4月4日(水)放送の「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)でパナソニックの秘密拠点について取り上げていたのでご紹介します。
日本を代表する家電メーカーのパナソニックは今年100周年を迎えました。
その創業者は世界的な家電メーカーを育てた“経営の神様”と呼ばれる松下 幸之助さんです。
しかし、現状では日本メーカーはあまり元気がなく、アップルやサムスンなどに押されて苦境が続いている状況です。
そうした中、100年前の創業の時の想い、活気を取り戻そうとしていて、一つの実験場を作る、その場所がアメリカのシリコンバレーです。
イノベーションの発信地、シリコンバレーにひと際目立つリング状の建物があります。
昨年完成したアップルの新本社です。
その場所と道を隔ててパナソニックのオフィスがあります。
この中に、イノベーションを生み出すための新しい秘密基地であるPanasonic β(パナソニック
ベータ)という会社があります。
ここは昨年設立した研究開発拠点で、これまでの家電開発のやり方ではなく、今までにない発想でイノベーションを起こす仕組みを作ろうというのです。
スタッフは、パナソニックの各部署やカンパニーから選ばれた若手の精鋭、およそ30人です。
パナソニック βの目指す開発の大テーマは、人々の生活や行動と家電をどう連動させるかです。
普段の生活と同じ空間で発想するため、オフィスにはキッチンや道具が揃い、実際に料理することもあります。
また、くつろげるリビングもあり、こうした雰囲気の中でアイデアを考えるのです。
日々、そこかしこで自然発生的にミーティングが始まります。
どんなアイデアでもOKです。
パナソニック βの馬場 渉社長は昨年パナソニックに移籍、それまではヨーロッパの大手IT企業、SAPでイノベーションを生む方法を実践してきました。
その手腕を買われたのです。
そんな馬場さんが大事にしているのが、創業者、松下 幸之助さんの言葉です。
馬場さんは「松下電器は人を作っている会社で、併せて電気製品も作っています」という有名な言葉に魅せられてパナソニックへの入社を決めたといいます。
パナソニック βがつくるのはイノベーション人材で、様々な部署や職種の人を横断的に集めているのがポイントです。
キーワードは横のパナソニック、“横パナ”です。
馬場さんは次のようにおっしゃっています。
「“横パナ”っていうのは、クロスバリューイノベーション(事業の枠を超えた革新)を実現する一つのキーワードで、全体の既存のやり方をガラッと変えるまで、非常に長いステップになると思いますけど、そこまでやろうと。」
ここではアイデアを出しっぱなしにせず、その場ですぐにかたちにするのが流儀です。
部屋のセットのアイデアも1日足らずの間にかたちにされました。
完璧でなくてもいいから、いち早くかたちにして検討することが何より大事だといいます。
馬場さんは次のようにおっしゃっています。
「とにかく一番安く、一番早く、一番単純な方法でまずモノを作る。」
「可能性を発見するためのプロトタイプ(試作品)なので、品質は最終製品に近い必要は全くなく、「それいいね」となったら、品質を上げていって、「それいいね」となったらまた品質を上げていって、その繰り返しをするので・・・」
ユーザーの潜在的なニーズを吸い取り、素早くかたちにして、不完全でもいいから世に出す。
そして、その反応を見ながら、モノやサービスをブラッシュアップしていく、これはデザイン思考という考え方です。
シリコンバレーの多くの企業が実践しています。
従来の家電メーカーが完璧を目指して新製品を出すまで何年もかけるのとは対照的です。
パナソニック βの社員からはこうした仕事の進め方について、次のような感想があります。
「刺激的な毎日です。」
「ここにいると、日本とかなり違うのが、意思決定のプロセスとかが全然違っていて、(日本だと)関係部署と始めに調整してから作る流れになり易いんですけど、それがこっちだと全然違うので、やっぱりスピードも速いし、・・・」
シリコンバレーの街に象徴的なお店があります。
ここは世界中のベンチャー企業が作った新製品を集めた店「b8ta(ベータ)」です。
その名前の由来となったβ(ベータ)とは、そもそもソフトウェアの世界で正式版を出す前のテスト版のことです。
このお店に展示されているのは、大量生産の製品ではなく、少量でもいいからまずは世に出して反応を見ようというものがほとんどです。
こちらの店員は次のようにおっしゃっています。
「天井にある複数のカメラで、お客が製品を見ている様子をモニターし、その情報をベンチャー企業に提供する。」
「彼らはそれをもとに製品を改善していくんだ。」
一方、シリコンバレーに今年開校した公立高校、デザインテック・ハイスクールがあります。
ここでは高校生向けに、デザイン思考を本格的に教えるカリキュラムを組んでいます。
ユーザーのニーズを分析し、何を作るべきかの議論に始まり、アイデアがまとまれば3Dプリンターなどで即座にかたちにします。
この高校を支援するのがアメリカの大手IT企業でシリコンバレーに本社を置くオラクルです。
校舎の建設や学校運営にも協力しています。
シリコンバレーでは、企業だけでなく教育の現場にもデザイン思考が浸透していました。
そんなデザイン思考でイノベーションを産もうというパナソニック βですが、馬場さんは次のようにおっしゃっています。
「イノベーションを生み出すための「型」をなんとかここで作って、それをモデル工場として世界中に展開すると。」
「シリコンバレーでこういった技術的なことをやっていると、人間のリアルな生活とはかけ離れたテクノロジーのことをやっているかに思われるかもしれませんけど、全く我々はその逆で、どうやったら住空間を人間性のある空間に取り戻せるかと。」
