今、iPS細胞による再生医療など、医療分野で新たな治療法がどんどん進化しつつあります。
そうした中、7月31日(日)放送の「サイエンスZERO」(NHKEテレ東京)で創薬革命(ドラッグ・リポジショニング)について取り上げていました。
そこで2回にわたってご紹介します。
1回目は、既存薬の別の疾患薬としての利用についてです。
様々な病気や怪我を治してくれる薬、ところが今、新薬の開発がとても難しくなっています。薬の材料になる化合物が出尽くし、新薬の数が頭打ちになっているのです。
そうした中、今、薬の世界に革命が起きています。
それがドラッグ・リポジショニングです。
既存の薬を全く別の疾患の薬として利用することが可能になったのです。
糖尿病の薬ががんに効くという研究をはじめ、薬の新たな効能探しが続々と始まっているのです。
製薬会社もドラッグ・リポジショニングに乗り出しています。
ではなぜ既存薬が他の疾患に効くのでしょうか。
明らかになってきたのが、遺伝子と薬の意外な関係です。
こうして、世界初となるがんの治療法まで誕生しようとしています。
10年近く治らなかったがんがドラッグ・リポジショニングでなんと消えてしまったのです。
ドラッグ・リポジショニングが創薬の常識を覆そうとしているのです。
まさに、創薬革命です。
このドラッグ・リポジショニング、日本国内だけでなく世界各地で研究が進んでおり、関連論文数はここ数年で毎年倍増しています。
新薬を開発するには、長い場合には開発期間が15年もかかり、開発費も1000億円もかかってしまうといいます。
しかし、結果的に新薬として販売されるのはわずか3万分の1の確率といいます。
そうした中、開発費や開発期間を大幅に減少させることが出来るのがドラッグ・リポジショニングなのです。
既存薬が他の疾患に効く理由について、産業技術総合研究所の創薬分子プロファイリングセンター副研究センター長の堀本
勝久さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「元々既存薬の中に他の疾患に対する効能が隠されていたということですね。」
「一つだけではなくいろいろな効能が秘められていたということです。」
「(ドラッグ・リポジショニングの発見の偶然性について、)偶然に頼ってきた研究を現在必然に持って行こうと研究を一生懸命しております。」
「それは遺伝子に着目するということです。」
「昔から薬と遺伝子の関係というのは言われていたわけですけども、最先端の技術を使いまして深い関係にあるということがよく分かってきました。」
身体の細胞の中には2万数千の遺伝子がありますが、普段そのほとんどは眠っています。
そこへ「起きろ」という伝達物質が来ると、ここで初めて遺伝子が自分の活動を開始します。これを「遺伝子の発現」といいます。
ところが、病気になって周囲の環境が変わると、特定の遺伝子の発現量が極端に増えたり、減ったりしてしまいます。
こうした発現量の違いが病気の本質だといいます。
そして、遺伝子の異常な発現を元に戻すのが薬というのです。
では、どうしたら遺伝子の発現を捉えることが出来るのでしょうか。
そこにも最新の技術が活躍しています。
薬を探す鍵となる遺伝子の発現量を測定する機器が次世代シークエンサーです。
特殊な酵素を振りかけて遺伝子を一つ一つ撮影します。
白くなっているのが発現している遺伝子、こうして2万数千個全ての遺伝子の様子が分かるようになったのです。
がん患者のドラッグ・リポジショニングを進める東京大学ヒトゲノム解析センターの柴田
龍弘教授は、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「このシークエンサーを使いますと、我々がまだ知らなかったような新しい遺伝子についても全て網羅的に調べることが出来ます。」
「全体像が分かりますと、正常な細胞とがん細胞ではどこが違うかということも分かってきます。」
「これまで予想もつかなかった新しい細胞の状態、病気の状況というのがそれで理解出来るんですね。」
実際に遺伝子の発現量の違い測定するにはヒートマップを使います。
次世代シークエンサーで得られたデータをスーパーコンピューターで解析して数値データを色で表します。
番組で紹介したヒートマップでは、縦軸に遺伝子が並んでいて横軸にある病気の人と健常者を並べて比較すると、発現量が少ないほど赤、発現量が多いほど白で表わされています。
このヒートマップに薬の開発のヒントが隠されています。
ある遺伝子が同じ色の場合、病気も健常もほぼ同じ発現量なので病気には関係しません。
一方、別な遺伝子で色が違う場合、病気と健常で発現量に差があるので、病気の原因の可能性があると判断出来るのです。
こうして健常者と病気の人で発現量の違う遺伝子が病気の原因と考えられています。
この遺伝子に働く化合物を探すのがドラッグ・リポジショニングなのです。
では、ここからどのように沢山の薬の中からドラッグ・リポジショニングで抽出するのかが次の問題です。
産業技術総合研究所の創薬分子プロファイリングセンター(東京都江東区)では、薬探しにパソコンを使っています。
コネクティビィティマップ、通称Cmapと呼ばれる遺伝子発現のデータベースです。
なんと薬はこのサイトで見つけられているのです。
ハーバード大学などによる運営サイトで、薬の材料となる1309種類の化合物がどの遺伝子の発現に係わっているのかが公開されています。
例えば、大腸がんに効く薬を探したい場合、大腸がん患者の発現量が異常な遺伝子の名前を入力すると、10秒ほどで大腸がんを抑制する可能性のある化合物のリストが表示されます。
選ばれたのは305種類、頭痛薬アスピリンもランクイン、アメリカでは大腸がんの薬として既に実用化されています。
こうした状況を初めて目にした時を思い出して、堀本さんは番組の中で次のようにおっしゃっています。
「(Cmapは)遺伝子の発現量と病気とそれに対する薬というものが、全く違う3つのものをつないだわけですから、素晴らしいアイデアだったし、他にすることがないくらいの完成度で発表されたので非常に驚きであり、学者として非常に悔しい思いをしました。」
「(パソコンで薬として使えるのかという問いに対して、)そうはいきません。」
「今日お見せしましたのは(Cmapで検索された)候補薬でありまして、この後臨床試験を経て、それに合格した化合物だけがドラッグ・リポジショニングされたと見なすことが出来ます。」
「(実際の成果について、)私どもの研究室で5種類くらいの疾患につきまして候補薬が上がってきております。」
「まだまだ実用化に向けて時間がかかると思いますけれども。」
「一つの薬が複数の効能を示すということは沢山の原因遺伝子に作用しているということが考えられますので、複数の遺伝子をターゲットにした方がいいのではないかと思います。」
以下は、ドラッグ・リポジショニングの具体例の一部です。
・糖尿病の薬、メトホルミンががんの治療に効果がある
・高脂血症の薬、スタチンが脳梗塞の発症を抑制する
・心不全の薬、カルペリチドが肺がんの転移を抑制する
・狭心症の薬、シデナフィルが男性の性的機能不全に治療に効果がある
・胃潰瘍の薬、レパミピドがドライアイに効く
・C型肝炎の薬、リバビリンが抗がん剤の作用を取り戻す・
以上、番組の内容をご紹介してきました。
遺伝子の発現量の違いが病気の本質であり、遺伝子の異常な発現を元に戻すのが薬というアイデアはこれまでにない病気や薬に対する全く新しい解釈であり、とても驚きです。
また、ドラッグ・リポジショニングにより開発された薬は、これまでよりも開発期間は短く、開発費用も低く抑えられるのですから、病気により効き易い薬を、より早く、より低価格で私たちは入手出来るようになるのです。
ですから、ドラッグ・リポジショニングはまさに創薬革命と言えます。