3月9日(水)、10日(木)と2日間にわたって放送された「BS世界のドキュメンタリー」(NHKBS1テレビ)では「“FUKUSHIMA”後の世界
〜岐路に立つインディアンポイント原発〜」(前編、後編 2015年制作)がテーマでした。
番組を観ての感想は、一言で言うと「アメリカよ、お前もか」でした。
要するに、日本だけでなくアメリカにも原発の“安全神話”がはびこっているということです。
そもそも、アメリカの中心都市、ニューヨークからわずか40キロ圏に原発が建設されていることに驚きました。
では、番組を通してアメリカの原発事情についてご紹介します。
電力の需要は世界的に激増する一方ですが、安定供給出来るのか懸念されます。
都会に住む人も田舎に住む人も明かりと冷暖房は欠かせません。
私たちが自由に移動出来るのも電力供給のお蔭なのです。
世界の人口は現在約70億人ですが、数十年後には100億人に達する見込みです。
原子力発電を電力の需要を満たす打開策とすべきでしょうか。
世界で435基の原発が稼働中で、50年以上経つものもあります。
しかし、問題のない技術はありません。
原発にも事故のリスクがあります。
そうした中、2011年3月11日、東日本大震災の発生に伴い、世界最悪レベルとなった福島第一原発事故が起きてしまいました。
それから5年、原発の“安全神話”が根底からひっくり返され、日本ではアメリカのNRC(アメリカ合衆国原子力規制委員会)をモデルに原子力規制委員会が発足して、規制が大幅に強化され、再稼働した原発は4基に留まるなど、エネルギー政策に大きな影響を与えました。
事故の影響は国内に留まらず、100基近い原発を抱える世界最大の原発大国、アメリカでも推進側と規制当局、それに地域住民をも巻き込んでの安全論争が起きていました。
その舞台となったのは、1960年代に建設され、免許の更新時期を迎えているニューヨークからわずか40キロに位置するインディアンポイント原発です。
インディアンポイント原発は2基の原子炉でニューヨークの200万世帯に電力を供給していますが、常に議論の的になってきました。
なお、インディアンポイント原発から80km圏内にアメリカの総人口の6%が住んでいるというのに、緊急対策の対象は半径16kmの避難地域だけといいます。
また、致死量の放射線を30万年も出し続ける使用済み核燃料がハドソン川のほとりに1万5000トン保管されています。
しかし、この辺りは地震に弱く、原発の下には断層帯があるといいます。
そして、実行可能な避難計画はないといいます。
インディアンポイント原発はニューヨークに近いことから福島第一原発事故をきっかけに事故への不安が再燃、規制当局であるNRCトップのヤツコ委員長(当時)は実際に福島の事故現場を視察し、その惨状に衝撃を受け、電源やポンプの増強など、規制強化を次々に打ち出しました。
これに対して、コスト上昇を懸念する推進側が反発するのは予想されたことでしたが、NRC内部からもヤツコ委員長(当時)の指揮能力を問題視したり、仕事の進め方やパワハラなどに批判が相次ぎ、辞任に追い込まれました。
しかしその後、調査の結果、ヤツコ委員長(当時)に関する申し立てを裏付ける証拠は見つからなかったといいます。
こうした状況について、弁護士でNPO法人リバーキーパーのフィリップ・ミュシーガスさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「一人の市民として非常に苛立たしく思いました。」
「あれはヤツコ委員長を組織的に攻撃し、人々の前で滅ぼそうとする政治的な魔女狩りです。」
「ヤツコ委員長の意見の全てに合意するわけではなりませんが、彼はアメリカ国民のために真面目に働いていたのに、政治の力で追い出されたのです。」
「原子力業界は変革を全く望んでいません。」
「今の見せかけの世界を突き進みたいんです。」
「皆が幸運を祈りながら、行けるところまで行こうとしています。」
「へまをするヤツがいませんように、事故が起きませんようにと願っているのです。」
辞任から2年後の2014年3月、ヤツコさんは再び福島第一原発の事故現場を視察しました。
そして、ヤツコさんは、NRCに在籍していた間はずっと思い通りにならないことばかりでしたが、最終的に自分がすべきことは公の場で発言することだと分かりました。
帰国後、ヤツコさんはある会合の場で次のようにおっしゃっています。
「どのように前に進むかを考える時、この事故(福島第一原発事故)が今も進行形であることを忘れてはいけません。」
「社会は、事故を起こし、甚大な被害をもたらす危険のある原子炉を受け入れてはいけません。」
また、あるインタビューに対して次のようにおっしゃっています。
「原子炉は安全という考えを見直す必要があることを教訓として学びました。」
「原子炉の事故がもたらす結果は、私が考えていたものとは大きく異なることが分かりました。」
「現在作られている原子力発電所が永遠に存続することは出来ないのです。」
「この事故が原発周辺だけでなく、地球全体にどのくらいの影響を及ぼしたのだろうと考えると本当に恐ろしくなります。」
「しかも、世界にはアメリカと同じような状況に陥っている原発保有国が数多くあるのです。」
「原発が当初の設計寿命を迎えつつあり、その多くは40年の寿命のNRC方式で建設されています。」
「しかし、どの国もその先のことを模索中です。」
「手本がないからです。」
