2015年09月21日
アイデアよもやま話 No.3188 命を変える新技術 − ゲノム編集 その1 生物を自在に作り替える驚異的な技術!

7月30日(木)放送の「クローズアップ現代」(NHK総合テレビ)で命を変える新技術、ゲノム編集の最前線について取り上げていましたので3回にわたってご紹介します。

1回目は生物を自在に作り替える驚異的なゲノム編集技術についてです。

 

がんやエイズウイルスを根本的に駆逐するカギになるのは遺伝子です。

エイズウイルスに感染している男性も血液の中の遺伝子を操作することで状態が大きく改善しました。

使われたのはゲノム編集という最新の技術です。

膨大な遺伝子の中から狙った遺伝子を探し出し、書き換えるのです。

 

ゲノム編集を行い、生まれたサルでがんなど人間の病気を再現し、新たな治療法の開発を目指しています。

 

生命の設計図を容易に書き換えることが出来る技術が急速に開発されています。

私たちの細胞一つ一つには2万を超える遺伝子があります。

そして、それぞれの遺伝子は血を作ったり、筋肉を作ったり、中には病気を引き起こす原因となるものがあります。

 

これまで遺伝子を操ることは非常に難しく、30年前に開発された遺伝子組み換え技術も狙った遺伝子を操作することは出来ませんでした。

今、狙った遺伝子をピンポイントで切断し、働かなくさせることが出来るようになってきました。

この遺伝子を操作する技術はゲノム編集と呼ばれており、病気を引き起こす原因となる遺伝子を切断し、働かなくさせることによって根本的な治療法のない病気を治せる可能性が広がってきています。

新たな治療法への期待が広がる一方で、人間が生命の設計図にどこまで手を加えていいのか、操っていいのか、社会的な議論はほとんど行われていません。

 

この技術は私たちに何をもたらすのか、医療の分野に先駆けてゲノム編集の技術が活用されているのが農業、水産業です。

近畿大学水産研究所 白浜実験場(和歌山県白浜町)で京都大学と近畿大学が共同でゲノム編集した真ダイを育てています。

去年の春、受精卵の段階でゲノム編集を行いました。

1年あまりが経った今、同じ時期に生まれた通常のタイの1.5倍の大きさになっています。

 

京都大学 農学研究科 助教の木下 政人さんは長年メダカの研究をしてきました。

そこで注目したのが筋肉の成長を抑えるミオスタンチン遺伝子です。

ミオスタンチンが働かなくなると細胞の一つ一つが成長し、通常より大きく育つのです。

この原理をタイにも応用しようと考えた木下さんですが、膨大な遺伝子の中からミオスタンチンを探し出し、働かなくするのは困難でした。

そんな時に出会ったのがアメリカで開発されたゲノム編集でした。

 

生物の遺伝子は4種類の塩基と呼ばれる物質でできています。

それぞれの塩基は特定のタンパク質などと結合することが分かっています。

その性質を応用したのがゲノム編集です。

目的の遺伝子と結びつくタンパク質などを並べます。

それを細胞の中に送り込むと何万もの遺伝子の中から目的の遺伝子を探し出して結合します。

これに遺伝子を切る物質を乗せておくと、目的の遺伝子を切断し、働かなくすることが出来るのです。

こうして行ったゲノム編集により、目的通りタイは大きく成長しています。

食品としての安全性が十分に確認出来れば、3年後には市場に出したいとしています。

木下さんは、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「魚の品種を改良するのに偶然を待っていれば100年とか200年とかかかってしまいます。」

「ところが、このゲノム編集技術だと数年で出来ると考えています。」

 

国内では他にも収穫量の多いコメ、腐らないトマト、あるいは養殖し易いおとなしい性質を持つマグロなどゲノム編集を利用した品種改良のプロジェクトが始まっています。

 

一方、ゲノム編集は人に近い動物でも行われるようになっています。

実験動物中央研究所(神奈川県川崎市)では、小型のサル、コモンマーモセットが薬の効き目を確認するための研究用に飼われています。

ここで受精卵にゲノム編集を行い、免疫が働かない病気、免疫不全症を再現しました。

コモンマーモセットはマウスよりも人に近い動物なので薬の効果をより的確に確認出来るといいます。

他にも糖尿病やがん、神経疾患など様々な薬の開発につなげたいとしています。

 

番組ゲストのノーベル賞受賞者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中 伸弥さんもゲノム編集の技術に早くから注目され、ご自身の研究にもゲノム編集を取り入れてきたといいます。