「そのためにやはりデジタルが貢献出来ることが確かにあるはずです。」
「(パナソニックにとって今は特別なタイミングで松下 幸之助さんが創業して今年で100周年ですが、そこへの回帰なのか、それとも否定なのかという問いに対して、)回帰ですね。」
「あえて言うとすれば、現代風のアレンジをした回帰でしょうけど、僕が嬉しいなと思ったのは、社長の津賀(パナソニックの津賀
一宏社長)ですとか、若い連中に対して「あんたたちはパナソニックは大企業で硬直的でスローだと思ってるかも知らんけど、俺が入った時は違うかったんやで」と言うんです。」
「目指すのはそこだと思います。」
番組コメンテーターで日本総研の理事長、高橋 進さんは次のようにおっしゃっています。
「(日本企業に今必要な変化とは何かという問いに対して、)日本企業と言えどもこれまでのやり方ではイノベーションを起こせないと思うんですね。」
そこで、高橋さんがまとめたイノベーションの起こし方は以下の3つです。
1.スモール
大企業と言えども組織を分解して、ベンチャーの塊にするとか、中小企業を中に作るとかいうような組織改革をすること
2.オープン
技術を囲い込むのではなく、どんどん試作品を外に出して、人の意見や反応を見ること
3.コラボレーション
自前主義ではなく、脱自前主義でいろんな人と組んでやっていくこと
続けて、高橋さんは次のようにおっしゃっています。
「この3つが揃うとスピードが上がって、イノベーションが起こせるんじゃないかと思うんですね。」
「日本でこれを起こせれば、それに越したことはないですよ。」
「でも日本では残念ながら大企業がどんなに頑張ってもこういうことを起こせる相手がいないので、しょうがなくて海外に行って、いろんな大学とか研究機関と組んでいるというのが実態だと思うんですね。」
「(日本でこれが起こるにはどうしたらいいかという問いに対して、)いろんなことを変えていかなくちゃいけないんですけど、全部突き詰めいていくと、大学に行き着くんじゃないかと。」
「例えば大学発のベンチャーとか、オープンを起こせるような人材だとか、それからコラボレーションて産学連携そのものですよね。」
「大企業も問題なんだけど、実は日本のイノベーションを考えると大学改革をやんなくちゃいかんということに行き着くんじゃないのかなと思います。」
これについて、今回のシリコンバレーの取材を担当された日経ビジネスの編集委員である山川 龍雄さんは次のようにおっしゃっています。
「まさにこれをやるための教育システムがシリコンバレーにあるんですよ。」
「さっき高校が出て来たじゃないですか。」
「日本の中でスポーツでいうと、野球だけはなんとかアメリカの大リーグに行って通用するでしょ。」
「それは高校野球があるからです。」
「ですから、そこから基盤があってこの3つというのを訓練を積む、そのシステムがあるっていうところが今回取材してきて一番面白かったところですね。」
以上、番組の内容をご紹介してきました。
今や様々な分野での技術の進化に伴い、インターネットやコンピューターを中心とする、近来稀に見るイノベーションを起こし易い環境が整っています。
具体的にこうした環境をフルに生かして成功している国際的なベンチャー企業としてはマイクロソフト、アップル、グーグル、アマゾン、ユーチューブ、あるいはフェイスブックなどが挙げられます。
ちなみに、これらの創業者の中にはNo.3978
ちょっと一休み その640『揺らぐ世界 その1 世界のたった8人の大富豪の資産の合計が下位50%の人々の資産とほぼ同じ!』でもお伝えしたように世界の大富豪に入っている方もおられます。
これらは全てアメリカ発ですが、こうした動きは日本や中国など他国のベンチャー企業にも大きな刺激を与えています。
こうしたベンチャー企業の凄さは、既存の世界的な大企業がこれまで何十年もかけて達成した売り上げや利益、あるいは株式総額を10年足らずのうちに達成していることを見ても明らかです。
更に、こうした企業の提供するサービスによって、私たちの暮らしや社会は様変わりしつつあります。
こうした動きの中で、遅ればせながら既存の大企業の中にもベンチャー企業の良さを取り入れる動きが起きており、その一つが今回ご紹介したパナソニックというわけです。
そのパナソニックも創業時にはとても小さなベンチャー企業だったのです。
ですから、既存の大企業にとっては、今風にアレンジした原点回帰の時代だとも言えます。
さて、これまで何度かお伝えしたように、これからの時代はAIやロボット、IoTなどの技術革新によって従来人手に依存していた業務はどんどんAIやロボットに移行していくというのが一般的な見解です。
こうした動きに呼応するように、次々に生まれる技術革新を活用してビジネスにつなげようとするベンチャー企業が次々に誕生してくることも、これまでの動きを見れば明らかです。
ですから、これからの時代のビジネスを制するのは、既存の大企業や中小企業、あるいはベンチャー企業を問わず、素早く最新技術を活用したイノベーションを起こす企業群だと思います。
そこで、今回ご紹介した番組を通して、イノベーションを起こしやすいトータルシステムの枠組みについて、私の思うところを以下にまとめてみました。
・イノベーションに適した創造力、あるいはデザイン思考を育むカリキュラムを小学教育から取り入れること
・ベンチャー企業が活動し易い環境をヒト・モノ・カネ、あるいは法律などの制度の観点から整備すること
・ベンチャー企業に限らず、大企業と言えども、高橋さんの提言する3つのイノベーションの起こし方をベースとした取り組みを研究・開発に取り入れること