2016年11月13日
No.3546 ちょっと一休み その568 『アメリカ大統領選の結果から見えてくること』

世界をリードする超大国、アメリカの大統領選が11月8日に行われました。

直前の予想では民主党のクリントン候補と共和党のトランプ候補は大接戦でしたが、9日には多くの予想に反して279対218でトランプ候補が勝利し、次期アメリカ大統領に就任することが決まりました。

今回は、いくつかの報道記事をベースに、アメリカ大統領選の結果から見えてくることについてお伝えします。

 

トランプさんは選挙期間中に女性蔑視の暴言などいろいろと過激な内容の発言をされていました。

そうした言動に対して、実際にトランプさんが大統領就任後にアメリカをどのような方向へと導こうとしているのか、あるいは国際社会の中でアメリカはどのような立ち位置で、どのように貢献していこうとしているのか、専門家も含めて多くの人たちはその真意を測りかねている状態です。

それを象徴しているのが9日の世界の金融市場の「トランプ・ショック」と言われる大揺れでした。

日本の東京株式市場も日経平均株価は前日からの下げ幅が一時1000円を超えるという大幅な下落でした。

しかし、アメリカのダウ平均株価はトランプさんが勝利してから2日続けて200ドルを超える大幅な上昇となり、およそ3ヵ月ぶりに最高値を更新しました。

また10日の東京株式市場の日経平均株価も前日から一転、上げ幅は今年最大の1000円を超えるという大幅高で終わりました。

トランプさんが当選後の勝利宣言で過激な発言を控え、自国の経済成長や他国との協調に取り組む姿勢を見せたことで、過激な「トランプ・リスク」が和らぎ、投資家心理が改善したと見られています。

 

さて、選挙で選ばれる公職か軍幹部のいずれの経験もない「アウトサイダー」が大統領選に勝利するのはアメリカ史上初めてといいます。

トランプさんは、「アメリカファースト(アメリカ第一主義)」の立場から外交、内政を抜本的に見直すとしていますが、公約には現実を度外視したものが多く、外交、経済が世界的に混乱しかねないとの懸念が広がっています。

 

では、なぜ実業家で公職経験ゼロのトランプさんが政治家としての経験が豊富なクリントン前国務長官に勝利出来たのでしょうか。

一言で言えば、アメリカの現状に不満を抱く白人中間層や無党派層が多かったということに尽きるのではないかと思います。

ニューヨークタイムズやワシントン・ポストなどアメリカの大手各紙はクリントン支持を明確しており、トランプ批判が激しかったし、クリントン候補の選挙資金は4200万ドル以上とトランプ候補の約32倍以上だったにも係わらずこのような結果に終わったからです。

それだけ多くの有権者の不満が大きかったということが言えます。

 

さて、11月9日(水)放送の「時論公論」(NHK総合テレビ)でも早速「“トランプ勝利”の衝撃」をテーマに取り上げていました。

番組の中で、アメリカ担当の解説委員、高橋 祐介さんは、今回の選挙結果について番組の中で次のようにおっしゃっています。

「この1年あまりトランプ氏は過激な発言をたたかれながらも、現状への不満、そして将来への不安をスポンジのように吸収してここまで大きくなってきました。」

「今アメリカ国民の間に漂っている閉そく感、そこに一向に反応してくれない既存の政治に対する憤りの大きさ、それをまざまざと見せつけたかたちだと思います。」

「それがこれからどのようなかたちになっていくのか、あるいはいかないのかそこに注目したいと思います。」

 

「(トランプ候補の勝ちぶりについて、)かなりの接戦になるとは予想していましたけども、一つ意外だったのはトランプ候補が強い勝ち方をしたことですね。」

「アメリカ大統領選挙は州ごとに割り振られた選挙民の数を争う仕組みですけども、その選挙民では勿論一般の得票総数でもクリントン候補を大きく上回りました。」

「ではそうした予想外の得票はどこから生じたのかといえば、今回トランプ候補は民主党が強いはずの中西部のウィスコンシン州を共和党にひっくり返して、最後は民主党がフィラデルフィアで党大会まで開いて死守しようとしていたペンシルベニア州を奪って最後に止めを刺して当選を決めました。」

