2017年10月09日
アイデアよもやま話 No.3829 イグ・ノーベル賞と科学研究!

9月15日(金)放送の「時論公論」(NHK総合テレビ)で「イグ・ノーベル賞と科学研究」をテーマに取り上げていたのでご紹介します。

なお、今回の論者はNHK解説委員の中村 幸司さんでした。

 

9月15日、イグ・ノーベル賞の発表があり、日本の研究者が生物学賞を受賞しました。

日本人の受賞は11年連続です。

イグ・ノーベル賞は、ノーベル賞のパロディーともいわれています。

確かにこれまでの受賞を見てみると、カラオケを発明した日本人や、食べ物を床に落としても5秒以内に拾ったら大丈夫という、いわゆる5秒ルールは本当なのかを検証した研究があります。

この研究ではアメリカの女子高校生が受賞しています。

なんとなくふざけているように感じられるかもしれません。

 

今年のイグ・ノーベル賞は10の部門に贈られました。

このうち、生物学賞には、北海道大学の准教授、吉澤和徳さんと、慶応大学の准教授、上村佳孝さんらが受賞しました。

研究は、ブラジルの洞窟で見つかった昆虫に関するものです。

雌に雄のような生殖器があることを発見しました。

雌の生殖器が雄のおなかの部分に差し込まれるようになっています。

雄と雌の違いとはなんなのか、考えさせられる研究でもあります。

 

イグ・ノーベル賞は、品がないという意味のイグノーブルと、ノーベル賞を合わせた造語です。

アメリカの科学雑誌の編集長らが、1991年に作りました。

選考基準は、人を笑わせ、考えさせる研究や、業績となっています。

選考委員には、ノーベル賞の受賞者もいます。

賞金はなく、授賞式に出席する際の旅費も宿泊費も、自分持ちです。

日本人はどれぐらい受賞しているのでしょうか。

受賞者は、アメリカが最も多く、イギリスと日本が続いています。

1992年に、足のにおいの原因物質を特定した、化粧品会社の研究者が受賞して以来、日本人はおよそ60人に上ります。

そして、2007年からは11年連続の受賞です。

なぜ日本人の受賞が多いのか、主催者は、日本が世界が必要としている電気製品や自動車のように、イグ・ノーベル賞受賞者を生み出す方法を見つけ出したのではないかと話しています。

 

さて、日本人の受賞者に研究をした理由を聞くと、大変興味深い返事が返ってきます。

去年は立命館大学特任教授の東山篤規さんらが、股から上下逆さまの景色を見る、股のぞきの研究で知覚賞を受賞しました。

なぜこのような研究をしたのか。

東山さんの答えは、研究をせざるをえなかったというものでした。

ヒトは、横より縦を長く感じるのだそうです。

高さと幅が同じ建物を見ると、このような正方形ではなく、縦長に感じるということなんです。

東山さんは、この錯覚のような現象を解明するため、頭を横に90度傾けたらどう見えるかを研究しました。

90度傾ければ、当然、その延長として180度傾ける、つまり股のぞきをしたらどう見えるかを研究することになる、すなわち、せざるをえなかったというわけです。

股のぞきをすると、モノは小さく、奥行きがなくなるように見えることを明らかにしました。

なんの役に立つのかと尋ねると、分かりません。

なんの役にも立たないかもしれません。

ただ誰もやらないし、楽しいでしょうというのが、東山さんの答えです。

 

