2016年11月05日
プロジェクト管理と日常生活 No.461 『カントの著作に見る戦争勃発のリスク対応策 その2 「世界国家」か「平和連合」か!』

多くの人々が平和を願っている一方で、常に世界中のどこかで紛争や戦争が絶えず起きています。

そこで、プロジェクト管理と日常生活 No.459 『国家間のより強い依存関係こそ戦争勃発の最適なリスク対応策』ではプロジェクト管理の考え方に沿って、国家間のより強い依存関係の構築こそが平和維持にとってとても重要であるとお伝えしました。

そうした中、8月1日(月)から4回にわたり放送された「100分de名著」(NHK Eテレ東京)で「カント “永遠平和のために”」をテーマに取り上げていたので戦争勃発のリスク対応策の観点から4回にわたってご紹介します。

2回目は、「世界国家」か「平和連合」かについてです。

なお、番組の講師は哲学者で津田塾大学教授の萱野 稔人さんでした。

 

第二次世界大戦が終わりを告げた71年前の1945年、二度と戦争が起こらないように国際連合(国連)が設立されました。

この国際連合、実は18世紀に活躍したヨーロッパを代表するドイツの哲学者、イマヌエル・カント(1724-1804)の著書、『永遠平和のために』(1795年刊行)がもとになっていると言われています。

カントは恒久平和を実現するためには国際的な平和連合を作らなければならないと主張しました。

しかし、国連が設立されたものの世界に平和は訪れていません。

 

前回、人間はそもそも邪悪で平和は作り出さなければいけないものであるというカントの主張をお伝えしました。

そして、平和を作り出すためにはルールとシステムが必要であるということでした。

今回のテーマは、国家間でどのように平和を確立していくのかという具体的な方法論です。

この時にカントが掲げるのは「平和連合」という考え方です。

この考え方は今の国連の基盤になっていると言われています。

 

平和のための条件としてカントが主張していることの一つは、国際的な平和連合を作ることです。

国家同士が連合することで永遠平和が訪れるはずであると考え、『永遠平和のために』の中で次のように記しています。

「国家としてまとまっている民族は複数の人々のうちの一人の個人のようなものと考えることができる。民族は自然状態においては、すなわち外的な法に従っていない状態では互いに隣り合って存在するだけでも他の民族に害を加えるのである。だからどの民族も自らの安全のために個人が国家において市民的な体制を構築したのと同じような体制を構築し、そこで自らの権利が守られるようにすることを他の民族に要求することが出来るし、要求すべきなのである。」

「これは国際的な連合であるべきであり、国際的に統一された世界的国家であってはならない。」

 

ここでは国家を一人の人間と同じように考えています。

そもそもカントは、人間は邪悪な存在であり、自然状態では争いがちな傾向を持つといいます。

そのため、人間と人間の間にはルールが必要となって、国家というシステムが出来上がりました。

この理論を国家同士の関係に当てはめると、国家と国家の間も自然状態では争いがちになるため、ルールとシステムが必要になるということなのです。

 

さて、永久平和への取り組みとしてカントは国際的な連合、すなわち各国家がそれぞれの政治主体となり、それぞれの国家が平等である「平和連語」を主張しています。

しかし、一方で世界全体を一つの統一国家とすることで個々の国家は生滅させるという「世界国家」の考え方もありますが、カントはこれには否定的です。

 

その理由についてですが、世界は一つの家だと理想を掲げる人も多いのですが、欧米の支配的な価値観に近い人がどんどん有利になっていくように見えます。

それぞれの国が自分たちの独自性とか自分たちのことは自分たちで決めるんだとか、そういったことが保存されるためには国家は残した方がいいというのがカントの一つの発想だといいます。

カントは、18世紀の終わりに植民地主義を沢山見ていました。

どんどんヨーロッパの国の都合でいろんな国を併合していきながら、国の言語や文化を本国のものに統合していく過程を見ていると、やはり世界国家よりはそれぞれの国の自主性を維持しながら平和を模索する道を考える方がより平和に近いと考えたのです。

 

