2017年03月11日
プロジェクト管理と日常生活 No.479 『ヒューマンエラーと新しい安全マネジメント!』

何事においても人的ミスを完全に避けることは出来ません。

そうした中、昨年11月9日(火)放送の「視点・論点」(NHK総合テレビ)で「ヒューマンエラーと新しい安全マネジメント」をテーマに取り上げていたのでご紹介します。

なお、今回の論者は立教大学の芳賀 繁教授でした。

 

医師や看護師が医薬品を取り違えたり、パイロットが管制官の指示を聞き違えたり、建設作業員が工事現場で高いところからものを落としたりして、人命が失われることがあります。
株取引をする端末の入力欄を間違えて証券会社に大損害が出たり、クレーンを上げたまま川を航行していた船が送電線を切って大規模な停電が起きたり、入学試験の採点ミスで本来合格していたはずの受験生が不合格となってしまったこともありました。

このように、一見小さなうっかりミスが悲惨な事故や大きな損害につながることが時々起きています。

小さな事故や軽微な損害につながるミスなら毎日のようにどこかで起きています。

そもそも私たちは日常たくさんのミスをおかしながら生きています。

落とし物をしたり、人違いをしたり、メールに添付ファイルを付け忘れたり。

安全や品質を損なうエラーも、日常生活でおかすエラーも、人間の行動としては本質的に変わりがありません。

どこで何を対象に間違えるかによって損害が生じたり、笑い話で済んだりするのです。

 

人間と機械が一緒に働いているヒューマン・マシンシステムの中で、人間の判断や行動がシステムパフォーマンスを阻害する場合に、その判断や行動をヒューマンエラーと呼びます。

人間行動のメカニズムとしては日常生活のうっかりミスと同じなのですが、ヒューマンエラーという言葉を使うときには「システム」の視点から見ることを忘れてはなりません。
電車の乗客が降りる駅を乗り過ごした場合はただのうっかりミスですが、電車の運転士が停まるべき駅を通過してしまった場合は、鉄道システムのパフォーマンスを阻害したので、ヒューマンエラーです。
ヒューマンエラーの対策はシステム全体で考えなければなりません。

ミスをした人間だけを問題にして、もっと注意をするように促したり、処罰したりしてもあまり効果がないでしょう。

どんなに優秀な人が注意深く作業しても、そのときの状況や環境でうっかりミスは起こりえます。

人は誰でもミスをするのです。

システムを人間に合わせて設計することで、人間を含めたシステム全体のパフォーマンスを高め、ヒューマンエラーを減らし、使いやすく、快適で、安全な製品、生産、サービスを実現することを目指すのがヒューマンファクターズです。

ヒューマンファクターズではシステムの構成要素である、ハードウェア、ソフトウェア、作業環境などと、人間との関係を最適なものにする研究と実践が行われています。

「もっと注意して作業しろ」と言うより、道具や作業手順や作業環境を改善する方がエラー防止にはずっと効果的なのです。
1986年に起きたチェルノブイリ原発事故とチャレンジャー号の打ち上げ失敗をきっかけとして、安全に関わる組織の問題、すなわちオーガニゼーショナル・ファクターが注目されるようになりました。

ヒューマンファクターの視点からだけでは事故を防ぐことはできないという認識が広まったのです。
安全より利益を重視する経営者、忙しすぎたり予算がなかったりして安全対策に手が回らない管理者、安全のためのルールを守らない、あるいは守れない現場第一線。これらは組織に安全文化が欠如していることの表れと言えます。
しかし、組織の文化や風土を変えるのは容易ではありません。

まずは経営トップがしっかりと安全対策にコミットすることが肝要です。

そして、経営トップのリーダーシップの下で組織全体が、つまり生産部門だけでなく、営業も人事も総務も共同して、安全にとって必要な施策を進めていく必要があります。

無理のない納期や工期、十分な教育・訓練、疲労を次の勤務まで持ち越さない労働時間、それを実現するための人員の確保などが、安全文化を育て、ヒューマンエラーの低減につながるでしょう。
組織による安全対策の取り組みを安全マネジメントといいます。

今では多くの事業者が安全マネジメントシステムを持っていて、専門のスタッフがそのシステムの運営にあたっています。

しかし、安全マネジメントシステムには落とし穴があります。

現在広く行われている安全マネジメントシステムは、品質マネジメントシステムを真似て作られたため、数値目標を立て、それを達成するための方策を実行し、その成果を評価して次の目標を決めるというPDCAサイクルを回します。

多くの場合、事故件数、エラー件数の削減が目標となり、そのために作業手順を増やしてしまいがちです。
安全マネジメントシステムが導入される前から、安全対策は事故の後追いになりがちでした。