「で、共和党大会が開かれた中西部、この一帯はラストベルト(Rust Belt)、さび付いた工業地帯と言われるところですね。」

「かつて製造業が安い外国製品に押されて衰退してきたという地域です。」

「そこの白人労働者層、そこの中には自らの職を奪う自由貿易に対する反発心ですとか、排外的な機運もくすぶっていたんです。」

「共和党はもともと自由貿易は推進すべきだという立場です。」

「しかし、トランプ氏はその共和党の大統領候補でありながら、そうした地域にこれまで投票に行かなかった白人労働者層を新たに掘り起こしたかたち、これは事前によく言われていた“隠れトランプ票”、これをこんなに沢山掘り起こしたということなんです。」

 

「(白人労働者層を掘り起こした大きな力は、アメリカにどういう変化があったからなのかについて、)同じ白人労働者層ですけども、その怒りがなぜ生じたのか、そこには(アメリカ国内で)年々広がる格差の拡大と固定化という問題があったんだと思います。」

「アメリカは基本的に格差の国と言われてきました。」

「その自由で公正な結果であれば、お金持ちがいて貧しい人がいることは仕方のないことだと言われてきましたけれども、頑張って報われれば上(の階層)に行ける、これがアメリカンドリームだったわけですね。」

「しかし、近年はどうやっても追いつかないほど富裕層と中間所得層、あるいは低所得層との間の格差が広がりつつあります。」

「トップ1%がアメリカの富のおよそ3割を占めて、トップ10%が7割を占めているという状況になっています。」

「その結果、中間所得層は上に行けないばかりか、下に転落してしまうというケースが増えています。」

「アメリカを支えてきた分厚い中間層がだんだん細って全体の50%を切っているんですね。」

 

「(そうした中で、トランプ氏がこういう勝利をつかんだ決め手について、)転落を恐れる中間層には既存の政治は自分たちには何もしてくれなかったという潜在的な不満と怒りがありました。」

「そして、共和党は一握りの富裕層のことばかり考えている、民主党のオバマ政権も自分たちの職を奪いかねない不法移民に甘い対応をしていると。」

「また、アメリカでは年々ヒスパニック系が増えて、今や最大のマイノリティになって白人は近い将来少数派に転落する危機感があります。」

「ここにトランプ氏は付け込んだというわけです。」

 

「(トランプ氏が有権者の心をつかんだそのスタイルは政治家でないという点も効果があったように見受けられたことについて、)いわゆる不動産王といわれるトランプ氏はビジネス界出身だけあって、誰を顧客にターゲットするかというマーケティングに優れていたと言われているんですね。」

「しかも、売り込み方も非常にうまいんです。」

「ふだんの演説なんかでも絶対に難しい言葉を使いません。」

「長年テレビタレントとして活躍してきた経験がメディアの使い方がうまいというふうに言われています。」

「アメリカの選挙には空中戦と地上戦があると言われます。」

「空中戦といいますのはテレビですとかインターネットなどのメディアを使った選挙広告ですとかキャンペーンのこと。」

「地上戦とはスタッフを動員した個別訪問などの集票活動のことですけども、トランプ氏は今回の選挙戦で地上戦をほとんどやらなかったんですね。」

「空中戦でも非常にお金のかかる選挙チームなどは従来の候補に比べると少なかったんです。」

「で、クリントン候補がその持ち前の資金力、そして組織力を生かして大量のCMを流したり、あるいは大掛かりな地上戦を展開してきたというのとは非常に対照的でした。」

「その代わり、トランプ氏は過激な発言をすることによってメディアの注目をこちらに集めてきたわけですね。」

「お金のかからない効率的な選挙戦術を駆使して、まさかの大逆転劇を果たした、こういうわけだと思います。」

 

「(逆にクリントン候補は本命中の本命と見られてきたのに破れてしまった原因について、)トランプ候補が何かを変えてくれるというイメージをうまく演出したのに対して、クリントン候補はオバマ政権のレガシーを引き継ぐと訴えたことからも分かるように、有権者の間に何かを変えてくれるかも知れないという期待感を持たせることに失敗したんだと思います。」