更に、カントは、世界国家は総論賛成だが各論反対であり、実現出来ないと考えており、次のように記しています。

「一つの世界共和国という積極的な理念の代用として消極的な理念が必要となるのである。この消極的な理念がたえず拡大し続ける持続的な連合という理念なのであり、この連合が戦争を防ぎ、法を嫌う好戦的な傾向の流れを抑制するのである。」

 

カントはここで積極的な理念を「世界国家」、消極的な理念を国際的な「平和連合」とし、「平和連合」こそが世界を平和に導くと述べています。

カントは、積極的な理念は正しい目的を達成するためには何をしても許されるはずだという方向に向かいがちだと考えたのです。

せっかく戦争のない「世界国家」を作っても、誰かが抜け出したいと言った時、「理想的な「世界国家」から抜け出したいとは何事だ!武力を使ってでも阻止しなければならない!」と強硬な姿勢になり、逆に戦争になりかねないと考えたのです。

例えば、理想国家、第三帝国を目指したドイツのナチスによって大虐殺が起こりました。

しかし、消極的な理念である「平和連合」はみんなが折り合えるようなやり方で達成出来る目的を定めるという姿勢が基本となります。

更に、「平和連合」ではどんな小さな国でも主権国家と認められれば、一議席を持つことが出来、強者の論理に飲み込まれずに済みます。

「世界国家」を設立することで内戦を招くくらいなら、紛争の種を出来るだけ減らすために別な方法を探そうと考え出したのが消極的理念なのです。

 

世界が一つにまとまることが「世界国家」の存在意義ですから、一つでも独立したら「世界国家」ではなくなってしまいますから認めるわけにはいきません。

そうすると、独立したい人たちの独立運動を力で潰すしかないということになります。

戦争を無くすための「世界国家」がむしろ絶えざる戦争を招いてしまうことになってしまうとカントは考えたのです。

国家間で暴力が起きないようにすることが一番の目的であれば、それを最優先にし、戦争が起こらないように少しずつ積み重ねていきましょうというように現実的に考えたのです。

 

カントが示した国際的な「平和連合」は第一次世界大戦後に設立した国際連盟と第二次世界大戦後に設立した国際連合(国連)のベースになっていると言われています。

しかし、国連がある今も世界は永遠平和を達成出来ていません。

 

これはどうしてなのでしょうか。

まず、1920年に設立された国際連盟ですが、当時の加盟国は最大60ヵ国に達しましたが、設立を提唱したアメリカがそもそも加盟せず、その後、日本、ドイツ、イタリアが次々に脱退し、結局国際連盟から外れたこれらの国々によって戦争が起きました。

その時の反省を踏まえて第二次世界大戦後の1945年に設立された国際連合では様々な点が改善されました。

第一次世界大戦後の国際連盟では何かを決める際に加盟国全ての賛成を得ることが必要だったため物事がなかなか決まりませんでした。

そこで第二次世界大戦後の国際連合では、常任理事国を設定し、物事をスピーディに決めることが出来るようになりました。

ちなみに、現在の加盟国は193ヵ国です。

しかし、一方で常任理事国の意向に他国が従わなければならないことも発生します。

もう一つの改善点は、国連憲章で規定された国連軍の設置です。

国家間の武力紛争を防止したり、抑制するために国連は軍隊を派遣することが出来るようになります。

しかし、カントの理想は飽くまであらゆるトラブルを武力を使わずに法的に解決する仕組みを作ることでした。

理想的な「平和連合」に達するにはまだまだ道半ばかもしれないけれども、決してたどり着けない夢ではない、絶対に実現可能だとカントは信じていたのです。

 

さて、国際連盟、国際連合どちらにも共通するのが戦勝国によって設立されたということです。

出発点は敗戦国を懲罰するというか、抑え込むということが目的としてかなり濃厚でした。

ところが、カントは、『永遠平和のために』の中で明確に懲罰的な戦争や国際関係は決して平和をもたらさないと記していたのです。

その意図は、勝者と敗者という図式を明確に国際社会に持ち込んでしまって、一方が正しくて一方が間違っているという、国家間に上下関係をもたらしてしまうものなので本当の平和ではないということです。