一方、ジャーナリストのロジャー・ウィザースプーンさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「福島第一原発事故の前は、一つの原発敷地内で複数のメルトダウンは起こりえないという“神の声”が信じられていました。」
「しかし、あの事故は規制当局が“神の声”ではなく現実に基づいて仕事をしなければならないと教えてくれたのです。」
「任務を課しておいて、その後それを破るのを許していたら何がどのくらい安全なのか確信を持って示すことが出来なくなります。」
「だから、多くの人が何も信用出来ないと言うのです。」
また、原発から5kmほどの所に住んでおり、18年にわたって反原発活動を続けている元教師のマリリン・エリーさんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「私たち大人はあの子たちにどんな将来を託そうとしているのでしょうか。」
「幼稚園で最初に習うのは、“散らかしたら片づける”です。」
「私たちは恐ろしい遺産を引き渡そうとしているだけでなく、こうしている間にも2000万人を危険にさらしています。」
さて、元NRC委員長のヤツコさんは、次に何をしようか中々決められず、辞めてから2年間仕事を見つけられずにいます。
そして、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「(原子力)業界は、私を雇いません。」
「元NRC委員長に向く仕事があるとすれば、電気、ガスなどの公益事業です。」
「でも、業界は私がその分野で働くのを積極的に阻止していると聞いています。」
「新しい道を探すしかなさそうですね。」
「私は非常に強力な業界に誰もしないような方法で盾突いたのです。」
「相応の結果が伴います。」
「原子力業界は、政府にも強大な影響力を持っています。」
「思い通りにならないことがあっても、それを思い通りにする手段が彼らにはあります。」
「直接関係のある分野で私が働くのを阻止するのも一種の見せしめです。」
「痛い目に遭いたくなかったら委員長になっても私たちに強く出るなと。」
また、ヤツコさんは、核エネルギーに関するシンポジウムで次のようにおっしゃっています。
「アメリカの将来を考える時、私は何年も前に原子力の将来について語った自分のスピーチを思い出します。」
「当時私は、将来は二通りあると言いました。」
「一つは原子力業界が繁栄する将来、そこでは安全が原子力業界の最優先課題になり、重大事故の危険を完全に取り除くための新機軸が打ち立てられています。」
「もう一つは、原子力業界が衰退する将来です。」
「関心の対象はもっぱら廃炉に絞られ、人々はこの業界に希望を見出ださなくなります。」
「優秀な人材は原子力の技術に見切りをつけ、離れて行きます。」
インディアンポイント原発の安全性が懸念される中、州当局は法廷で免許更新に反対を唱えています。
一方、NRCは原子炉2基について免許更新を提言しましたが、判事が州の異議を認めれば、見直しに数年かかります。
2号機の免許は2015年9月に失効しますが、決定が出るまで運転は続行します。
そして、免許失効後も稼働するアメリカ初の原子炉となりました。
また、3号機の免許は2015年12月に失効します。(恐らく、2号機と同様に運転続行と思われます)
そして、ヤツコ委員長の後任、マクファーレン委員長は就任からわずか18ヵ月で辞任しました。(ネット検索したが、理由は不明)
以上、番組を通してアメリカの原発事情についてご紹介してきました。
番組の内容から、独立性が高いと見られているアメリカのNRCと言えども、実は電力会社からの資金援助を受けており、裏ではかなり電力会社の意向を汲んでいることが見えてきます。
国内外を問わず、NRCのような組織は全ての面で独立した立場でなければ、本来の機能を果たすことはとても難しいのです。
原発の“安全神話”の本質はここにあると思います。
原発の事業会社は、原発事業を通して利益を上げ続けようとしています。
ところが、地震や津波などの災害に対してしっかりした安全対策を進めようとするとかなりの資金投入が必要になります。
一方、ドイツなどの例外を除く多くの国の政府は、自国のエネルギー政策を進める上で、CO2排出量ゼロで、事故や廃炉後の核廃棄物の最終処分などの処理を曖昧なまま原発稼働を進める分には原発は低コストで済むという思惑を持っています。
ですから、周辺住民の避難計画など万一事故が起きた時のことはあまり考えず、原発は安全であると自らを言い聞かせて原発稼働にまい進する政府や事業会社の姿こそ“安全神話”の本質なのです。
そして、厄介なのは、福島第一原発事故により“安全神話”が崩れ去った後も、原発事業会社は原発推進に反対する人物、あるいは勢力、すなわち反原発派を潰しにかかっているということです。
ヤツコ元NRC委員長はそうした犠牲者の一人と言えます。
また、原発施設、およびその周辺地域では大勢の人たちが働いておられます。
ですから、急に原発稼働停止になれば、こうした人たちにとって死活問題になります。
ですから、原発稼働停止に伴っては救済措置が必要になります。
どんなに社会のためになっても、全ての人たちから歓迎されるという事業はほとんどないと思います。
ですから、どんな事業を進めるにあたっても、既得権でがんじがらめになっている業界などの反対勢力の存在に注意を払うこと、同時に影響を受ける人たちへの救済措置などマイナス面への対処がとても重要なのです。