2017年02月01日
アイデアよもやま話 No.3615 格差社会アメリカの実態 その3 今やアメリカの政治は富裕層にコントロールされている!

今、世界各国で格差社会が進行し、世界的に問題視されています。

日本もその例外ではなく、非正規社員の割合の増加により格差社会が広がっています。

そうした中、昨年11月3日(水)放送の「BS世界のドキュメンタリー選」のテーマは「パーク・アベニュー 格差社会アメリカ」でした。(2012年11月30日放送の再放送)

そこで、ちょっと内容は古いですが、番組を通して格差社会アメリカの実態について5回にわたってご紹介します。

3回目は、今やアメリカの政治は富裕層にコントロールされている状況についてです。

 

前回ご紹介したパーク・アベニュー740番地の中で、一番豪華な部屋に住んでいるスティーブ・シュワルツマンさんは、リーマンブラザーズの常務取締役を務め、投資会社ブラックストーンを設立しました。

金持ちに有利な税制を作らせるため、熱心にロビー活動をしていることで有名です。

 

エール大学の政治学者で「勝者が政治を動かす」の著者、ジェイコブ・ハッカーさんは、大富豪たちが膨大な資産を築いたのは地道な努力だけでなく政治を動かし自分たちに有利になるような規則を作らせているからだといい、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「富める者を強化するサイクルが出来上がっているのです。」

「多額のカネで自分たちに役立つ政策に投資し、更に収入を得、そしてまた政治にカネをつぎ込む。」

 

元ロビイストで腐敗政治のシンボルであり、雑誌「TIME」でも“ワシントンを買った男”として取り上げられたジャック・アブラモフさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「ロビー活動をしていたあの頃に悟りを開けばよかったんだが、残念ながら違った。」

「(汚職事件の容疑を認め、)全てを失うまで気付かなかったよ。」

「ようやく過去の行いを真摯に見直そうと思った。」

「そして物事の全体像を眺めてみたら、制度自体がひどく荒廃していることに気付いたんだ。」

「いろんな市民グループから話を聴いて議員が法案を書くなんてまずないと言っていいだろう。」

「議員もスタッフも忙しいしねぇ。」

「だから今も昔も頻繁に専門のサービスを利用しているよ。」

「ロビイストに電話して、彼らに法案を書かせているんだ。」

「ロビイストは書きたいことを原稿に書いて来る。」

「彼らにとって必要なことがきちんと法律になるようにね。」

「(議員に自分が書いた法案を支持してもらうにはどうするのかという問いに対して、)ロビイストは意思決定をする議員やスタッフたちを捕まえないといけない。」

「それには残念ながら経済的配慮(つまり“カネ”)が必要だ。」

 

「(議員が)何百万ドルもかかるキャンペーンをすると、それにカネを出す連中は見返りを欲しがる。」

「結果を期待してカネを払うことが問題だ。」

「僕もそうしていた。」

「全てを承知でね。」

 

また、ワシントンポスト上級特派員のボブ・カイザーさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「今のワシントンの隠しておきたい小さな秘密だが、下院議員も上院議員も選挙期間だけでなく1年中資金集めの電話をしている。」

「それも物乞いのように。」

「悲しい光景だね。」

 

では、いつから巨額のカネがワシントンを支配するようになったのでしょうか。

エール大学の政治学者、ジェイコブ・ハッカーさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「1970年代半ばに起こったラルフ・ネーダーたちの消費者運動の影響で企業は自己防衛に走ったのです。」

 

当時の消費者運動のリーダーだったラルフ・ネーダーさんは、環境汚染、自動車、高速道路の安全性など改善の余地はまだまだあるが、必要なことにお金が使われていないと訴えており、企業から死ぬほど恐れられていたといいます。

 

ハッカーさんは、続けて次のようにおっしゃっています。

「企業は後に最高裁判事となったルイス・パウウェルの指示に従ったのです。」

「彼は商工会議所に企業は一致団結しろと強いメッセージを送りました。」

 

当時たばこ産業界の顧問弁護士だったルイス・パウウェルさんは1972年にニクソン大統領によって最高裁判事に任命されました。

彼はその就任前にラルフ・ネーダーさんを企業の最大の敵とみなした極秘メモをアメリカ商工会議所に送っていました。

そこには国の機関を操るための作戦が記されていました。

大企業に政治と司法にもっと積極的に介入するよう呼びかけていたのです。

それに応えて1970年代に企業のロビー活動は急激に力を付けて伸びたのです。

企業は政治のために多額のカネをつぎ込み、次々に手を打ちました。

ニューヨークからワシントンに移り、重役と政治家との間に個人的なパイプを作ったのです。

その結果、中間層と貧困層のための政策が金持ち優遇策に変わっていきました。

今では一業界当たりのロビー活動の予算は30年前の10倍といいます。

コロンビア大学の経済学部教授、ジェフリー・サックスさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「今のワシントンは企業に所有され、運営されていると言ってもいいでしょう。」