事故が起きるたびに再発予防対策が立てられ、その中にマニュアルの追加と厳守が盛り込まれるのが常でした。

安全マネジメントの時代になって、それが小さなエラーにまで拡大された感があります。

そもそも安全マネジメントが事故やエラーといったネガティブな事象だけに関心を寄せ、現場が様々に工夫をして求められる業務をうまく遂行していることを無視している点に問題があると私は考えます。

2005年頃、ヒューマンファクターズの専門家の一部から、レジリエンス・エンジニアリングという考えが生まれました。

レジリエンスとは弾力性とか復元力という意味です。

彼らは、組織と人のレジリエンスが危険なシステムを安全に機能させていると主張します。

高度で複雑化した現代のシステムにおいては、あらゆる事を想定してマニュアルに書き込んでおくことは不可能で、現場第一線が臨機応変に対応しているからこそ安全性が保たれていると言うのです。

私はこの臨機応変さ、柔軟性を「しなやかな現場力」と呼んでいます。
レジリエンス・エンジニアリングの提唱者の一人であるホルナゲル博士は、Safety-ISafety-IIという言葉で、従来の安全マネジメントと、レジリエンス・エンジニアリングの安全マネジメントを比較しています。

Safety-Iはこれまでの安全マネジメントが目標にしてきた安全で、悪いことが起こらない状態が安全と考えます。

リスクが受け入れられる水準より小さいこと、とも定義されます。

事故の原因を見つけ出して、それを除去する努力を続けます。

Safety-Iを目指すと人間の行動を型にはめ、マニュアルに書いてあることだけを、書いてあるとおりに行うことを求めます。

失敗を防ぐにはそれが無難です。

しかし、それでは創意工夫や臨機応変といった仕事の面白さを奪い、チャレンジする気持ちや仕事の誇りが消えてしまいます。

仕事の誇りは質のいい仕事をしたいという意欲と、安全を守りたいという態度の両方を高めることが私たちの研究で明らかになっているので、皮肉なことに安全対策が安全態度を損なう結果につながりかねません。

一方、Safety-IIは変化する状況の中でも成功を続けられる能力を安全と定義します。Safety-IIを目指す安全マネジメントは、失敗よりも成功に目を向けます。

成功するために現場第一線が頭を使って考え、工夫することを奨励します。

現場の工夫は失敗するリスクを高めるかもしれません。

しかし、この工夫が成功の確率を高めてもいるのです。

基本的なことはマニュアルを決めて、それをしっかりと守らせなければなりません。

しかし、行き過ぎたマニュアル至上主義は現場のしなやかさを損ないます。

元来日本の現場はしなやかでした。

これからの安全マネジメントはしなやかな現場力を取り戻す方向に向かうべきだと、私は考えます。

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

 

以下にざっと番組の内容を要約しました。

ここでは、人間と機械が一緒に働いているヒューマン・マシンシステムの中で、人間の判断や行動がシステムパフォーマンスを阻害する場合に、その判断や行動をヒューマンエラーと呼びます。

そして、ヒューマンエラーの対策はシステム全体で考える必要があるといいます。

 

そして、Safety-ISafety-IIという言葉で、従来の安全マネジメントと、レジリエンス・エンジニアリングの安全マネジメントを比較しています。
Safety-I
はこれまでの安全マネジメントが目標にしてきた安全で、リスクが受け入れられる水準より小さいこと、とも定義されます。

一方、Safety-IIは変化する状況の中でも成功を続けられる能力を安全と定義します。

Safety-IIを目指す安全マネジメントは、失敗よりも成功に目を向けます。

成功するために現場第一線が頭を使って考え、工夫することを奨励します。

 

さて、Safety-ISafety-IIをこれまで何度かご紹介してきた、米カーネギーメロン大学ソフトウェア工学研究所が公表したソフトウェア開発プロセスの改善モデルとアセスメント手法であるCMMI(Capability Maturity Model Integration 能力成熟度モデル統合)に照らして考えると、Safety-IはCMMIのレベル1から4、そしてSafety-IIはCMMIのレベル5、すなわち最適化している状態 (継続的に自らのプロセスを最適化し、プロセスを改善する状態)にざっくりとしたレベルでは対応しているように思えます。

 

さて、No.468 ルールの少ないのが成熟した社会!でご紹介した国際的に評価の高いリッツ・カールトンホテルの従業員の仕事の進め方は、まさにSafety-IIを最大限に応用していると思われます。

一方、日本のトヨタ自動車の製造方式は、Safety-Iをベースに、Safety-II、すなわち現場での活発な改善活動を組み合わせて、現場の士気を高めているように思われます。

 

いずれにしても、業種や企業文化、あるいは組織風土などに照らして、どのようにヒューマンエラーを最小限に食い止めるか、あるいは安全マネジメントシステムを構築するかが問われるのです。


 
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