3月13日(日)放送の「夢の扉」(TBSテレビ)で医療を変える変幻自在の新素材について取り上げていたのでご紹介します。
番組の冒頭で、ドライヤーで温めると締まっていくおもちゃの靴のひもが紹介されていました。
ひもの部分は熱に反応して縮む機能を持つ素材だったのです。
この性質が医療に役立つといいます。
手術の際、縫いづらい箇所に糸を通せば、温めるだけでしっかりと縫合してくれるのです。
こうした、外からの刺激で性質を変える機能を持ったプラスチックは“スマートポリマー”と呼ばれています。
この“スマートポリマー”を研究しているのが物質・材料研究機構(茨城県つくば市)の主任研究員でプラスチック素材を研究している荏原
充宏さん(40歳)です。
“スマートポリマー”はプラスチックの一種で、分子レベルで様々な賢い機能を持たせることが出来る新素材です。
その機能は主に次の5つです。
・熱を加えると一気に縮み、再度広げることが出来る
・磁力を当てると熱を発し、その温度を自由に設定出来る
・バラバラに切っても完全に元の姿に戻すことが出来る
・決められた時間になると体内で自然に分解し、それらは尿となって体外に排出される
・狙った物質だけを選んで吸着させることが出来る
こうした賢い新素材、“スマートポリマー”に惚れ込んでいる荏原さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「世の中でいろんなことに役に立つんじゃないかなというふうに考えております。」
「特に、我々は医療に応用しようと思っております。」
荏原さんは、大学病院の心臓外科医と実用化に向けた共同研究を進めています。
荏原さんが新たに開発した、磁力を加えると変形するシートを小さく丸めて血管を通し、心臓に到達した時点で磁力を加えれば一気に広がり、患部を塞ぐことが出来ると期待しています。
実現出来れば、外科手術の必要がなくなります。
神経をつなぎ合わせる手術でも使えます。
縫合した場所を“スマートポリマー”で保護することで再生を早めます。
治った後は、溶けてなくなるため尿として体外に排出されるので安全です。
荏原さんは、実現出来るかどうかに関係なく、自分のイメージしたものをスケッチブックに描きだしています。
その理由は、人が想像出来ることは必ず実現出来るという信念を持っているからです。
ある日、荏原さんは開発中の“スマートポリマー”の実験を行っていました。
スケッチブックにも描いた“貼るがん治療”の実験です。
このシートの繊維は、分子レベルで抗がん剤と熱を発する成分が閉じ込められています。
このシートをがんの患部に直接貼り付け、外から磁力を加えると“スマートポリマー”は発熱し、抗がん剤を放出する仕組みです。
実際に抗がん剤を点滴で入れるよりも、直接患部に貼れるモノがあれば、局所での抗がん剤の濃度が上がることも期待出来るといいます。
実験に使うのは人の肺がんの細胞です。
シャーレの中には培養されたがん細胞がぎっしり入っています。
患部に貼り付けるように、その上に“スマートポリマー”を乗せ、白いコイルから磁力を発生させます。
がん細胞は熱に弱く、約43℃で死滅します。
更に、“スマートポリマー”からは抗がん剤も放出されます。
がん細胞を熱で殺す温熱療法と抗がん剤を使った化学療法、この2つの相乗効果を狙う新たながん治療法なのです。
通常どんどん増殖していくがん細胞ですが、磁力を加えて15分後にはシャーレの中のがん細胞の30%は死滅していました。
更に、磁力を加えて15分後から放置すると、24時間後には70%、そして4日後には90%のがん細胞が死滅していました。
もし将来、こうした“貼るがん治療”が実現すれば、患者は週に数回患部に磁力を加えるだけで抗がん剤治療が続けられます。
荏原さんが目指しているのは、患者の負担を今よりも減らす医療です。
荏原さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「都市部の大きな大学病院でないと受けられない先進医療が沢山ありますので、誰でもどこでもいつでも受けられる先進医療を実現することが夢だと思っております。」
“スマートポリマー”で開発中の新たな医療機器があるといいます。
それは、例のスケッチブックに描かれていた腕時計型透析装置です。
全国で30万人を超えるといわれている透析患者、腎臓機能が低下すると血液の中の毒素や余分な水分が取り除けなくなってしまいます。
そこで、腎臓の代わりとなる大掛かりな装置を使って行う治療が人工透析です。
人工透析では、およそ120リットルもの水を使い、一旦体外に出した血液から毒素などを取り除き、きれいにした血液を再び体内に戻します。