「ファーストレディ、上院議員、国務長官と長年ワシントン政治の中枢にあったことも豊かな経験と実績と評価する人もいますけども、その反面予備選の段階で苦戦を強いられたバーニーサンダース上院議員ですとか、今回のトランプ氏のような既成の政治に対する反発、反エスタブリッシュの風の前にはマイナスに映ってしまったということなんでしょう。」

「2期8年のオバマ政権の後に更に民主党政権が続くことに対する“民主党疲れ”というような指摘をする声もあります。」

「トランプ氏がふだん投票に行かない人にも共和党支持層を広げたのに対して、クリントン氏は民主党が本来期待していたヒスパニックなどのいわゆるマイノリティ票、そして女性票など異文化連合といわれる支持基盤のうち特に黒人、そして若者に対する呼びかけの結果の投票率が低かったという見方があります。」

 

「(クリントン候補にはアメリカ初の女性大統領というタイトルの期待もあったことについて、)確かにアメリカ初の女性大統領という歴史的な期待もあったはずなんですけども、若者層の間には男女平等なんて今や当たり前だというふうに映ってあまりアピールしなかったということなんじゃないでしょうか。」

「1980年以降に生まれたいわゆるミレニアム世代、そうした若者層はリベラルで民主党を支持する傾向は強いんですけども、そこをうまく投票所に行ってもらうことが出来なかった、これが最大の敗因だと思います。」

 

「(番組の最後に、個々の政策を離れて自らの進路についてアメリカを再び偉大にするというトランプ氏のやり方は格差や分断を逆に広げてしまうのではいう心配について、)確かにアメリカ社会の分断を押し広げる心配はあると思います。」

「ただトランプ政権のリスクの本質は何かと考えますと、それは今の仕組みを一旦壊して今までのやり方を止めたと、そうしたところでその先に何があるのか分からない、もしかしたら何もないのかもしれない、何もしないのかもしれない、無策になることがあるかもしれません。」

「ただ、これまでの歴代の大統領も選挙期間中の発言やスローガンと就任後の実際の政権運営が全く別な話っていうのはよくあることでしたよね。」

「ですから、今日のトランプ氏の演説が非常に大統領然としていたという声がありますけども、実際民主党陣営との融和に重きを置いてクリントン氏の健闘を讃えて見せるまでの余裕もありました。」

「トランプ氏がいったいどういう大統領になるのか、ここはやはり慎重に時間をかけて見極めていく、そこが肝要なんじゃないでしょうか。」

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

不動産業で大成功を収めてきたトランプさんは、アメリカの国益を最優先する「アメリカファースト」を掲げ、政治経験はゼロでも企業家としてのこれまでの豊富な経験を生かして、こうした現状を打破してくれるのではないかという期待を寄せる多くのアメリカ国民の心をつかんだと言えます。

しかし、一方でトランプさんは、選挙期間中にアメリカ大統領として相応しくない数々の言動が取りざたされてきました。

それでも大統領選に勝利したのです。

 

ここで、あらためてトランプさんが今回の大統領選で勝利を収めた背景、および理由について以下に箇条書きでまとめてみました。

・アメリカは基本的に格差の国と言われてきた

・一方で、かつては頑張って報われれば富裕層にもなれるという“アメリカンドリーム”が健在だった

・しかし、経済のグローバル化、および移民の増加により年々広がる格差の拡大と固定化をアメリカ社会にもたらした

  近年はどうやっても追いつかないほど富裕層と中間所得層、あるいは低所得層との間の格差が広がりつつある

  トップ1%がアメリカの富のおよそ3割を占めて、トップ10%が7割を占めているその結果、中間所得層は上に行けないばかりか、下に転落してしまうというケースが増えている

アメリカを支えてきた分厚い中間層がだんだん細って全体の50%を切っている

・トランプ候補は、これまでの共和党と民主党の政策の枠を取り払い、多くの有権者が本当に困っている問題に焦点を当てて解決策を提示した

  共和党はもともと自由貿易は推進すべきだという立場である

トランプさんはその共和党の大統領候補でありながら、これまで投票に行かなかった白人労働者層を新たに掘り起こした(“隠れトランプ票”)

