科学には二面性があると言われています。
科学の成果が有意義に使われれば、世界中の人たちの暮らしを便利、そして豊かにしてくれます。
一方、例えばとても移動に便利な自動車も運転次第で“走る凶器”に変貌してしまいます。
また、事故さえ起こさなければ安定した大量の電力を供給出来る原発も一旦事故を起こせば、広範囲にわたって、しかも長期にわたって大変な被害をもたらします。
更には、原子力が核兵器として使われれば一瞬のうちに多くの人たちを殺戮してしまいます。
そうした中、昨年11月24日(火)放送の「フランケンシュタインの誘惑」(NHKBSプレミアム)のテーマは「愛と憎しみの錬金術
毒ガス」で科学の持つ二面性について取り上げていました。
そこで、とても重いテーマですが4回にわたってご紹介します。
1回目は、世界的な食糧危機を救った天才科学者としてのユダヤ系ドイツ人のフリッツ・ハーバー(1868-1934)についてです。
18世紀に起こった産業革命により人口は爆発的に増加、世界的な食糧危機が目の前に迫っていました。
そこで、世界中の科学者が注目していたのが空気中に大量に含まれる窒素でした。
窒素は植物の成長に重要な役割を果たしますが、植物は気体の窒素をそのままでは吸収することは出来ないのです。
空気中に大量にある窒素を液体か固体の状態で取り出して肥料に出来れば一気に食料を増産出来る、そのためにノーベル賞の受賞者をはじめ世界中の名だたる科学者たちが日夜研究を重ねていました。
ハーバーはその開発競争に飛び込んだのです。
実験のための装置を自ら作り、最良の化学反応を起こすための温度、圧力、触媒の組み合わせを徹底的に調べ上げました。
時には爆発の危険を承知でライバルの倍の圧力をかけ、実験を行ったといいます。
研究を重ねること2年、1907年、遂にハーバーは空中の窒素を液体のアンモニアとして取り出すことに成功しました。
この事実は世界に衝撃を与えました。
この方法は、発見者のハーバーと工業化に尽力したカール・ボッシュの名をもとにハーバー・ボッシュ法と呼ばれ、100年以上経った現在も用いられています。
ハーバー・ボッシュ法により作られた窒素肥料は農業に革命を起こし、作物の収穫量は10倍に増えました。
人類は食料危機から救われたのです。
フリッツ・ハーバー研究所所長のマルティン・ヴォルフ教授は、番組の中で次のようにおっしゃっています。
「ハーバー・ボッシュ法によって作られる人工肥料なしでは世界の人口およそ70億人を賄うだけの食量を生産出来ません。」
「この発明が人類にとって非常に重要なのは明らかです。」
「この技術がなければ我々人類の3分の1は存在していなかったでしょう。」
そして、ハーバーの名声は高まるばかりで、やがて1913年にはドイツ皇帝の勅命で設立されたカイザー・ウィルヘルム物理化学・電気化学研究所の所長に就任しました。
そこにはハーバーを尊敬する科学者たちが世界中から集まってきました。
その中にはアインシュタインの姿もありました。
ハーバーは科学界の期待の新星としてアインシュタインに目をかけていました。
それ以来、二人は親友となり、密接な関係が始まったのです。
こうして、ハーバーはドイツの科学界にとって無くてはならない人物となっていきました。
更に、1918年にはハーバー・ボッシュ法の業績によりハーバーはノーベル化学賞を受賞しました。
ここまでご紹介してきたハーバーは、間違いなく世界的な食糧危機を救った天才科学者と言えます。
その結果、現在、私たち人類は食料危機に陥ることなく70億人を超えるほどの繁栄を迎えているのです。
しかし、私たち人類は2050年には90億人を超えると予測されています。
その時に食糧事情はどうなっているでしょうか。
そうした状況への対応策としてこれまで何度か植物工場についてお伝えしてきました。
植物工場は発展途上で、扱う植物はまだ限られています。
ですから、今後も人類は食料不足に陥ることなく繁栄していくためには、第二のハーバーの登場が待たれるのです。
そのイメージとしては、どこのお宅でも植物工場のような家庭菜園でふだん私たちが食べる植物の多くを自給自足で賄えることです。
しかし、それ以外にも鶏肉や牛肉など動物の肉、あるいは魚類や海藻類などの海産物も食料としては必要です。
こうした食料についても、循環型の飼育や養殖が求められます。
また、生活に必要な水の確保も必要です。
更には、エネルギー問題や環境問題の解決も並行して取り組まなければなりません。
このように考えてくると、様々な分野で今回ご紹介したハーバーのような天才科学者の登場が必要であると思われます。