャス9(CRISPR-Cas9)」です。
この酵素には、狙ったDNAにくっつく性質があります。
これを正常なDNAと一緒に細胞の中に注入すると、飛び跳ねるように動きながら目的の傷付いたDNAを発見、そこにくっ付き、暫くすると傷付いたDNAを切断します。
そして、一緒に連れて来た正常なDNAに入れ替えます。
こうして病気を治そうというのが「ゲノム編集」です。
濡木さんは現在、自治医科大学(栃木県下野市)で「ゲノム編集」により様々な病気を治す研究を医学界と共同で進めています。
遺伝子の変異で起こる血友病は、血液を固める物質を作れなくなり、出血が止まりにくくなる病気です。
国内に6000人以上の患者がいると言われています。
血友病のマウスを「ゲノム編集」したところ、血液の固まり易さが15%向上しました。
自治医科大学 先端医療技術開発センターに臨床試験の一歩手前まで来ている研究があります。
先端医療技術開発センター長で血液内科医の花園 豊さんは、ある難病を「ゲノム編集」で治療する研究をしています。
それは重症複合免疫不全症(SCID)で、生まれつき免疫力がない病気で、発症する確率は10万人に1人という難病です。
現在の主な治療法は骨髄移植ですが、ドナーが見つからないと2歳までに死に至ると言われています。
原因は遺伝子の異常、母親から子どもに遺伝し、発症します。
花園さんがこの病気を知ったのは研修医の頃、当時は小児科医になることを目指していました。
ところが、子どもの病気を治したかったのですが、治せず、小児科病棟に出入りするのが胸が潰れるほど辛かったといいます。
自分は小児科医に向いていないと諦めたものの、子どもの病気とも係われる血液内科医の道を選びました。
その頃知ったのがある少年のエピソードでした。
アメリカで暮らすデイビッド・ベッター君は生まれた直後からずっと無菌室で生活していました。
無菌室から出る時にはNASAが作った宇宙服のようなスーツを着用、これがないとすぐに感染症にかかってしまうからです。
生まれてから一度もお母さんと直接触れ合うことはありませんでした。
骨髄移植をしましたが、その後感染症でガンを引き起こし、デイビッド君は12歳で亡くなりました。
花園さんは、一人の少年のためにNASAまで協力するというアメリカの医療現場に心を打たれ、20年前アメリカに留学、SCIDの研究に没頭しました。
しかし、日本で認可の下りるような治療法の開発には至りませんでした。
花園さんは次のようにおっしゃっています。
「原因は分かっているんですよ。」
「遺伝子のちょっとした突然変異でこういう悲惨な病気が起こる。」
「ゲノム編集技術が出来て、初めてたった1個(の遺伝子)でも直す可能性が出て来たわけで、それを今やっているんです、この豚で。」
実は豚は体重や内臓の構造が人間に似ているため、医療技術の安全性を確認するのに適した動物なのです。
花園さんは豚を使って、ゲノム編集によるSCIDの治療を研究、現在、無菌室の中で治療の効果や副作用について検証しています。
豚への治療に関しては良い結果が出ているそうで、次の人での臨床試験を目指し、研究を続けています。
研究が進み、注目を集めるゲノム編集治療、医学界はこの技術をどう見ているのでしょうか。
医師であり、最先端医療のシンクタンク、最先端医療政策機構で研究も行う宮田 敏男さんは次のようにおっしゃっています。
「遺伝子が一つだけ(が原因)で病気になっているケースはゲノム編集の対象にし易いと思うんですけども、複数の遺伝子が働いでガンが発生するケースではゲノム編集と言えども中々手ごわいと思うんですね。」
しかし、技術が進歩し、安全性が確認出来れば、様々な病気の治療に役立つ可能性があるといいます。
宮田さんは次のようにおっしゃっています。
「良い臨床試験結果が続けば、その後の(ゲノム編集の実現の)スピードは結構早いんじゃないかな。」
「非常に医療界でも大きく期待されています。」
さて、花園さんは10年後の未来について次のようにおっしゃっています。
「全ゲノム情報をチップとして持ち歩くんじゃないでしょうかね。」
「医者に行くと、まずそれをスキャンすると、その人の全ゲノム情報が出てくる。」
「ガンになる遺伝子があれば、そこをゲノム編集によって予め直してしまうとかね。」
「将来的には、ゲノム編集技術がガンの治療に役立つ日が必ず来ると私は思いますけどね。」
以上、番組の内容の一部をご紹介してきました。
今や、iPS細胞や遠隔操作での治療、あるいは前回ご紹介した3Dプリンターの活用など医療技術は革新的な進歩をしつつありますが、今回ご紹介したゲノム編集も傷付いたDNAを正常なDNAに入れ替えるという独創的なものと言えます。
しかし、その実用化まではゲノム情報とガンなどあらゆる病気との関連の把握や安全性の確認など、まだまだ道半ばのようですが、ゲノム編集は将来的には一元的な治療法として大きな柱の一つとして位置付けられるものと大いに期待出来そうです。
それにしてもゲノム編集技術は“生物とは何ぞや”という本質に迫り、いよいよ人類は神の領域に踏み込んでしまうのではないかという思いになってしまいます。
さて、ここまで書いてきて、今思い付いたことがあります。
それは、結婚する時に、お互いのゲノム情報を突き合わせて遺伝子検査を応用すれば、両者から生まれてくる子どもはどのような遺伝子を持っているかということがおおよそ分かってしまうのではないかということです。
更に、技術的にはゲノム編集によってどのような遺伝子を持たせるか、いかようにも編集出来てしまうということです。
ということは、ヒトのみならずどのような生物もゲノム編集によりいかようにも好みの生物を生み出すことが出来るのです。
これこそまさに“神の領域”です。
こうしたことから、ゲノム編集関連技術については法的に厳しい規制が求められます。