これを続けなければ、心不全、肺水腫、あるいは脳血管障害など、命にかかわる深刻な症状を引き起こしてしまいます。
ある人工透析の必要な患者さんは、1回の治療に4時間、それを週3回受けているといいます。
患者さんは治療の間の4時間、動けないのでトイレも我慢しなければならないといいます。
人工透析の治療には、多くの水や電気を必要とするだけでなく、日常生活も犠牲にしなければなりません、
そこで、荏原さんは“スマートポリマー”で、いつでもどこでも透析が出来る装置を目指しているのです。
そのきっかけとなったのは5年前の東日本大震災です。
多くの透析患者を抱える病院の電気や水の供給が滞り、更に追い打ちをかけるように福島第一原発事故も発生しました。
当時のニュースで報じられたのは、人工透析を受けるために福島県いわき市から東京や千葉県、新潟県など他県へと避難してきた多くの患者の姿でした。
透析難民となった659人の患者がバス29台で大移動、この様子をテレビで観ていた荏原さんは衝撃を受けました。
そして、水や電気などインフラがない場所でこそ“スマートポリマー”が活躍出来るのではないかと思いました。
そこで、思い描いたのが災害時でも使える腕時計型透析装置なのです。
東日本大震災から5年、スケッチブックに描いたモノが一つのかたちになりました。
それが実験用の小型透析装置です。
腕時計とまではいきませんが、それでもかなり小型です。
血液の通り道には“スマートポリマー”が設置してあります。
乾電池で動き、水を使用しない想定です。
透析患者から取り除く毒素の一つ、クレアチニンだけを選んで吸着させる機能を持たせました。
荏原さんたちは、動物実験で6時間血液を循環させ、クレアチニンを吸着する効果を確認し、実験は次のステップへと進むことになりました。
使うのは、透析患者から提供された貴重な血液です。
空気に触れた血液が固まらないように、血清を使うのです。
実験では、この血清を荏原さんが開発した小型の透析装置に流しました。
チューブに吸い上げられた血清が透析装置に向かって行き、“スマートポリマー”が毒素であるクレアチニンを吸着させ、透析装置を通り抜け戻った血清を何度も循環させたのです。
実験から1週間後、荏原さんの元に分析結果が届けられました。
患者の体内に溜まってしまう毒素、クレアチニン1日分の量を小型の透析装置は6時間の循環で除去することに成功したことが分かりました。
この実験により、少なくとも尿毒素を取ることに関しては、災害時にも使えることが分かったのです。
この結果に、東日本大震災の発生時に透析患者を輸送した常磐病院(福島県いわき市)の川口 洋名誉院長は、更なる期待を寄せて、次のようにおっしゃっています。
「クレアチニンだけでなくて、それ以外の(取り除く)物質がいっぱいありますので、多くのモノを吸着して、人間の体から出していく能力が加われば、更に良いものに出来るんじゃないかと思いますね。」
透析難民の姿を見て思い描いた腕時計型透析装置、荏原さんは遂にその試作機を作り上げました。
ある男性の透析患者(68歳)は、この試作機について番組の中で次のようにおっしゃっています。
「こんな画期的なことはないんじゃない。」
「それがあれば、多分どこでも行けると思うから、それを持ってヨーロッパ一周したいな。」
「もう、もろ手を挙げて応援するね、頑張れって。」
「うれしい。」
この声を聴いた荏原さんは、番組の最後に次のようにおっしゃっています。
「僕ら研究者って常に直接患者さんと触れあっているわけではないので、実験を今日やっても明日やってもさほど、我々の仕事上は変わらないんですね。」
「しかし、やっぱりこれが実用化された未来に、その1日の差で亡くなる人ってすごく沢山いるわけです、現実的には。」
「ですので、そういったところを実際に現場のお医者さんのこういう話を聴くことによって、そういうところまで考えを巡らせながら実験を加速的に出来るかなというふうに思っています。」
今回ご紹介したように、変幻自在の新素材、“スマートポリマー”により多くの病気の治療が出来るようになれば、私たちは病気になっても入院したり手術を受けたりすることなく、簡単な治療で治せるようになります。
ですから、“スマートポリマー”はiPS細胞などによる再生医療と同様に医療革命をもたらすと大いに期待出来そうです。
荏原さんのおっしゃる、“人が想像出来ることは必ず実現出来る”は様々な発明を目指す人たちにとってとても心強くなる言葉だと思います。
これまで何度となくお伝えしてきている、“アイデアは存在し、見つけるものである”と合わせてアイデアをかたちにしようとしている方々にはネバーギブアップ精神で邁進していただきたいと思います。