ご自身が基礎研究を始められて25年ほどになる山中さんも、これまでに出会った技術の中でゲノム編集は一番画期的だと考え、番組の中で次のようにおっしゃっています。

「今までの(農作物や魚での)品種改良は、多くの部分は偶然に生じる遺伝子の変化に頼って長い年月をかけて少しずつしてきたのですが、今回のゲノム編集は狙い打ちでこの機能のこの遺伝子をこう変えて、人類にとって役に立つ品質に変えようという、しかも短時間で、今までちょっと考えられなかったような技術ですから、研究者としてもいまだに驚きの気持ちでいっぱいです。」

「ゲノム編集の技術は、マウスでは今から20年くらい前に開発されました。」

「私もこの技術を学ぶためにアメリカに行ったんですが、この技術は当時も今もそうですが、一つの遺伝子を編集するのに1年以上の時間がかかるんですね。」

「同時に一つしか出来ないですし、またマウスしか出来ません。」

「人間を含めて他の種ではなかなか出来なかったんですが、5年くらい前に突然出てきたゲノム編集の技術は、どんな種でもどんな人間であってもネズミであっても植物であっても魚であっても使えますし、効率が非常に高いんですね。」

「数十%の成功率を誇りますし、それから一番大切なのは技術として簡単です。」

「非常に単純な技術で、簡単な遺伝子工学の知識のある科学者だったら誰でも出来る技術ですから、本当に簡単で成功率が高くていろんな種、生物に適応出来るというこの3つが揃っている技術というのはちょっと他に今までなかったんじゃないかと思います。」

「(受精卵の段階でゲノム編集して遺伝子を改変出来るということは、)その世代だけでなくてその子ども、その孫とずっと伝わっていきます。」

「ですから、新しい品種を作り出すということになります。」

 

(人間の受精卵を使って遺伝子の改変が出来るかという問いに対して)

「ミオスタンチンという機能を抑えて筋肉の量を多くしたタイの話が出ていましたが、これは画期的なことですが、私たち人間にも同じミオスタンチンという遺伝子があります。」

「ほとんど同じ技術で私たちのミオスタンチンの働きを抑えて、筋肉隆々の人間を作り出すということが理論的には可能ですから、使い方を誤ると大変なことになってしまいます。」

「今年の始めくらいから中国の研究者が人間の受精卵で実際にゲノム編集を行っているという噂が流れていました。」

「倫理的な問題からそういう研究をしていいのかという高いハードルがありますから、噂にしか過ぎなかったんですがですが、実際に論文が先日中国の科学雑誌で発表されました。」

「私も読みましたが、かなりしっかりした研究で、実際に人間の受精卵(異常な受精卵で実際にその受精卵から赤ちゃんが生まれることはないという)を利用してゲノム編集を行って、効率であるとか目的と違ったところがどれくらい変化が起きてしまうか、そういう基礎的な研究ではありますが、初めて人間の受精卵を使った研究が報告されました。」

 

「(こうした研究に対して、)今、世界中の研究者が真っ二つに分かれています。」

「ほぼ全員の研究者が臨床用はするべきであると。」

「ゲノム編集をした人間の受精卵から新しい生命、赤ちゃんを作るという臨床用はするべきではない、これは×だと。」

「これは全ての研究者が一致していますが、今回の中国の論文のように基礎研究はどうなんだと、人間の受精卵でどれくらいの効率でゲノム編集が起こるか、そしてどれくらいの安全性があるのか、そういった基礎研究はやってもいいんじゃないかという研究者もおりますし、基礎研究も含めて人間への応用は今は駄目だと、もっと社会の議論が研究者だけではなくて一般の方、またこういった技術で恩恵を被る可能性のある患者さん、そういった中での議論がちゃんと成熟するまでは全ての研究をストップしておくべきだ、そういう研究者もおります。」

 

今回ご紹介したゲノム編集という画期的技術に接して、まず思ったのはいよいよ人類の持つ技術が神の領域にまで到達したということです。

まさに、SFの世界が現実になる時代に突入したのです。

次に思ったことは、どんな生物も所詮は遺伝子によって論理的に構成されており、遺伝子ごとに筋肉を作ったり、血液を作ったり、あるいはがん細胞を作ったり、という役割があるということです。

これまで生物の神秘と思われていたことがこれから次々にガラス張り状態になっていくのです。

 

生物を自在に作り替えるゲノム技術を手にした人類は今後この技術をどのように活用していくのか、とても楽しみであり、一方ではとてつもない空恐ろしさを感じてしまいます。

 

人類は遺伝子操作によっていくつになっても幼児のような滑らかな肌を手に入れ、あらゆる病気から解放され、これまでに考えられないような長寿命を手にし、死の恐怖から解放されるようになるかもしれません。

秦の始皇帝があらゆる手段を尽くして手に入れようとしていたような不老不死が現実になろうとしているのです。

一方では、SFの世界に登場するようなとんでもない怪物を創造してしまうかもしれないのです。

また、ダーウィンの進化論がゲノム編集によっていとも簡単に短期間にうちに現実のものとなっていくのです。


 
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