では、具体的に今の国際連合についてどこを見直すべきかという問いに対して、番組の講師、萱野さんは、次のようにおっしゃっています。

「当事国としての関与をより強めていくことだと思うんですよね。」

「これはカントが言っていることでもあるんですけども、例えば国際司法裁判所(オランダのハーグに置かれた国際連合の司法機関)がありますが、これは紛争している当事国が了承した場合に決定は非常に有効になるんですよね。」

「でも強制力がないですから、一方が嫌だと言えば何の実効性も持たない。」

「ですので、国際連合に関しては国連軍や常任理事国というものをつくることによって一定の強制力を持たせられるようにしましょうという点での現実的な改善ではあるんですよ。」

「ただ、カントが言っているのはそこではないんですよね。」

「カントはむしろ、ならば当事国を関与させる工夫をもっとしましょうよというのがカントの解決策の方向性ですよね。」

「では、どうやったらこの国際司法裁判所を尊重してくれるような仕組みをつくれるのか、そのためには当事国に裁判所の運営にどんどん関与してもらうようにしなければいけない。」

「で、そこで合意点を少しずつ積み重ねていくということしかないですよね。」

「(こうしたやり方はとても時間がかかるが、それを打開していくには何が必要かという問いに対して、)各国が連合すること、関係を深めていくことがやはり我々にとって利益なんだっていうふうに思えるような枠組みをどう作っていくかじゃないですかね。」

「関与を深めていって、当事者になれば無責任なことは言えなくなるじゃないですか。」

「例えば今のドイツの立場であればEUを抜けるなんて言えませんよね。」

「(これまで)ずっと中心の役割でしたから。」

「最後まで中心でいなければいけないような立場、ああいうかたちで関与が深まれば中々止めることが出来なくなってくるということで、関与すればメリットがあるっていうような関与の枠組みをどう作っていくのかっていうことが課題になるかなと思いますよね。」

「(例えば、お隣の人を殴るとこの町に居られなくなるというディメリットがあるということを個々人がちゃんと理解することの重要性について、)全部ちゃんと認識するって人間出来ないじゃないですか。」

「哲学のテキストとして、(『永遠平和のために』は)ものすごいいい事例だと思うんですよね。」

「具体的な問題を考えていったら哲学の問題まで行きましたよっていう、そういう本なんですよ。」

「明確な目標があって、具体的な状況があって、その中である目的を達成するためにはどうしたらいいのかっていうことで考えていったら結局哲学の本でしたよっていくことですから。」

 

以上、番組の内容をご紹介してきました。

世界平和実現のための国際的な仕組みとして大きく「世界国家」と「平和連合」の二つが考えられます。

そうした中で、カントは世界平和実現のためには、あるいは現実的な言い回しとして戦争勃発リスクの対応策としてリスクをより小さく抑えるためには「平和連合」の方が有効であると訴えております。

この考え方は今回ご紹介してきた内容からしてとても現実的だと思います。

 

さて、カントが示した国際的な「平和連合」が国際連盟と国際連合(国連)設立の基本的な考え方のベースになっていることについてはこの番組で知りました。

そして、国際連盟の見直しを反映して新たに国連を設立しましたが、今も世界は永遠平和を達成出来ていません。

ことほどに永遠平和を実現することはとても難しいということが分かります。

そこで思い起こすべきは、人間は邪悪な存在であるというカントの掲げる大前提です。

人間と同じように国家も放っておけば、強国が弱小国に圧力をかけたり、侵略したり、あるいは紛争の勃発が絶えません。

だからこそ、いろいろとアイデアを巡らし、戦争や紛争により問題を解決するよりも平和裏に解決する方がメリットがあるというようなリスク対応策が求められるのであり、しかもこうした対応策の検討は状況の変化とともに見直しが求められます。

ですから対応策の見直しは永遠に続くのです。

一度きりの対応策で片付くような生易しいものではないのです。


 
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