「部屋はロビイストで溢れていて、今この瞬間も彼らが規則や法律を書いているのです。」

「政治キャンペーンのために高額の資金が用意されていて、買収された政治家も大勢います。」

 

一握りの億万長者がどれだけ政府に対する影響力を持つのかを示す格好の例が成功報酬税法と呼ばれるものです。

ヘッジファンドや未公開株で稼ぐ人々の所得税率を15%に抑える法律です。

エール大学の政治学者、ジェイコブ・ハッカーさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「世界一稼ぎのいい金融会社の重役の課税率がママがスーパーで払う消費税より低いなんて冗談じゃないと普通は思います。」

「でもそれが税制で定められているのは、金融業界のロビー活動が驚くほど効果的だからです。」

「2006年以降、民主党のリーダーたちは皆オバマ大統領も含めこの税制を無くすと言っています。」

「ところがこの税制は生き残りました。」

「議会がもう時間が無い、また次回に話し合おうと閉会してしまったのです。」

 

民主党は議会で過半数を占めていたのに税率の引き上げが成立しなかったはなぜでしょうか。

下院は二度も通過したのに上院にヘッジファンドの仲間、チャールズ・シューマー議員がいたのです。

彼は最も力のあるニューヨーク州の上院議員であるどの民主党の議員よりも多額の資金を金融業界から集めていたのです。

2007年6月、成功報酬税率を引き上げる法案の可決が見えてきた頃、彼のもとに突如として資金が集まり始めました。

ブラックストーンのような金融会社から100万ドル以上が集まったのです。

そしてこの法案は上院で議論されることもなく闇に消えていきました。

これについて、シューマー議員は自分の選挙区の有権者、つまり銀行家たちを代弁しているだけだといいます。

では警察官、看護師、消防士はどうなのでしょうか、彼らも同じ有権者なのに。

しかし議員はベテラン消防士の税率が金持ちの2倍だということを不公平とは思っていないのです。

ハッカーさんは、続けて次のようにおっしゃっています。

「シューマー議員は民主党と彼自身の成功のためウォール街の意向を聞き入れなければならないと思っているのです。」

「この考え方こそがカネがものを言う今のアメリカの政治を如実に表しています。」

 

そして、誰よりもカネにものを言わせているのが推定資産250億ドルのデイビッド・コークさんです。

パーク・アベニューで一番の金持ちです。

兄のチャールズさんと世界最大の非上場企業の一つ、コーク・インダストリーを経営しています。

紙コップ、キッチンペーパー、化学繊維などを生産していますが、中でも最も利益を上げているのが石油と天然ガス事業で、年間1000億ドル以上の利益をもたらしています。

この兄弟は政治への影響力を保つため誰よりも多額の資金をつぎ込んでいます。

ニューヨーカー誌のジェーン・メイヤーさんは、この兄弟は政治に対してこれまでの他の人たちとは全く違う次元の影響力を持っているといいます。

ちなみに、下院・上院議員の半分以上にコークの資金が流れたといいます。

 

デイビッドさんは、1980年に自由主義経済を掲げて立候補しました。

結果は散々で1%の票しか集められませんでした。

これで彼が学んだのは政治的な影響力を持つには他のやり方を探さなければいけないということでした。

コーク兄弟は政治家たちに気前よく寄付し、更に反政府の考えを広めてくれそうなグループに投資することにしました。

右派のシンクタンクにカネをつぎ込む一方でチャールズさんは自らケイト研究所を立ち上げました。

更に大学に多額の寄付をし、規制緩和や自由市場を進めるプログラムを支援しました。

特に環境規制はコークの利益を脅かすもので、何百万ガロンという大量の原油が垂れ流されており、彼らは環境保護局から何度も罰金を科せられています。

コーク・インダストリーは2000年に石油を300回以上流出した罪で3000万ドルの罰金を払わされました。

これは当時最も高額な制裁金でした。

コークの財団「繁栄のためのアメリカ人会」は保守派のティー・パーティ運動に巨額の資金を提供しており、集会やデモを開き、有名人を呼ぶなどして支援しています。

そして大量のCMです。

ニューヨーカー誌のジェーン・メイヤーさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「ティー・パーティは自然発生的に盛り上がった市民の草の根運動だと思われています。」

