2017年10月02日
アイデアよもやま話 No.3823 生物×機械に見る融合研究最前線 その1 昆虫の驚異的な嗅覚を利用したセンサー!

7月16日(日)放送の「サイエンスZERO」(NHKEテレ東京)で生物×機械に見る融合研究最前線について取り上げていたので3回にわたってご紹介します。

1回目は、昆虫の驚異的な嗅覚を利用したセンサーについてです。

 

生物が進化の過程で獲得した驚くべき能力の数々、人類はその能力から学んでモノづくりへと応用してきました。

しかし、生物には人工的には再現出来ない能力がまだまだ沢山あります。

そこで優れた能力を持つ生物の細胞と機械とを融合させる研究が今次々と誕生しています。

 

昆虫の持つ驚異的な嗅覚の遺伝子をマイクロチップに組み込んだにおいセンサーは、昆虫の種類によって異なる特定のにおいに反応する超高感度なセンサーとして爆発物を見つけたり、災害現場での人命救助に役立つと期待されています。

更に、真空状態でも生き抜く生物の細胞膜をヒントに電子顕微鏡の世界に革命が起きています。

生きたままのがん組織が見られるなど、医療現場で応用が進んできます。

生物の優れた能力を取り込み、機械と融合する新たなアプローチ、その最先端に番組は迫ります。

 

実は、生物の優れた特徴を模倣して人工物を作る、バイオミメティクス(生物模様)という研究が進められていますが、生物の能力が凄すぎて模倣出来ない場合があります。

そこで、現在新しいアプローチが始まっています。

それは、生物の凄い能力をそのまま機械に取り込んでしまおうという研究なのです。

 

アメリカのハーバード大学のチームが作った全長1.6cmのエイのようなかたちをしたロボットは中心部に骨格があって、周りの透明な部分は高分子素材で出来ています。

この透明な部分にネズミの心臓の筋肉細胞が20万個取り込まれています。

このロボットは、筋肉細胞が動くと筋肉細胞を収縮させて、本物のエイのように前へ進む仕組みだと言います。

なお、この心臓の筋肉細胞は耐久性があって、しかも省エネで長く動き続ける、非常に優れているのですが、人工的には作ることが出来ないのです。

そこで、ネズミの心臓の筋肉を取り込んで、生物に近い動きを実現しているのです。

 

このように生物の機能を取り込んだ研究が今次々と誕生しています。

生物の50%以上の種を占める昆虫、進化の中で高度な能力を獲得してきました。

特に嗅覚は昆虫が進化させた最も重要な感覚です。

人間よりも優れた感度を持っています。

東京大学光先端科学技術研究センターの光野 秀文助教は、この昆虫の嗅覚を生かした新らしい研究をしています。

光野さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「昆虫の嗅覚機能を使うことで、既存のセンサーを超えるようなセンサーが出来るのではないかという考えのもと、センサー作りを行ってきています。」

 

昆虫の優れた嗅覚は、触覚にその秘密があります。

カギとなるのが触覚の細胞内にある嗅覚受容体と呼ばれる部分です。

ここに特定のにおい物質が結合すると電気信号が脳に流れ、においを感じる仕組みです。

光野さんが注目するのは、キイロショウジョウバエです。

成虫の遺伝子には嗅覚受容体が32種類存在することが知られています。

その中には、カビの成分をかぎ分ける嗅覚受容体などセンサーとしての利用が期待されているものもあります。

例えば、大量のオレンジの中に一つでもカビが生えたものが混ざっていれば、カビが一気に蔓延すく危険があります。

ショウジョウバエの嗅覚受容体があれば、カビの存在を感知出来るというわけです。

 

光野さんは、ショウジョウバエの嗅覚を生かしたセンサーを作れないかと考えました。

嗅覚受容体を遺伝子から作り出そうというのです。

まず、センサーのもととなる培養細胞を作りました。

この培養細胞にショウジョウバエの嗅覚の遺伝子を組み込むことで嗅覚受容体を作り出すことが出来ます。

更に、におい物質を嗅覚受容体が感知した時に光を発するように特殊な操作を行いました。

こうしてカビのにおいに反応する嗅覚受容体を培養細胞に作り、センサーチップの中央にある大きさ1.5ミリの部分に搭載しました。

実際に、カビのにおいにセンサーチップを反応させると見事に光の反応が確かめられたのです。

更に数を増やしていくことによって、環境中に存在する様々なにおい物資を蛍光パターンとして取得出来るようなにおいセンサーチップが構築出来てくるのではないかと光野さんは考えています。