北海道大学電子科学研究所の所長、中垣俊之さんは粘菌という、単細胞生物を使った実験で2回受賞しています。

粘菌はふだんは小さくて見えませんが、大きくなると、畳ほどに広がる不思議な生物です。

2008年の研究は、まず迷路の通路に黄色い粘菌を広げます。

そして入り口と出口に当たる2か所に餌を置きます。

すると、粘菌の体は、餌の部分に集まるのと同時に、必要ない所からは撤退します。

そして最後には、2か所の餌の部分と体を一つにつなぐための線のような部分になり、その線が迷路の最短距離を示しています。

粘菌が迷路を解いたように見えます。

中垣さんは、粘菌の研究を30年余り進めていますが、好奇心に突き動かされてきたと話しています。

生き物の不思議や行動に現れる賢さを見つけて研究を進めると、また驚き、不思議なことが起きる。

生き物に対する見方が変わる。

思いがけないことと出会うので、科学は面白いと話していました。

私は、2人の言葉に、研究者が忘れてはならないものを感じます。

 

今の日本の科学研究を取り巻く環境には、さまざまな問題が指摘されています。

研究費の確保が難しい、あるいは自分の今後のポストに対する不安ということが背景にあるからなのか、研究者はすぐに具体的な成果を出せる研究ばかりに進んでしまう。

さらには、基礎研究の重要性、その認識が薄くなってきているのではないかというものです。

研究者は、この現状に危機感を抱いています。

去年、オートファジーの研究で、ノーベル医学・生理学賞を受賞した、東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんも、その一人です。

大隅さんに取材した際、なぜオートファジーの研究を始めたのか聞いたところ、その頃は、たんぱく質の合成、つまりいろいろなたんぱく質をくっつける研究が注目されていたといいます。

であれば、みんながやっていない合成の逆、たんぱく質の分解の研究をしてみようと考えたということです。

これがオートファジーにつながりました。

大隅さんは、チャレンジすることが科学の精神だと、基礎研究の重要性を訴えています。

結果が分からないことこそ研究の魅力で、それに吸い込まれるように突き進むこと。

表現は違っても、研究者の言葉には、科学研究にどう向き合うか、そのことのヒントがあるように思います。

 

イグ・ノーベル賞の受賞者の中に、ノーベル賞も受賞した研究者がいます。

イギリスのマンチェスター大学の教授、物理学者のアンドレ・ガイムさんです。

イグ・ノーベル賞は、磁石の力を利用して、カエルを空中に浮かせるという実験で受賞しました。

ガイムさんは、中心になって進めている専門の研究とは別に、金曜日の夜の実験と呼んでいる研究を行っています。

金曜日に行うというわけではありませんが、時に冗談交じりに思いついた実験に取り組む時間を、毎週数時間、作っています。

カエルの浮遊は、その実験の中で行ったものでした。

一方、ノーベル賞を受賞した研究は、極めて薄い炭素で出来た膜を取り出すことに成功したというものです。

薄いのに強く、電気をよく通すことから、高速コンピューターなどへの応用も期待されています。

このノーベル賞の研究、実はこちらも、日頃から行っている専門の研究ではなく、金曜日の夜の実験から出来たものだったのです。

何か成果を出さなければいけないということではなく、自由な発想で面白いと思うこと、なぜだろうという好奇心から取り組んだ、それが独創的で革新的なそれぞれの研究成果に結び付いたのではないでしょうか。

この金曜日の夜の実験にこそ、研究の原点があるように思います。

今の日本で、こうした研究環境を作るのは難しいかもしれませんが、科学研究が常に大切にしなければならないことだと思います。

誰も知らない未知の領域を解明する喜び、それは研究者しか出会うことのできない、いわば特権です。

研究者には、そのことを胸に研究を進めてほしいと思います。

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

 

NHK解説委員の中村さんの指摘している、独創的な成果を上げるうえでの科学者に必要なキーワードを以下にまとめてみました。

誰もやったことがない

楽しい、面白い

好奇心

チャレンジ精神

 

研究開発には相応の資金が必要です。

しかし、どんなに研究開発費があっても、研究者に先ほどのキーワードにあるような“研究者魂”がなければ、独創的な発見に結びつくことはないと思うのです。

 

なお、今の日本の科学研究を取り巻く環境における問題については、次回に触れたいと思います。


 
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