2017年11月12日
No.3858 ちょっと一休み その620 『杉本 苑子さん(作家)が戦争体験から得たこと』

8月26日(土)放送の「あの人に会いたい」(NHK総合テレビ)のゲストは作家の杉本 苑子さんでした。

今回は、番組を通して杉本さんが戦争体験から得たことについてご紹介します。

 

作家、杉本 苑子さん(2017年 91歳没)は、大河ドラマ「春の波濤」の原作となった「マダム偵奴」などの歴史小説で知られます。

古代から近世まで歴史の表舞台には現れない人間ドラマを生き生きと描き、2002年には文化勲章を受章しました。

杉本さんは、生前番組の中で次のようにおっしゃっています。

「ずっと日本の歴史をみてみますと、やはり「このことは小説化しておくべきだ」と思う、私なりにですよ、思う事柄もあります。」

「それがあったからこそ書いてきたんですから。」

 

1943年(昭和18年)、明治神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会に参加していた杉本さんは終生忘れることの出来ない体験をし、後に次のようにおっしゃっています。

「今でも目に焼き付いているのは、学徒たちが壮行会が終わりまして宮城に向けて行進を開始し出した時です。」

「次々に学校別に歩き出した学徒たちを見ました時に、私どもの隊列を乱しまして、思わず駆け寄ってしまいまして、そして泣きながら手を振ったんですけども、同情とか可哀想だとかという感じではなくて、何か私たちも遠からず死ぬんだと。」

「やがて死ぬ者が先に死ぬ人たちを送るんだという切実な、そういった気持ちでした。」

 

学徒たちの多くは戦場で命を落とし、二度と戻っては来ませんでした。

1945年(昭和20年)8月、終戦、多くの都市が焼き尽くされ、300万人を超える命が失われました。

この当時のことについて、杉本さんは後に次のようにおっしゃっています。

「この巨大な消耗、巨大な損失、巨大な犠牲を払いながら何を得たのか。」

「家を焼かれ、肉親を原爆の一瞬で地獄に突き落とされて殺される。」

「そういった大きな犠牲を払うということ、これを足場にして再出発するということを私などはやはり「歴史小説を書くんだ」という根底になりました。」

 

小説家になる決意を固めた杉本さんは、1952年(昭和27年)、27歳の時に時代小説の大家、吉川英治に弟子入りしました。

そして1962年(昭和37年)、杉本さんは長編小説「孤愁の岸」を書き上げました。

この小説で杉本さんは翌年に直木賞を受賞しました。

受賞の翌年、1964年(昭和39年)、杉本さんは自らの原点を再び思い起こします。

東京オリンピック、場所は学徒出陣を見送った明治神宮外苑です。

この当時のことについて、杉本さんは後に次のようにおっしゃっています。

「同じ、私たちが泣きながら学徒を送った場所ですよ。」

「スタンドにはカラフルな観客たちがぎっしり詰めて、あの時には鬼畜米英と言ったアメリカ、イギリスの選手たちも愉快に我々に手を振りながら並んだ、みんなが愉快にオリンピックの開会を祝う、そのあまりの相違、差。」

「あの学徒出陣の場にびしょ濡れになって泣きながら立った一人として私は大きな衝撃を受けましたね。」

「時代によって、国の考え方によって同じ若者がどのように違う存在として同じ場所に立つかということですよ。」

「これがやはり両方を見た者としては大きいショックを受けたし、考えざるを得ない問題として私の中に残りましたね。」

 

時代に翻弄され、歴史の中に埋もれていった人たち、やがて杉本さんのまなざしは日本史全体に広がっていきます。

激動する奈良の都、大仏建立の舞台裏を描いた「穢土荘厳」など、歴史を陰で支えた人々に焦点を当て、小説家としての地位を確立していきました。

杉本さんは、生前次のようにおっしゃっています。

「戦争から得たもの、巨大な虚無だったし、巨大な失望だったし、巨大な嘆きだったけれど、失望でも庶務でも嘆きでもやはりそれなりに私の戦後を支えて、現在今なお私を支えていますよね。」

「だから皆さんもそうだったんじゃないかと思いますね。」

「そうやって戦後というものは、体験者のそれぞれの力によって支えられてきた。」

 

杉本 苑子さん、戦争体験を原点に歴史の背景にある人間ドラマを描き続けた91年の生涯でした。

 

番組の最後に、杉本さんは次のようにおっしゃっています。

「日本という小さな国の過去を振り返ってみますと、やっぱり非常に世紀末的な現象の起こった波というものがあって、やっぱり歴史の中で声もなく埋もれていってしまった人たちの声が無数にあるんじゃないかな。」

「その声が耳の底に鳴ってくる。」

 

以上、番組の一部をご紹介してきました。

 

番組を通して、まず印象的だったのは杉本さんの以下の言葉です。

「時代によって、国の考え方によって同じ若者がどのように違う存在として同じ場所に立つかということですよ。」

 

現在も私たち一般庶民の暮らしは国の制度や国際的な環境によりとても大きな影響を受けています。

国内においては、少子高齢化問題や格差問題による影響は国の政策により大きく左右されます。

一方、対外的には特に北朝鮮問題ではアメリカ、および北朝鮮両国の首脳の決断一つで戦争状態に突入し、アメリカの同盟国である日本も甚大な被害を被る大変大きなリスクを抱えています。

更に北朝鮮との間には未だにとても理不尽な拉致問題が存在しています。

 

こうした状況下において、杉本さんのおっしゃるように“声もなく埋もれてしまう人たち一人一人の声”は存在するのです。

そして、小説家の中には、杉本さんのようにこうした“声なき声”を拾い上げて小説の題材とされている方もいらっしゃるのです。

どのような時代にあっても、報道機関やジャーナリストとは別に小説などの表現方法で“声なき声”を拾い上げて私たちに提供していただけることは、歴史や現実を理解するうえでとても貴重だと思うのです。


 
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