今回のアメリカ大統領選前の11月6日(日)に放送された「エマニュエル・トッド 混迷の世界を読み解く」(NHKBS1)はとても興味深い内容でしたので5回にわたってご紹介します。
なお、番組は以下のように5つのチャプターから構成されていました。
チャプター1 世界で生き残るため日本的価値観から脱却せよ
チャプター2 トランプ現象は何を意味するのか?
チャプター3 世界のグローバル化は終焉する EUの動向に注目せよ
チャプター4 中国は何処へ向かうのか?
チャプター5 国内に向き合うことで未来を探れ
今秋、世界の未来を予言すると言われる人物が来日しました。
現代フランスを代表する知性の一人、人類学者・人口学者のエマニュエル・トッドさんです。
トッドさんが初めて来日したのは20年前、以来毎年のように来日しているという大変な親日家でもあります。
今回は都内で開催された「朝日地球会議2016」で講演を行いました。
トッドさんは、この講演の中で次のようにおっしゃっています。
「今、世界は重要な時期にさしかかっています。」
「グローバリズムの夢が終わろうとしているのです。」
今、日本でもトッドさんの発言に対する関心が高まっています。
国際情勢が大きく変わる中、トッドさんの言葉に未来を考えるヒントを求める人が増えているのです。
トッドさんは、これまで幾度も世界の未来を予言し、的中させてきました。
ソビエト連邦の崩壊については、社会が大切にすべき幼児の死亡率が悪化したことから予測しました。
また、2000年代の初めには貿易収支、貯蓄率の変化からアメリカの没落を予測しました。
そして、トッドさんはイギリスのEU離脱も2年前に予言していました。
人類学者として、また人口学者として世界中の統計を扱ってきたトッドさんですが、数々の予言の根拠となるのは詳細でユニークなデータの読み込みです。
2016年の秋、トッドさんが激動の世界について番組の中で語ります。
1回目は、チャプター1のテーマ「世界で生き残るため日本的価値観から脱却せよ」の内容についてご紹介します。
来日してのある日、トッドさんは東京の新宿の繁華街にほど近い、廃校となった旧 淀橋第三小学校を訪れました。
トッドさんは、次のようにおっしゃっています。
「人類学的には一つの事例から全ては語れませんが、やはりこれは日本の人口減少の象徴的な光景ですね。」
「フランスでも生徒が減り、廃校になることはあります。」
「でもそれは地方でのこと、パリではあり得ない。」
「逆にパリでは子どもが多過ぎるくらいです。」
「東京で「廃校」というのは深刻な事態だと思います。」
2015年の日本の出生率は1.46、国や民間が様々な取り組みをしているにも係わらず、生まれる子どもの数は減り続けています。
出生率の減少に歯止めがかからない現状こそが問題なのだといいます。
トッドさんは、次のようにおっしゃっています。
「そこには非常に重要な問題があるのです。」
「家族システムによって生まれた価値観が原因なのです。」
家族システムとは、人類学者であるトッドさんが国や地域を分析する時に使う考え方です。
それぞれ伝統的にどう家族を作るのか、その固有のかたちが社会全体の価値観を決めるというのです。
フランスでは平等な男女が核となり、独立した家族を作ります。
子どもは結婚すると家から出て独立し、新たな家族を作ります。
この個人に基礎を置くシステムから生まれた価値観があるため、フランスでは公が子育てをサポートする体制が整っているのだといいます。
トッドさんは、次のようにおっしゃっています。
「人類学的にフランスと日本の家族システムを比較してみましょう。」
「この(フランスの)システムでは男女が平等です。」
「だからこそ子どもを自由に産むことが出来るのです。」
「女性は仕事をしながら、子育てをすることも出来ます。」
「日本の場合は全く違います。」
「男性と女性が結婚して子どもが出来る、すると重視されるのは男の子の結婚です。」
「なぜなら「跡継ぎ」という概念があるからです。」