「でも実際は自由主義の億万長者たちが作りだしたものなのです。」

「彼ら(億万長者)は自由主義市場でお金を稼ぐことが自由だというイデオロギーを掲げていますが、ティー・パーティの話をよく聞くと全く同じことを言っています。」

 

しかし、彼らが言うのはどんな自由なのでしょうか。

みんなの自由、それとも億万長者たちが税から逃れ、公害を垂れ流し、そして社会全体に対する責任から逃れるための自由でしょうか。

 

番組がその答えを探しに彼らの集会に行くと、その昔悪評を買ったものの最近新たなファンをつかんだ哲学者であり作家だったアイン・ランド(ロシア系アメリカ人)という名前が目につきました。

アイン・ランドさん(1905-1982)は、生前テレビ番組の中で次のようにおっしゃっています。

「私は支配的なもの全てに反対よ。」

「自由で規制のない経済を支持するわ。」

 

「私が嫌うのは弱い世界よ。」

「邪悪だわ。」

 

「政府に課税する権利はない。」

「道路も郵便局も学校もみんな民間経営であるべきよ。」

 

アイン・ランドさんの小説「肩をすくめるアトラス」(1957年発行)は、今や共和党の政治家たちの試金石になっているといいます。

映画にもなったこの小説は、ビジネスが規制されているアメリカを描いています。

富裕層は課税され、政府は中間層と貧困層を支援する、言い換えれば“世も末”といった筋書きです。

アイン・ランドさんの世界では、わずかな支援が必要な人は“たかり屋”、他人を助けたがる人は“悪者”、自分勝手な振る舞いをする人が“ヒーロー”なのです。

企業の重役たちは政府の下で生きることに疲れ、要求に応えるのを止めてストライキを決め込みます。

彼らは山奥に行き、政府のない新しい社会を創る、コークのような大富豪たちが私たちを養ってくれなくなったらどうなるかという悪夢として「肩をすくめるアトラス」は恐ろしい話として語られています。

 

コークの財団「繁栄のためのアメリカ人会」会長のティム・フィリップさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「我々はこの映画を支持しています。」

「試写会も各地で行いました。」

「この本の基本的な考え方や価値観の多くを我々は強く信じ、分かち合っています。」

「資本主義が持つ原理・原則なのです。」

 

ポール・ライアンさんは最もコーク兄弟から資金を受けている下院議員(現在、下院議長)です。

アイン・ランド哲学を公に信望する大物政治家でもあります。

小さな政府を訴え続けたことでこのウィスコンシン州出身の共和党議員はティー・パーティに気に入られました。

議会でも力をつけ副大統領候補にもなりました。

ライアン議員は、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「アイン・ランドの考えに立ち返り、我々の根本にある信念を見直すべきです。」

「アイン・ランドに回帰しなくてはなりません。」

「我々の計画はワシントンから権力を取り上げ、個人に戻すことなのです。」

 

ライアン議員は、“繁栄への道”と呼ぶ計画でアイン・ランドさんの哲学を実現しました。

低所得者のための支援を大幅にカットし、富裕層の更なる減税を行うという予算案です。

こうして“繁栄への道”は、2012年3月に可決されました。

これは今や共和党の経済哲学の核となったようです。

 

こうした考え方に対して、以下のような理由から多くの反対意見があります。

・10兆ドルの減税が財政赤字の削減プランの一部というなら、道路、教育、エネルギーなどの事業の歳出をそれ以上減らさなければならない

・昔はどんな保守派もライアン議員のようなことは言わなかった

例えば、経済学者のミルトン・フリードマンは税を還元することで低所得者の収入を保障するとした

また、経済学者のフリードリヒ・ハイエクは社会が最低限の生活と医療保険を保障する必要性を説いていた

・ライアン議員などの言っていることの大部分はお金を稼ぐ機会を誰にでも平等に与えるということだが、貧し過ぎればきちんとした教育を受けられず競争する機会さえ与えられないという可能性は認めていない

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

 

アメリカの政治が企業にコントロールされている背景について以下に要点をまとめてみました。

・国会議員には政治活動のための資金が必要である

・大富豪たちが膨大な資産を築いたのは地道な努力だけでなく政治を動かし自分たちに有利になるような規則を作らせているからである

・多額のカネで自分たちに役立つ政策に投資し、更に収入を得、そしてまた政治にカネをつぎ込むという、富める者を強化するサイクルが出来上がっている

・その結果、中間層と貧困層のための政策が金持ち優遇策に変わっていった

 

こうしてみると、富裕層がアメリカの政治を支配している構図、および格差社会の背景がよく理解出来ます。

また、企業家としても成功しているトランプ新大統領が雇用拡大については声を大にして唱えても、格差是正については言及しないことも理解出来ます。


 
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