 

また、大阪大学大学院工学研究科の森島 圭祐教授は、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「昆虫の嗅覚受容体というのは大気中の様々なにおい物質の中から特定のにおい分子だけをかぎ分ける優れた機能を持っている。」

「それを使いたいっていうのが発想です。」

「(嗅覚受容体は人工的に作れないかという問いに対して、)これまでの技術では嗅覚受容体とそっくりそのまま作るというのは非常に難しい。」

「そこで、生物そのものを使おう、細胞の中にある嗅覚受容体を取り込んで、それをデバイスとして使おう、そういう発想です。」

 

なお、昆虫は種類によって得意とするにおいが違うといいます。

例えば、ミツバチは爆発物のにおいに反応します。

なので、ミツバチの嗅覚があれば、テロなど犯罪現場での爆発物の発見に役立ちます。

一方、ハマダラカは人の汗物質に対応した嗅覚受容体を持っているので、災害救助現場で人を探すのに役立ちます。

こうした状況について、森島さんは番組の中で次のようにおっしゃっています。

「昆虫の嗅覚受容体とにおいの組み合わせは、世界中の研究者たちによって100種類以上発見されています。」

「これを1枚のマイクロチップ搭載すれば、様々なにおい物質がかぎ分けられる、こういう優れたスーパーセンサーが作れます。」

 

さて、昆虫の嗅覚を生かす研究は更に進化しています。

実際の環境ではにおい成分は空気中に拡散しています。

しかし、たとえ数km離れた場所であっても昆虫たちはにおいをかぎ分け、その発生源までたどり着きます。

この機能を機械に取り込めないか、東京大学光先端科学技術研究センターの安藤 規泰特任講師は、昆虫の脳のメカニズムに注目しています。

においに反応した後、脳内で神経がどのように働いてにおいの発生源に向かう信号を出しているのか、安藤さんの所属する研究グループは20年前脳の中から運動制御する神経を突き止めました。

その神経の働きをコンピュータープログラムに再現、カイコガの触覚以外は全て機械に置き換えたロボットを開発しました。

触覚がにおいを感知すると、プログラムにとってにおいの発生源までロボットが移動します。

画期的なシステムでしたが、課題も残りました。

安藤さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「実験室のような非常に制御された環境であればいい成績を残すことが出来るんですけども、実際に生き物が暮らしている世界は非常に複雑で様々な環境情報が入ってきますし、時々刻々と変介していきます。」

「そういう環境においては、まさに生物の持つセンサーと情報処理の仕組みが恐らく生かされるのではないか。」

 

そこで、脳と運動の複雑な制御の仕組みを詳しく調べるため、スーパーコンピューター「京」を使って解析を始めました。

カイコガの脳内にある10万本以上の脳神経、全ての働きを読み解こうというのです。

現在、およそ3万6000本の脳神経の機能が解明されつつあります。

においを感知した後、運動を制御する際にどの神経がどの程度働くのかが明らかになってきました。

 

これをコンピュータープログラムに応用すれば、数キロ先のにおいの発生源まで自らをコントロールしながら飛んで行くようなロボットの開発が見えてきます。

こうした状況について、森島さんは番組の中で次のようにおっしゃっています。

「将来的に昆虫の脳のメカニズムが分かってくると、それをロボットに搭載する。」

「そういった非常に優れたにおいセンサーを持ったロボットの研究が進んでいくと思います。」

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

 

それにして、数km離れた場所であっても昆虫たちがにおいをかぎ分け、その発生源までたどり着くというその能力にはビックリです。

このように、生物には人工的には再現出来ない能力がまだまだ沢山あるということですが、優れた能力を持つ生物の細胞と機械とを融合させる研究が今次々と誕生しています。

まさに、人類は生物の仕組みの解明にいよいよ近づいてきたと感じられます。

 

将来的に、様々なにおいに反応するスーパーセンサーを搭載したロボットが実用化されれば、救命活動や犯罪捜査など多くの分野で活用出来ると大いに期待出来ます。


 
TrackBackURL : ボットからトラックバックURLを保護しています