共和党は一握りの富裕層のことばかり考えており、民主党のオバマ政権も自分たちの職を奪いかねない不法移民に甘い対応をしている

また、アメリカでは年々ヒスパニック系が増えて、今や最大のマイノリティになって白人は近い将来少数派に転落する危機感がある

・トランプ候補は、以下のような選挙戦術を駆使した

何かを変えてくれるというイメージをうまく演出

マスコミを最大限に利用したお金のかからない効率的な選挙運動

  長年テレビタレントとして活躍してきた経験を生かした、過激な発言によるメディアの活用

ターゲットを絞った優れたマーケティング手法の活用

分かり易い言葉での演説

 

一方、トランプ政権には以下のようなリスクが指摘されております。

・アメリカ社会の分断を押し広げる心配があること

・今の仕組みを一旦壊して今までのやり方を止めたが、その先に何があるのか分からないこと

 

ここで思い出されるのは、以前プロジェクト管理と日常生活 No.460 『カントの著作に見る戦争勃発のリスク対応策 その1 人間は邪悪な存在である!』、およびプロジェクト管理と日常生活 No.462 『カントの著作に見る戦争勃発のリスク対応策 その3 人間の悪が平和の条件!?』でご紹介した、人間は邪悪な存在であり、国家も人間と同じように利己的であるが、一方で悪魔たちであっても知性さえ備えていれば国家を樹立出来るというカントの言葉です。

 

アメリカに限らず、誰が国家の指導者になろうとも、またその指導者が邪悪な心の持ち主であっても知性を持って冷静に、そして合理的に考えれば自ずと国家の進むべき方向性は見えてくるのです。

しかし、その合理的というのが曲者です。

合理的といっても短期的、中期的、あるいは長期的な視点によって方向性は異なる場合があるのです。

そして、一般的に多くの人たちは短期的なメリットを求める傾向があります。

今回のアメリカ大統領選の結果から見えてくることは、トランプ候補の主張がクリントン候補の主張に比べてより多くの有権者の考える短期的な合理性に応えたということです。

アメリカという国の大統領のレベルはまさしくアメリカの有権者のレベルを反映したものと言えるのです。

 

幸いにして、トランプさんにはこれまでの一国の指導者として相応しくない暴言や行動はあるものの、不動産業で大成功を収めてきた事業家なので、トランプさんには過去の政治のやり方や考え方に囚われることなく、損得勘定には厳しく合理的な精神の持ち主という側面もあります。

ですから、トランプさんには事業家としての長年の経験を最大限に生かして、経済、外交などの面で「アメリカファースト」を掲げながらも国際的な視点で共存共栄を図っていく方向でアメリカの次期大統領としての職務を全うしていただきたいと思います。

 

それにしても、もしトランプさんの選挙期間中の数々の好ましくない言動はあくまでも選挙に勝利するための手段であり、トランプさんは本来実業家としてだけではなく政治家としても素晴らしい資質を兼ね備えており、多くの有権者は数々の暴言の陰に隠されたトランプさんの本質を見極めてトランプさんに1票を投じていたとしたら、トランプさんとアメリカの多くの有権者には脱帽です。

でも、どのような結果がもたらされるかは遅くとも来年中には明らかになると思います。

そして、その結果は、良くも悪くも日本を含め世界的に大きな影響を与えることになるのです。

また、今アメリカが抱えている格差問題は世界共通の社会的な大問題です。

ですから、アメリカがこの大問題にどのような対策を打ち出すのか、そしてその成果については世界中の注目を集めます。

もし、トランプ政権が期待外れで格差問題を解決出来ず、このまま格差が広がり続ければ、いずれ格差の底辺にいる人たちによる革命が起きる可能性が大きくなります。

そして、その革命は世界中に飛び火することは明らかです。

なので、世界各国は次期アメリカ大統領であるトランプさんの今後の動向を無視することは出来ないのです。


 
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