「特に長男が子どもを作ると重要な跡継ぎとなり、三世代が一つの家族のようになります。」
「こうした考え方は今の東京では減ってきたと思いますが、実はまだまだ日本の価値観を深いところで規定しているのです。」
個人を中心とした家族ではなく世代を超えてつながり家を存続させる、この「家」という存在を第一に考え、大切にするのが日本のかたちだといいます。
そして、こうしたかたちが日本的な「直系家族」、いわゆる「家」というシステムだといいます。
いまだに少ない女性の社会参加、過酷な労働を顧みないような会社至上主義、こうした様々な社会の息苦しさはこの「家」のシステムが生む伝統的な価値観が背景にあるとトッドさんは見ています。
これからの時代、この伝統的な価値観から脱却出来ないままだと、日本はどうなってしまうのでしょうか。
トッドさんは、次のようにおっしゃっています。
「私は日本のことがとても好きです。」
「だからそのシナリオは考えたくありません。」
「このまま価値観を変えず、高齢化が進むと悲惨なことになります。」
「例えばこんな考え方もあります。」
「定年を65歳から75歳にして、10年長く仕事をする。」
「しかし、それで大丈夫でしょうか。」
「年老いた社会は変化についていくのも一苦労。」
「グローバル化で様々な国が過酷な競争を繰り広げる中、老人の国となった日本はグローバル化の渦に飲み込まれてしまうでしょう。」
グローバリゼーションが巻き起こす激しい渦、次々にかたちを変えていく世界、日本が生き残っていくためには何が必要なのでしょうか。
トッドさんは、次のようにおっしゃっています。
「日本が世界で生き残るためには明治維新に匹敵するような価値観の革命が必要です。」
「今がまさに歴史の転換のタイミングなのです。」
以上、番組の内容をご紹介してきました。
個人を中心とした家族ではなく世代を超えてつながり家を存続させる、この「家」という存在を第一に考え、大切にするのが日本のかたちというトッドさんの指摘ですが、確かにまだまだ地方を中心に残っていると思います。
また、いまだに少ない女性の社会参加、過酷な労働を顧みないような会社至上主義、こうした様々な社会の息苦しさはこの「家」のシステムが生む伝統的な価値観が背景にあるという指摘については、“男尊女卑”、および“「個(個人)」よりも「公」の重視”という価値観が私たち日本人の心の奥底にまだ根強く残っていることにつながるように思います。
確かに、“男尊女卑”は誇れることではありませんが、“「個」よりも「公」の重視”という価値観は一概に否定すべきものではないと思います。
しかし、過酷な労働を顧みないような会社至上主義については、最近関心を集めている「過労死」から連想されるのが太平洋戦争末期の「特攻(特別攻撃隊)」です。
「過労死」も「特攻」も究極の“「個」よりも「公」の重視”の価値観の行き着く先だと思います。
しかし、だからといって“「個」を重視するあまり「公」が軽視されるような価値観も殺伐とした社会になってしまいます。
また、トッドさんは番組の中で触れておりませんでしたが、日本の「家」システムが生む伝統的な価値観の根底には、今関心が集まっている世界に類を見ない天皇制システムがあるのではないかという気がします。
ということで、トッドさんが問題提起されている「日本が世界で生き残るためには明治維新に匹敵するような価値観の革命が必要」であることについて私なりに考えた価値観の革命に必要な要件について以下にまとめてみました。
・「個」と「公」のバランスの取れた価値観を形成すること
・そのうえでそれぞれの「個」の価値観に沿った生き方が出来るような環境を整備すること
・持続可能な社会の実現
なお、なぜ持続可能な社会の実現を要件に加えたかと言えば、地球環境問題や化石燃料の枯渇問題の解決、あるいはこうした問題の解決とバランスを取った人々の豊かな暮らしに必要なモノやサービスを提供する経済システムの維持を実現しなければ、人類の存続、および豊かな暮らしに必要な社会環境の維持が危うくなるからです。